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20・いくつもの真実

 エルーシャはフェンリルに乗って駆け巡り、以前クリスハイル家で仕えていた者たちの証言を根気よく集めた。

 そうして得た事実をつなぎ合わせ、いくつもの真実を導き出している。


「ロイエの双子の兄であるノアルト・クリスハイル様の評判が悪くなったのは、彼らの父親が魔獣討伐で帰らぬ人となってからよ。ロイエ、あなたは自分の横暴な態度をすべて、ノアルト様のせいにしていたでしょう?」


 ロイエはぎくりと肩を跳ねさせる。

 その顔は青ざめ、額に嫌な汗が滲んでいた。


「な、なにを言う。まだ子どもだった俺に、そんなことできるわけないだろう!」


「あなたにはできなくても、あなたを溺愛する母親ならできたわよね?」


「そ、それは……」


「できたはずよ。あなたたち双子の容姿は他人なら見分けがつかないくらい、よく似ていたそうだから」


 彼らの母親であるヘルミネは天恵、『聖結界』を持つ聖女だった。

 そのため前国王と両親の意向で、幼いころから王族の婚約者が定められていた。


(ヘルミネ様は婚約者に想いを寄せ、婚姻に必要な教養や作法などをひたむきに学んでいた。でもお相手の方は別の女性と恋に落ち、去ってしまった)


 ヘルミネの悲しみに、家族も前国王も同情しなかった。

 むしろ「期待していたほど才能の開花しない男だった」と好都合のような言い方で、新しい婚約者を見つけてきた。


(ヘルミネ様は浮気をされて婚約が破談となってから、武勲を上げていた青髪の騎士を夫に迎えたわ。その男性は天恵『魔力堅固』を持ち剣術も極めた方で、人柄も誠実な美丈夫だったようね。でもヘルミネ様は、元婚約者に裏切られた苦しみを忘れられなかった……)


 ヘルミネは夫が荒魔獣討伐や領地の視察に向かうたび、浮気をしに行くのだと思い込んだ。

 夫もはじめは根気よく向き合ってくれたが、顔を合わせれば身に覚えのない恨み言を繰り返され疲弊する。

 ヘルミネは渇望していた愛情を自ら壊していた。


 彼女は次第に、自分に懐くロイエだけを露骨にかわいがるようになった。

 ロイエも母のすることなら、たとえ使用人を虐めていても褒めたたえた。

 そして一緒になって嫌がらせをした。


 逆にノアルトは母親が相手でも不正に加担しない子だった。

 ヘルミネが理不尽な理由で乳母のティアナを平手打ちにしたときは、迷わず立ちはだかって牽制した。

 彼女はいつしかノアルトを敵視するようになった。


 娘のメラニーは自分の機嫌がよいときだけかわいがり、それ以外は無関心だった。


(歪んだ愛情で子どもたちを支配する母親をいさめ、守れる立場の者は父親だけだった。でも彼は帰らぬ人となってしまった。ヘルミネ様の天恵、『聖結界』の力が衰えて荒魔獣が大量発生した町を守ったまま……)


 それからヘルミネの行動はエスカレートしていく。


「違う!」


 ロイエは虚勢を張るように、誰もが信じていない事実を叫んだ。


「俺は悪くない! ノアルトが悪人だ! あいつが妹を魔獣の棲む森へ連れて行き、ふたりとも魔獣に食われて死んだ!」


「それは母とあなたの嘘です」


 死んだはずのメラニーは、冷ややかに証言する。


「兄のノアルトは黒魔術をかけられ、母に直接命を握られていました。そのため逆らうこともできず、ロイエのふりをして荒魔獣を討伐するしかなかったのです。そして兄の鍛えられた『魔力堅固』はいつしか、母の劣化した黒魔術を弾いたのです」


 ノアルトはもう母親の黒魔術を受けることもなくなった。

 しかしそれで終わりにはならない。


 母親はノアルトに対し、「私に逆らうつもりか」と身勝手に怒り狂う。

 そんな彼女が目をつけたのは、おとなしい娘のメラニーだった。


「母は私に人質型の黒魔術をかけました。しかし私の『魔力堅固』も、いつか母の術を弾くかもしれない……。母は兄が従わなくなることを恐れたのでしょう。私は衰弱した乳母と一緒に孤島へ幽閉されました。そして『妹を殺されたくなければ、これからもノアルトだと明かさずロイエとして武勲を上げろ』と兄を脅したのです」


 ノアルトはそれ以降、妹と乳母がどこにいるのか、無事なのか確かめることすら叶わなかった。

 わかっているのは、母親に逆らえば彼女たちが殺されるかもしれない、という可能性だけだ。


「そんな……」


 商人は愕然とした様子で、床に両ひざをつく。


「私はずっと、荒魔竜を討った青髪のノアルト様を、双子であるロイエ様だと信じていたのですね……。どこかおかしいとは思っていたのです。荒魔竜を倒した英雄は断崖から滝へ落ちたというのに、面会したロイエ様には傷ひとつなかったのですから」


 商人の目元に涙がにじむ。

 彼は自分を救った青髪の英雄が、魔獣に食い殺されたとされるノアルトだと思いもしなかった。

 そしてロイエの「俺が荒魔竜を討った」という嘘に騙され、恩義のままに尽くしていた。


「ふん、くだらない推論だ!」


 ロイエは証人を失っても、自分の非を認めずそう言い張る。

 しかし彼と対峙するエルーシャの瞳は揺るがない。


「推論にしないため、魔力測定石に触れてもらって証拠にしたのよ。その結果、あなたには荒魔を受けた履歴が残っていなかったわ。つまりロイエ・クリスハイルは荒魔竜を倒すどころか、一度も遭遇していない」


「うるさいっ、ホルストとティアナが見た青髪の英雄は俺だ!」


「いいえ。あなたは自分とよく似た容姿である双子の兄、ノアルト・クリスハイル様の栄誉を奪っていた」


「やめろ! どうせその魔力測定石が壊れているだけだ! そうに決まっている!!」


 ロイエは訴えるように叫びながら、周囲を見回す。

 しかし返ってくるのは無言の非難ばかりだった。


 人々から見放されたロイエの眼差しがさまよい、エルーシャで止まる。

 そして突然、媚びるようににやけた。


「……なぁエルーシャ、本当はまだ俺にベタ惚れだろう? 今ならやり直せると思うが」


 返事はすでに決まっていた。






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