16・唯一の生き証人
「そ、そそんなことはない! 俺は荒魔竜を倒した英雄だ!」
展覧会場で大勢から注目される中、ロイエは裏返った声で否定した。
しかしエルーシャの言葉は揺るがない。
「でもおかしいですよ。この魔力測定石によると、あなたは今まで一度も荒魔を受けたことがありません」
ロイエの瞳が恐怖に見開かれる。
それをごまかすようにかすれた声で笑った。
「エルーシャ、婚約者への言いがかりはやめるんだ。俺が数々の荒魔獣討伐に参加していたことは、他の騎士たちが目撃している!」
ロイエは後ろめたさを隠すように、震えかける声を必死に張り上げる。
「なにより荒魔竜は俺が倒した! 『荒魔履歴:なし』と書いてあるのは……そう、俺の髪が青い証拠! 天恵『魔力堅固』の影響で、魔力が荒らされない体質だからだ!」
「いいえ、『魔力堅固』は魔病を起こしにくい体質のことです。荒魔獣に近づけば何者でも荒魔は受けます。そしてロイエには荒魔を受けた履歴がひとつもないようです」
エルーシャの結論は変わらない。
「あなたは荒魔竜を倒すどころか、他の荒魔獣にすら一度も遭遇していませんね」
「そ、そそその魔力測定がでたらめなだけだ!」
「展覧会に出品した物は王家が認めた品質です。根拠のない否定は不敬にあたりますよ」
「うるさいっ、俺には証人がいる!」
ロイエは血走った目で辺りを見回し、なりゆきを見守っていた小太りの商人を指さした。
「おい。ホルスト!」
「は、はい」
「俺が荒魔獣を倒した英雄であることを、お前が説明しろ!」
商人は突然の指名に戸惑っている。
しかしホール中の注目を浴びていることに気づき、おそるおそる言葉にしはじめた。
「あの日、私はクリスハイル領の辺境にいました。戦場商人として、荒魔獣討伐の遠征騎士団に支援品を売っていたのです。そこに前触れもなく、漆黒の荒魔竜が現れました」
商人はそのときのことを思い出したのか、ぶるりと身震いした。
「神出鬼没とされるその竜は、今まで見たことのない禍々しい気配……おそらく荒魔を放っていたのでしょう。そして遠くにいた私も荒魔に当てられ、魔病を発症したのです。その場で倒れてしまいました」
応戦した騎士団も、気づけば壊滅状態だった。
荒魔竜は騎士たちを無慈悲にほふると、次は商人のいる方向へと飛んでくる。
獰猛な牙の隙間から、荒魔の入り混じった残忍なブレスが吐き出された。
「私はかろうじて保たれた意識の中、魔病で動けないことに絶望しました。そのとき視界の端でなにかが光ったのです」
一瞬のことだった。
暗黒のブレスを突き破り、人影が舞いあがる。
そして荒魔竜の脳天めがけ、鮮やかな剣技で一撃を入れた。
「気づけば荒魔竜は真っ二つになっていました。そして断末魔とともに、荒魔竜は塵のように崩れ消えたのです」
商人は薄れる意識の中でも、はっきりと覚えている。
「荒魔竜を倒した英雄はヘルムが溶け割れ、そこからは青い髪色を覗かせた騎士の顔がありました。彼は命を燃やすようにまばゆい光を胸元で放ちながら、断崖から滝つぼへ落下していったのです」
商人が目を覚ましたのは、薬品の匂いの満ちた寝台の上だった。
「その後のことはみなさんもご存知の通りです。私はエルーシャ様の『魔力浄化』に癒され、一命を取り留めました」
次第に快方に向かいつつある商人の元に、面会があった。
商人は彼を見た瞬間、荒魔竜を討ったあの英雄の姿がフラッシュバックする。
「私はてっきり、英雄は滝つぼへ落ちて亡くなったと思い込んでいました。しかしあの青髪の騎士は目の前にいたのです!」
ロイエはひとりほくそ笑む。
荒魔竜との凄惨な戦いで、多くの者が命を落としていた。
「つまりホルストは、俺が英雄となった瞬間を目撃する唯一の生き証人だ」
エルーシャは商人に対し、魔力測定石をてのひらで示す。
「ホルストさん、どうぞ」
商人は緊張した面持ちで魔力測定石に触れる。
空中に、商人の魔力を測定した文が浮かび上がった。
荒魔竜が討伐された時期の測定結果に、周囲の視線が集まる。
「あの商人の魔力履歴に、重い荒魔履歴と重い魔病履歴が残っている!」
ロイエは満足そうに笑い声をあげた。
「これでホルストが荒魔竜に遭遇したと証明できたな。俺の測定は、その魔石が壊れているせいだろう。それともなんだ、ホルストは俺が英雄だと嘘をついていると、言いがかりをつけるのか?」
「そのことに関して、私から話したいことがあります」
人々の合間を抜け、ティアナが静かな足取りでやってくる。




