28・もうひとりの客人
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エルーシャは偽りの英雄を暴いてから、ノアルトと彼の妹メラニーを連れて帰った。
王国が彼らの処遇を判断するまでの間、自分の邸館で過ごしてもらうためだ。
「「「お待ちしておりました。エルーシャ様!」」」
戻るとすぐに、使用人として務めを果たしている子どもたちが歓迎してくれる。
「先に到着されているお客様は、ヘレナ様と歓談しております」
談話室に案内される。
そこではエルーシャの叔母が白髪の先客と、若いころ食べ歩きしたグルメについて意気投合していた。
(彼女はヘレナ叔母様と同世代なのね)
客人はエルーシャに気付くと、杖を突きながら席を立つ。
聞いていた通り、その姿はしわがれた老婆のようだった。
「はじめまして、エルーシャ様。私がノアルト様とメラニー様の乳母、本物のティアナでございます」
彼女もノアルトの妹メラニーと同じく、孤島に閉じ込められていた。
しかしノアルトはエルーシャから借りたフェンリルに乗り、妹と乳母を助け出すことに成功する。
「エルーシャ様のご助力でメラニー様と私、そしてノアルト様も救われました。本当に感謝しております」
「ティアナ様、ようこそお越しくださいました。ではさっそく」
エルーシャは乳母の乾いた手を取る。
「本来のあなたの姿に会わせてくれますか?」
乳母が頷くのを確認してから、エルーシャは祈るように力を込めた。
触れ合っている手が熱を帯び、そこからまばゆいきらめきがほとばしった。
それはみるみるうちに勢いを増しながら、乳母の全身を包んでいく。
光は闇を払うように霧散した。
長年しみついた黒魔術が消え去る。
そこには叔母のヘレナと変わらない年ごろの女性がいた。
「わわー!! さっきのおばあちゃんが、別の人になった!!」
かわいい使用人たちは仕事も忘れ、目を丸くして飛び上がった。
「でも見て、わたしたちの知っているティアナに似てるわ!」
「ええ。あれは私の若いころの姿なのよ」
本物のティアナは、ノアルトの演じるティアナよりずっと気さくな口ぶりで言った。
「あなたたちと一緒に暮らしていたのは、こちらのノアルト様よ。彼が私の若いころの姿に変化していたの。びっくりでしょう?」
ティアナの言葉の通り、子どもたちは口をあんぐり開けた。
視線はノアルトに釘付けだ。
「みんな、隠しててごめん」
ノアルトが謝罪すると、子どもたちの目がきらきらと輝きはじめる。
そしてあっという間にノアルトを取り囲んだ。
「ティアナだったお兄さん! ぼくに無口な美女になりきるコツを教えて!!」
「わたしはお兄さんみたいな、かっこいい男の人の演技をしてみたいわ!」
「おれはおろかな男をゆうわくする、ぶりっこをやりたい!」
ノアルトはリクエストされると期待に応えたくなるらしく、真面目に演技の指導をはじめる。
子どもたちは大はしゃぎで、談話室はしばし彼らの演技発表会となった。
その間に叔母の領主邸館から呼び寄せた、一流の料理人たちがやってくる。
彼らは腕によりをかけて、お祝い用の豪華な夕食を用意してくれた。
にぎやかな晩餐を過ごすと、あっという間に夜になる。
乳母のティアナは明るく手を叩き、子どもたちの注目を集めた。
「さぁさぁ、みんな。今日はおもてなしありがとう。あとはゆっくり休んで、明日も楽しく過ごしましょうね。私もみんなと一緒に寝ようかしら」
子どもたちは大喜びだった。
急いで寝る支度をはじめる。
それを見たメラニーも、控えめながら切り出した。
「あの……私は孤島から出られない間、暗唱できるほど本を読みました。おもてなししてくださったみなさん、眠る前の物語はいかがですか?」
「聞きたいわ!!」
「ぼくは『はらぺこスライム』がいい!」
「わたしは『百万回転生した令嬢』が好き!」
「メラニーお姉ちゃん、みんなの寝る部屋はこっちよ!」
子どもたちはティアナとメラニーの手を引いて、大部屋の寝室へと案内する。
エルーシャはそれを意外な気持ちで見送った。
(あら。今夜はみんな興奮して寝付けないと思ったのに。いつも以上に聞き分けがいいような……?)
先ほどまでにぎやかだった談話室から、人がさっといなくなる。
(もしかして……)
エルーシャとノアルトは顔を見合わせた。
「これ、全員が意気投合してるわよね?」
「ああ。言わなくてもなんとなくわかる。せっかくだし、みんなの好意に甘えるか。エルに渡したいものもあったし」
ノアルトはエルーシャに向き合うと、小花を散りばめたような髪飾りを差し出した。
そして気恥ずかしそうに笑ってみせる。
「これは俺がティアナとして、魔力測定に使う魔石を探していたときに見つけたんだ。受け取ってくれるかな?」
きれいな髪飾りの中央には、青い魔石の宝玉が飾られていた。
思わぬ贈り物を前に、エルーシャの胸がドキドキしてくる。
「この魔石、私の一番好きな色にそっくりなの。似合うといいんだけど……」
「もちろん、君に一番似合うよ」
ノアルトはそれをエルーシャの髪に飾ると、満足そうに頷いた。
「ほらね」
ふたりは微笑み会う。
そして今までの空白を埋めるようにソファに腰掛け、それからの時間をゆったりと過ごした。
その3日後のこと。




