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1・愛しいお出迎え

 エルーシャを乗せた馬車は、彼女の暮らす邸館前へ到着した。

 馬車から降りると、子どもたちに取り囲まれる。


「エルー!」 


 邸館の入り口前で待っていた、20人ほどもいる子どもの背丈はさまざまだ。

 彼らはエルーシャと血の繋がりはないが、ここで家族のように暮らしている。


「エルー!」 


 夜空の下、泣き声が上がりはじめた。


「みんな、どうしたの。どこか苦しいところがあるのなら教えて?」


 エルーシャは念のため、ひとりひとりの手に軽く触れながら魔力の乱れを確認していく。


「びっくりさせてごめんなさいね」


 子どもたちの背後には叔母のヘレナが立っていて、困り果てたように笑っていた。

 そのほがらかな表情が、エルーシャの母の面影と重なる。


「みんな寝る時間は守ったのよ。でもちょっと目を離した隙に寝室を抜け出してしまって……。『エルは約束を守る子だから、ちゃんと帰ってくる』と話したのだけど。あなたの姿を確認しないと怖くて眠れないって。ここから動かなくてね」


 子どもたちは失うことを恐れるように、エルーシャをぎゅっと抱きしめた。


(荒魔竜が英雄に討たれても、失った家族は帰ってこないもの……)


 魔獣は自身の魔力を蝕まれると、『荒魔獣』と呼ばれる凶暴化した存在になる。

 特に危険なのは『荒魔』と呼ばれる禍々しいオーラを放ち、それに当てられた者が魔力の病、『魔病』を発症することだ。

 魔病はあらゆる不調の原因となり、ときには命を落とすこともある。


 そして4年前、荒魔獣よりもさらに凶暴な荒魔竜が現れた。

 荒魔竜の残忍性は恐ろしかったが、放つ荒魔も今までにない凶悪さだった。

 荒魔竜と遭遇すれば人々の魔力機能は破壊され、重度の魔病で命を落としてしまう。


(でも、ここにいる子たちは生き延びてくれた)


 エルーシャは大きく息を吸った。

 そしてにっこり笑う。


「みんな、おまたせ! 私もみんなに会いたかったのよ!」


 エルーシャは子どもたちひとりひとりの名前を呼びながら抱きしめていく。


「だから私、帰って来たわ。お腹がペコペコだしね!」


 エルーシャの明るい口ぶりに、子どもたちの泣き声が止む。

 ひとりの少年が大声で笑った。


「エルの食いしんぼう!」


 その言葉につられて、他の子どもたちにも笑顔が戻る。

 しかしエルーシャは笑っていない1人の幼女に気づき、手を引いた。


「どうしたの、ラーラ」


 ラーラと呼ばれたその子は目を合わせず、うつむいている。


「ラーラ、むずむずしない……」


「そう?」


(わずかに魔力が乱れているわね。ラーラは魔病の影響を受けやすいから)


 エルーシャはラーラとつないだ手に意識を集中させた。

 すると幼子の魔力のこわばりが和らいでいく。


 人は大なり小なり魔力を持っている。

 魔力が乱れると魔病を起こす。

 しかし個人差はあった。


 エルーシャの婚約者であるロイエは天恵『魔力堅固』を持っているため、魔力が乱れることはまず起こらない。

 しかしラーラのように、わずかな魔力の変化で不調が起こる者もいた。


「ラーラ、むずむずしない……? どうして?」


 幼女が不思議そうに首を傾げる。

 その後ろにいるのっぽの少年、フリッツが得意げに言った。


「エルは『癒せない魔病はない』と呼ばれる最高の天恵、『魔力浄化』を持っているからさ!」


 フリッツは荒魔竜に村を襲われ、重度の魔病を起こして命を落としかけたことがある。


「エルのおかげでたくさんの人が助かったんだ、おれも!」


「ぼくも!」


「わたしも!」


「エルだいすき!」


「おかえり、エル!!」


 フリッツが満面の笑みで飛びついてくる。他の子どもたちもそれに重なった。


「わあぁ、みんなおっきくなったわね!!」


 エルーシャは支えきれないほどの大歓迎を受けると、笑顔になった子どもたちと寝室用の大部屋に戻る。

 みんな疲れていたらしく、あっという間に眠った。


「ヘレナ叔母様、今日は本邸から来てくれてありがとう。ジュファティー領主と施療院の薬師、どちらも忙しいのに……」


「いいのよ。ここは私の敷地内の別邸だし、エルと子どもたちの顔を見に来るいい口実になったわ。なによりエルの使用人は優秀だもの。今日も最高のおもてなしを受けていたのよ」


 エルーシャは自分のことのように誇らしげに笑う。

 叔母もつられて微笑んだ。


「エルは本当に、子どもたちをよく育てているわ。誰もがはじめて会ったときから、見違えるように変わったもの。無邪気に甘えられるようになったのは、あなたのおかげよ」


「そうかしら。実は私の方が助けられている気がするの」


「無理してない?」


「全然! それに明日になればまた、優秀な使用人たちが手伝ってくれるからね!」


 エルーシャは得意げに胸を張った。


「ただ今日は私が出かけたから、子どもたちには心細い思いをさせてしまったけど。ヘレナ叔母様、私とティアナに馬車を貸してくれてありがとう。助かったわ」


「いいのよ。敷地内にあるものは、どんどん使って。だけどティアナは、その……大丈夫なの?」


 ティアナは半年ほど前から、孤児という建前でエルーシャの暮らす邸館で暮らしている。

 ずぶ濡れで川べりに倒れていたところを、エルーシャが見つけて助けたことがきっかけだった。


(そういえばティアナと会ったのは、私がロイエと婚約を終えた馬車の帰路だったわね)


 ティアナは自分のことや以前の暮らしについて、話そうとしない。

 わかるのは、17歳になったばかりのエルーシャと同じくらいの年齢に見える、ということだけだった。


「ティアナが使用人の仕事を真面目にこなしているのは知ってるわ。だけど普段は人を避けるみたいに、誰とも話そうとしないでしょう? 休みをもらえば朝から晩までどこかへ出かけて、帰ってくると全身泥まみれ、なんてことばかりだもの」


「子どもたちはティアナが秘密基地を作って、ひとりで探検ごっこをしていると予想していたわ。みんな『そろそろ泥遊びに誘ってくれるはずだ!』って、私と一緒に遊ぶ約束までしているのよ。まだ誰もティアナから誘われてないのに」


 叔母は声を上げて笑いかける。

 エルーシャは「しーっ」と人差し指を唇に当て、眠っている子どもたちを見回した。

 叔母も慌てて声を飲み込む。


 子どもたちの寝息は安らかなままだった。

 ふたりは胸を撫で下ろす。


「ティアナはなにか人に言えない事情があるみたいなの。でもいずれ話してくれる気がするわ。子どもたちだって、はじめから打ち解けてくれたわけではなかったから」


「そうだったわね」


 エルーシャの言葉の重みに、叔母も納得して頷いた。


「だけど夜会へ行くための馬車を2台用意するなんて……あなた、まるで始めからティアナとは別々に帰るつもりだったみたいね」


「私が先に帰ることになるような気がしていたの。王妃殿下から頼まれたこともあるし、明日も忙しくなるわ。今夜のうちに、もう少し進めておかないと」


 エルーシャは眠い目をしばたきながら、ひとりひとりの寝顔を確認する。

 今日一番の幸せを感じた。





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