表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/31

25・騎士の名は

「騎士様、あのね。もしよかったら、これ……」


 彼女は寝台に横たわったまま、着けていた首飾りを取り出した。


「あなたは騎士様だから、荒魔獣を討伐しているのよね? これは私がつくった魔力の乱れを癒やすアミュレットなの。量産は難しかったけれど効果はあるから、お守りとして受け取ってくれる? あっ、だけど試作品だし、もし迷惑なら、」


「ありがとう。嬉しいよ」


 ノアルトは迷わず首飾りを受け取る。

 彼女は試作品だと謙遜しているが、かなり精巧な作りだ。

 先端には金属で作られた立体的な魔法円が飾られ、その中央に琥珀色の宝玉が輝いている。


「きれいだな。君の瞳みたいで」


 自然と滑り出た言葉に気づき、ノアルトの顔が熱くなってくる。

 人の視線を避けていたはずが、今までずっと彼女の瞳から目を離せなかった。


(ヘルムを着けていなければ高熱を出していると誤解されるな、絶対)


 ノアルトは動揺を押し殺しながら、アミュレットを首に通し鎧の下に着けた。

 彼女はそれを嬉しそうに見つめてくる。

 その仕草があまりにもかわいくて、今度は直視できなくなった。


「あっ。騎士様と話していたら本当に楽しくて、すっかり名乗り忘れていました。私はエルーシャ。エルーシャ・ジュファティーです」


 その自己紹介を聞き、ノアルトはすぐ気づいた。

 エルーシャは家族の話をするたび、どきりとするような満面の笑みになる。


(でも彼女の家族は1年前……)


 天恵家系で有名なジュファティー家は愛娘だけを残し、荒魔竜に命を奪われていた。


(そうか。家族を失った彼女は自分が倒れるまで動かずにはいられない……誰かを助けずにはいられないんだ)


 ヘルムの下に隠れたノアルトの表情に気づかず、エルーシャはにこにこと聞いてくる。


「家族はエルって呼んでくれるの。騎士様もそう呼んでくれる?」


「うん」


(エルか)


 そう呼べるだけで、急に距離が縮まった気がした。

 そんなささやかな喜びに、いつもの自分が無感情に囁く。

 お前はロイエでいるしかない。


「騎士様のお名前はなんていうの?」


「……好きに呼んでいいよ」


 ノアルトははぐらかした自分に驚いた。

 今までは必ず、ロイエだと思われるように自分から名乗っている。

 しかしエルーシャには自分がロイエだと、どうしても言いたくなかった。


 しかしエルーシャはめげずに名前を知りたがった。

 ヘルムは重そうだし取らないのかと聞いてくる。


 青髪を見られれば、間違いなくロイエだと思われる。

 ノアルトは今までと違う理由でヘルムを外さなかった。


「わかったわ、騎士様の名前はまだ秘密にしておきましょう。その代わりにあなたの愛称を教えてくれる? 私もそう呼びたいんだけど……いい?」


(いいに決まってる)


 しかしロイエの愛称「ロイ」だけは絶対に呼ばれたくない。


 名を明かせないノアルトは必死に話をそらした。

 いままでずっと笑っていたエルーシャがさみしそうな顔になる。

 今すぐ自分をぶん殴りたい衝動に駆られた。


「お、俺なんかのことより、君は」


「君?」


「エ、エルは癒せない魔病はないと言われる特別な天恵『魔力浄化』を持つんだろ? どんな魔病も治せると聞いたけれど、黒魔術は?」


「治癒できるわ」


(それならもし、ふたりを見つけ出せれば……)


 ノアルトは地道に妹と乳母の所在を調べていた。

 しかし彼の演じる立場と青髪は目立ちすぎる。


 もし妹たちを探しているとロイエに気づかれれば、彼に逆らったとみなされるだろう。

 そうなればおそらく、黒魔術で人質となった妹の心臓は止まる。

 そんな危険を避けていることもあり、調査は思ったようにはかどらなかった。


(メラニーとティアナは一緒にいるはずだ。見つけ出せさえすれば、ふたりにかけられた黒魔術をエルに治してもらえる)


 ノアルトの心に一筋の希望が差し込んだ。


(だけどまだふたりの黒魔術は解けていない。このことは誰にも知られずに実現する必要がある……)


「もし黒魔術にかかっている知り合いの方がいたら、ぜひこの施療院へ連れてきて。ここはジュファティー領が運営していて、治療費の心配がいらないのよ。それに私は基本的に、ジュファティー領を出られないから」


「領を出られない?」


「そうなの。私は保護対象の天恵者だから、基本的に領内で暮らすことになっているわ。だから領外へ出るには王国に申請を通さなければいけないの。今は荒魔竜が現れたり、天恵者狙いの人さらいも増えているから難しくて」


(確かに国内では荒魔竜の出現から、天恵者が命を落とす事例も増えているな)


 実際に、希少な天恵を持つエルーシャの両親も、荒魔竜に襲われていた。


(この国は前国王の時代から、天恵者の血統を増やす方針が功を奏して豊かになった。現国王も、天恵者の減少で国力が低下することを懸念しているんだろう)


 そのため天恵者は基本的に、国と親の方針で将来が決められていた。

 前国王の時代ほど強制されるわけではなかったが、今もその傾向にある。


(でもエルは家族を失っている。両親の後ろ盾がない彼女は、国の方針に逆らえるはずもない……)


 エルーシャの語った希望にあふれる将来が、ノアルトには先ほどと違う角度で見えはじめた。


「エルは不自由な生活でも、全然悲観していないように見えるな」


「だって私、これからしたいことがたくさんあるの!」


 エルーシャはいきいきとした様子で、領内につくりたい薬草園や果樹園の話をはじめる。

 一番したいことは荒魔竜の襲来によって増えた、行き場の定まらないない孤児を引き取ることだった。


「あっ、ごめんなさい。私の話ばかりで……」


「話してよ。エルの話は楽しいから」


「……本当?」


「うん。もっと聞かせてほしい」


 エルーシャの目に光が宿る。


「この話をすると、いつも笑われたり変な顔をされたりするの。でも騎士様の顔はヘルムで見えないけれど、誰よりも真剣に聞いてくれている気がして」


「うん。生きてきた中で一番、真剣かもな」


「そこまで!?」


 ノアルトは彼女に見惚れたまま頷いた。


「俺はエルのことを知りたい。君に話したいことがあるなら、どんなことでも教えてほしい」


「騎士様って、とっても聞き上手なのね!」


 エルーシャは感心した様子で笑った。

 そして先ほどの続きに戻り、周囲から「未成年が孤児を引き取るのは無理だ」と止められている話をする。


「でも私、孤児たちを引き取ることを諦められなくて、色々と考えているの。だって荒魔竜に襲われて家族を突然失うだけでも心細いのに、行くところが定まらないなんて……。私がもっと早く成人できたらいいのに」


「俺も手伝えたらな」


「え?」


「ひとりでは難しくても、一緒にやればうまくいくかもしれないからさ」


 ふと漏らしたノアルトの本音に、エルーシャは不意を突かれたように頬を染めた。


「そんな風に言ってもらえたの、はじめて。私、今日のこと忘れないわ。騎士様のこと、忘れない……」


 その少し恥ずかしそうな笑顔を、ノアルトは眩しい気持ちで見つめる。


(そうか。エルはいつも明るく振る舞っているけれど、本当はひとりでできることの限界も理解しているんだ。でも諦めたくなくて、ひたむきで……だから俺はこんなにも、彼女の笑顔に胸を打たれるんだ)


 妹と乳母を助けるという願いは変わらない。

 しかしノアルトは彼女と過ごしたひとときの中で、なにかが変わっていくのを自覚した。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ