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21・あのときの返事

「私が婚約の約束をした相手は、人の手柄を横取りするような人物ではないわ。私の婚約者は荒魔獣を倒した英雄、ノアルト・クリスハイル様です!」


「違う、生きている青髪の男は俺だけだ!!」


 ロイエはわめきながら、出口へ向かって走り出した。

 しかし警備兵だけではなく、周囲にいる大勢の者たちがそれを許さない。


 かつて英雄という身分を盾に他者へ無礼を働いていた男は、あっという間に床へ押し付けられる。

 私怨が込められているような、容赦のない捕縛だった。


「警備兵の増援を呼んできます!」


 その場にいた紳士が速足にホールを出ていく。

 ロイエを捕縛したばかりの王宮ホール内は、妙な熱気に溢れていた。

 対照的にエルーシャは感情が静まっていく。


(騎士様……ようやくあなたの名誉を取り戻せたわ)


 その人は数年前、エルーシャが過労で倒れたときに救護室へ運んでくれた、クリスハイル領の騎士だった。


 彼は重いヘルムを取らず、顔も見せたがらなかった。

 しかしエルーシャは彼のことを知りたくて、また会いたくて、何度も名前を聞いた。

 その度に彼がはぐらかしていた理由を思うと、目の奥が熱くなる。


(私のことを覚えていてくれて。約束を守ってくれて、ありがとう)


 ひと月ほど前のこと。

 エルーシャはティアナから「荒魔竜を討ったのはロイエではない」と聞かされた。

 そしてすぐ、顔も名もわからないあの騎士が、ロイエとは別人だったと直感する。


 気づいてしまえば、今までロイエに抱いていた違和感にも納得した。


 ただそのときはわからなかったが、ティアナは黒魔術に囚われたメラニーの命を危険にさらしたくなかったのだろう。

 それ以上の事実を言おうとはしなかった。


 しかし英雄が誰か知っているのか尋ねると、ティアナはその名を口にしないまま頷く。

 それで十分だった。

 ロイエが偽りの英雄だという事実を白日の下にさらすため、ふたりはそれぞれの考えで動いた。


「ティアナ、ふたりで話しましょうか」


 エルーシャはティアナを伴い、ホールのそばにある休憩室に移動した。

 ティアナも話はわかっているらしい。

 エルーシャに両手を差し出す。


「私はもう、変化した姿でいる必要がありません」


 メラニーの黒魔術は解かれている。

 ティアナが魔病を治癒して元の姿に戻っても、命を奪われる人質はもういない。


「ティアナの今の姿、とっても美人だから変わってしまうのはもったいない気もするけど……戻ってもいいのね」


「はい。少しさみしいですけど。でも戻りたいんです」


「わかったわ」


 エルーシャはティアナの両手を包む。

 そのまま魔病治癒がはじまると、繋いだ手は柔らかな熱を帯びはじめた。


(乳母だったティアナはおそらく、騎士様と……ノアルト様と一緒に、メラニー様の黒魔術を解こうとしていたのね)


 エルーシャは荒魔竜を討った英雄の事実を明らかにするため。

 ティアナはメラニーという人質を助けるため。

 ふたりはようやく、たがいの目的に辿り着いた。


「ティアナ、今までありがとう。お陰でここまでこれたわ」


「あなたこそ、よくクリスハイル家のことをあそこまで調べましたね。驚きました」


「だって私はどうしても、彼のことが知りたかったの」


 エルーシャは頬を染めてはにかんだ。


「覚えている? クリスハイル領の騎士様が、倒れた私を救護室に運んでくれた話」


 以前ティアナの足を治療したときに話した、顔もわからない騎士との思い出だ。


 エルーシャは騎士と別れてからすぐ、叔母に彼の名前を確認する。

 当時の騎士は妹を守るため、ノアルトであることを隠していた。

 そのため叔母からはロイエ・クリスハイルという、偽りの名を教えられる。


「彼は不思議な人だったの。まるで私すら気づいていない私の不安を、見透かしているみたいだった」


 エルーシャは目を閉じる。

 すると今でも、あの瞬間へ戻ったように、記憶も感情も蘇ってきた。


 エルーシャがノアルトと過ごしたのは、たった一度だった。

 しかしそのとき交わした言葉や思いから、エルーシャは変わる。

 彼と出会う前の自分を、別人だと感じるほどに。


「あのころの私はごまかしていたけれど、本当は将来に……王家によって定められた政略結婚に怯えていたの。だけど気づかないふりをしていた。彼にもいつも通り話したのよ。私がしてきたこと、これからしたいこと、楽しく正直に、全部そのまま……」


(『そうなったらいいね』って、一緒に笑ってくれるだけで十分だったのに)


 しかしノアルトは笑わなかった。

 今までの誰よりも真剣に、エルーシャの話を聞いた。

 本人ですら心の底では信じていない、夢物語まで。


(そして彼は去り際、自分に言えることをすべて私に伝えてくれた)


――俺が荒魔竜を倒して、エルを迎えに行く。そうすれば今までエルが話したこと全部、一緒に叶えられるだろ?


 それは婚姻の制約が多いエルーシャにできる、唯一のプロポーズだった。


(だけど私は……一番大切なことを言えなかった)


 エルーシャはノアルトが荒魔竜と対峙することを想像した瞬間、家族を失ったあの感情が蘇った。

 彼を失う恐怖で、なにも言えなくなってしまう。


 そんなエルーシャの心情を、ノアルトがどう受け止めたのかはわからなかった。

 彼は自分について詳しく語れないことを謝り、約束を果たしてから返事を聞きに来ると再会を誓った。


 それから1年ほどしたあの日。

 プロポーズの言葉通り、ノアルトは荒魔竜を倒した。

 しかしその功績はロイエによって偽られていた。


「私はずっと、騎士様にあのときの返事をしたかった」


 ロイエと婚約を解消するだけでは、ノアルトの名誉を取り戻すことはできない。

 だからエルーシャは決意した。

 彼が果たしてくれた約束を、プロポーズを受け取り、正しい事実を白日の下にさらすと。


 そうして情報を地道に拾い集めていく中で、悲しい現実にたどり着いた。

 しかし彼の乳母に会えた。

 彼の妹を助けることができた。


「ようやく言えたわ。『私の婚約者は荒魔竜を倒した英雄、ノアルト・クリスハイル様です』って」


 本当は直接伝えたい。

 しかし彼は荒魔竜を倒したまま、断崖から流れる滝へと身を躍らせてしまった。


 ティアナの手を握っていたエルーシャの力が、わずかに強くなる。


「私の推理、完璧だったでしょ?」


「ほとんどは。ただひとつだけ、意外なミスがあるな」


(えっ?)


 それはティアナの声ではない。

 いつか聞いた、穏やかで落ち着いた青年の声だ。


「ごめん、ずいぶん待たせてしまって」


 繋いだ手を握り返される。

 エルーシャは驚きのままに目を開いた。


 うつむいていた視線の先にあるのは、ティアナの細く白い女性の手ではない。

 剣士特有のごつごつとした、剣を握り続けたてのひらだ。


(まさか……)


 信じられない思いで見上げる。

 そこには青髪の騎士がいた。





ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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