表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

28・もうひとりの客人

 ***


 エルーシャは偽りの英雄を暴いてから、ノアルトと彼の妹メラニーを連れて帰った。

 王国が彼らの処遇を判断するまでの間、自分の邸館で過ごしてもらうためだ。


「「「お待ちしておりました。エルーシャ様!」」」


 戻るとすぐに、使用人として務めを果たしている子どもたちが歓迎してくれる。


「先に到着されているお客様は、ヘレナ様と歓談しております」


 談話室に案内される。

 そこではエルーシャの叔母が白髪の先客と、若いころ食べ歩きしたグルメについて意気投合していた。


(彼女はヘレナ叔母様と同世代なのね)


 客人はエルーシャに気付くと、杖を突きながら席を立つ。

 聞いていた通り、その姿はしわがれた老婆のようだった。


「はじめまして、エルーシャ様。私がノアルト様とメラニー様の乳母、本物のティアナでございます」


 彼女もノアルトの妹メラニーと同じく、孤島に閉じ込められていた。

 しかしノアルトはエルーシャから借りたフェンリルに乗り、妹と乳母を助け出すことに成功する。


「エルーシャ様のご助力でメラニー様と私、そしてノアルト様も救われました。本当に感謝しております」


「ティアナ様、ようこそお越しくださいました。ではさっそく」


 エルーシャは乳母の乾いた手を取る。


「本来のあなたの姿に会わせてくれますか?」


 乳母が頷くのを確認してから、エルーシャは祈るように力を込めた。


 触れ合っている手が熱を帯び、そこからまばゆいきらめきがほとばしった。

 それはみるみるうちに勢いを増しながら、乳母の全身を包んでいく。

 光は闇を払うように霧散した。


 長年しみついた黒魔術が消え去る。

 そこには叔母のヘレナと変わらない年ごろの女性がいた。


「わわー!! さっきのおばあちゃんが、別の人になった!!」


 かわいい使用人たちは仕事も忘れ、目を丸くして飛び上がった。


「でも見て、わたしたちの知っているティアナに似てるわ!」


「ええ。あれは私の若いころの姿なのよ」


 本物のティアナは、ノアルトの演じるティアナよりずっと気さくな口ぶりで言った。


「あなたたちと一緒に暮らしていたのは、こちらのノアルト様よ。彼が私の若いころの姿に変化していたの。びっくりでしょう?」


 ティアナの言葉の通り、子どもたちは口をあんぐり開けた。

 視線はノアルトに釘付けだ。


「みんな、隠しててごめん」


 ノアルトが謝罪すると、子どもたちの目がきらきらと輝きはじめる。

 そしてあっという間にノアルトを取り囲んだ。


「ティアナだったお兄さん! ぼくに無口な美女になりきるコツを教えて!!」


「わたしはお兄さんみたいな、かっこいい男の人の演技をしてみたいわ!」


「おれはおろかな男をゆうわくする、ぶりっこをやりたい!」


 ノアルトはリクエストされると期待に応えたくなるらしく、真面目に演技の指導をはじめる。

 子どもたちは大はしゃぎで、談話室はしばし彼らの演技発表会となった。


 その間に叔母の領主邸館から呼び寄せた、一流の料理人たちがやってくる。

 彼らは腕によりをかけて、お祝い用の豪華な夕食を用意してくれた。


 にぎやかな晩餐を過ごすと、あっという間に夜になる。

 乳母のティアナは明るく手を叩き、子どもたちの注目を集めた。


「さぁさぁ、みんな。今日はおもてなしありがとう。あとはゆっくり休んで、明日も楽しく過ごしましょうね。私もみんなと一緒に寝ようかしら」


 子どもたちは大喜びだった。

 急いで寝る支度をはじめる。

 それを見たメラニーも、控えめながら切り出した。


「あの……私は孤島から出られない間、暗唱できるほど本を読みました。おもてなししてくださったみなさん、眠る前の物語はいかがですか?」


「聞きたいわ!!」


「ぼくは『はらぺこスライム』がいい!」


「わたしは『百万回転生した令嬢』が好き!」


「メラニーお姉ちゃん、みんなの寝る部屋はこっちよ!」


 子どもたちはティアナとメラニーの手を引いて、大部屋の寝室へと案内する。

 エルーシャはそれを意外な気持ちで見送った。


(あら。今夜はみんな興奮して寝付けないと思ったのに。いつも以上に聞き分けがいいような……?)


 先ほどまでにぎやかだった談話室から、人がさっといなくなる。


(もしかして……)


 エルーシャとノアルトは顔を見合わせた。


「これ、全員が意気投合してるわよね?」


「ああ。言わなくてもなんとなくわかる。せっかくだし、みんなの好意に甘えるか。エルに渡したいものもあったし」


 ノアルトはエルーシャに向き合うと、小花を散りばめたような髪飾りを差し出した。

 そして気恥ずかしそうに笑ってみせる。


「これは俺がティアナとして、魔力測定に使う魔石を探していたときに見つけたんだ。受け取ってくれるかな?」


 きれいな髪飾りの中央には、青い魔石の宝玉が飾られていた。

 思わぬ贈り物を前に、エルーシャの胸がドキドキしてくる。


「この魔石、私の一番好きな色にそっくりなの。似合うといいんだけど……」


「もちろん、君に一番似合うよ」


 ノアルトはそれをエルーシャの髪に飾ると、満足そうに頷いた。


「ほらね」


 ふたりは微笑み会う。

 そして今までの空白を埋めるようにソファに腰掛け、それからの時間をゆったりと過ごした。

 その3日後のこと。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ