22・対峙
*
(嘘だ、嘘だ!)
「嘘だ!!」
展覧会が開催されている王宮の大ホールで、ロイエは叫び続ける。
会場にいた紳士たちから、床に押し付けられたままの姿だ。
「ノアルトは滝に落ちて死んだ! つまり俺の他に英雄だと名乗り出る者はいない! エルーシャに会わせろ! 彼女は俺にベタ惚れだ! なにをしても俺のことを大切に考えてくれる!!」
ロイエはいまだに現実を認めようとしない。
今まで通してきたわがままを、まだ貫こうとしている。
「静かにしろ。国王陛下がいらしたぞ!」
ホールの出入り口から、誰もが知る黒髪の貴人が現れた。
若き国王は堂々とした振る舞いながらも、笑みを絶やさない。
愛妻家で有名な彼は、民からの人気も高かった。
ロイエは騒ぐのをやめたかわりに、胸の内で悪態をつく。
(なんだ、国王か。へらへらしているだけで人気取りをしているような、たいしたことのないやつのくせに! よし、今なら……)
国王が護衛や警備兵を伴っていることで、会場の雰囲気は安堵に包まれていた。
その一瞬を突き、ロイエは取り押さえてくる来場者を振り払うと、集まっていた人々を押しのけ走り出す。
あちこちから悲鳴が起こった。
ロイエはいい気分になって速度を上げる。
(逃げればこっちのものだ!)
思った瞬間、ホールの裏口に人影が立ちはだかっていると気づいた。
騎士風の旅装をした青年だ。
その顔を見て、ロイエは息が止まるほど驚く。
会場内にもどよめきが溢れた。
「どういうことだ、ロイエがふたりいる!?」
その言葉の通り、騎士の顔はロイエですら自分だと錯覚しそうなほど似ていた。
しかし相手の怜悧な表情と瞳の奥の光の強さはモノが違う。
ロイエの全身から嫌な冷や汗が噴き出した。
(嘘だ……嘘だ嘘だ!!)
ロイエは恐怖のまま逃げようとした。
しかし騎士はしなやかに間合いを詰めてくる。
鍛え抜かれた動きに合わせ、胸元で光が反射した。
商人が驚愕に声を裏返らせる。
「私が見た英雄の胸元の光は、あれです! 彼が荒魔竜を討ったノアルト・クリスハイル様です!!」
気づけばロイエの目の前に、その人がいた。
「よくも今まで、エルをいじめてくれたな」
再会の挨拶として、ノアルトは淡々と私怨を吐く。
「おまえの自慢の青髪、一本一本むしり取る程度ですむと思うなよ」
言い訳の時間は与えられなかった。
ノアルトは外套の下から腕を振りかぶる。
そこに武器は握られていなかった。
かわりに容赦のない拳がロイエの左頬にめり込む。
「があ……っ!!」
ロイエは美しい曲線を描いて大ホールの宙を舞う。が、すぐ床に墜落した。