14・最良のタイミング
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年一度の展覧会は、出店でにぎわうお祭りのように盛況だった。
王宮の大ホールでは国内で生み出された薬や装飾具、魔法石などが出品されている。
どれも王国が認める検査をくぐり抜けた、間違いない品質のものばかりだ。
意外と多いのは食品で、魔力の上がるドリンクやケーキ、魔病予防のパンやフルーツなどが並ぶ。
それらは見た目も美しく、食品の区画にはよい香りが満ちている。
家族や友人とやってきた者たちが、和気あいあいとカフェスペースで楽しんでいる姿も多かった。
「これはすごい……」
魔道具の区画で、フェルト帽をかぶった恰幅のよい男が立ち止まっていた。
彼は展示されている、大人が両手で抱えるほどもある結晶を熱心に見つめている。
エルーシャの改良した魔力測定石が、台座の上で神秘的に浮いていた。
「なんと神々しい。この魔力測定石が、ディートハルト殿下の天恵を証明したのですね!」
展覧会開催の国王の挨拶では、王子の類まれなる天恵『変幻自在』の才能が明かされたばかりだった。
そのすばらしい天恵を誰もが喜び、王宮内は祝祭ムードとなっている。
それを証明したこの魔力測定石にも、注目が集まっていた。
「この魔力測定石で調べたところ、ディートハルト殿下は変化をしたとき、魔病も荒魔も履歴が残りません。つまり王子の変化は悪しき力の影響ではなく、彼の天恵です」
「すばらしい! この魔石があれば、今まで見落とされがちだった天恵者の発見も増えるでしょう……あっ」
男は魔石からエルーシャに視線を移すと、驚いたように息をのんだ。
「なんと、エルーシャ様ではありませんか。本当にお久しぶりで……」
男は一瞬だけ表情を曇らせた。
彼はロイエがよく利用している商人だ。
しかしその職業に似合わず、お金儲けより人情に厚いところがある。
そのためか商人は、ロイエが自分の店にエルーシャではない女性を連れてくるたび、気の毒に思っているらしい。
商人は気づかわしげな様子だったが、エルーシャは平然と挨拶した。
「ホルストさん、お久しぶりです。近々お会いしたかったので嬉しいです」
「私とですか?」
「はい。でもその話は後ほど。ホルストさんは商人ですし、展覧会で新しく取り扱う品を探されているのですか?」
「それもありますが、今日はエルーシャ様の侍女であるティアナ様に勧められて来ました。彼女からエルーシャ様の出品が、私の妻に必ず役立つと教えられまして。しかしエルーシャ様、ディートハルト殿下の天恵を証明してしまうような、すばらしい品を出されていたのですね!」
(ティアナは私が頼んだ通り、ホルストさんを連れてきてくれたようね。もうひとりも、そろそろ来てくれるでしょう)
エルーシャはにっこりと微笑んだ。
「ホルストさん、わざわざお越しくださってありがとうございます。奥様はお元気ですか?」
「ええ、私も妻も『癒せない魔病はない』と呼ばれるエルーシャ様のおかげで、魔病は完全に治していただけましたから。ただ妻は元々魔力が不安定なので、治癒後の後遺症が続いていまして……。おっと、心配には及びませんよ! ロイエ様が私の店をよく利用してくださるので、今は治療費も稼げています」
「では奥様に、私のお手伝いをしていただくことはできますか?」
エルーシャは一枚のスカーフを商人に渡した。
「試作品ではありますが。このスカーフの生地についている魔石で、魔力の状態を測定できるようになっています」
「えっ!? 小粒の魔石で、そんなことまでできるのですか?」
そのスカーフは先日、エルーシャがフェンリルに乗って出かけたときに思いついた。
(これなら話せない魔犬でも動き回る子どもでも、魔力の不調を簡単に調べられるもの)
持ち運びも取り扱いも簡単だ。
スカーフの話を聞いた王妃も、これからますます活発になる王子に使いたいと期待している。
「このスカーフがあれば、ホルストさんや奥様の魔力状態を気軽に調べられます。体調管理に役立ちますし、よろしければ差し上げたいのですが」
「し、しかし。そんな貴重な品を、ただではとてもとても……」
「これは私だけの財産ではありません。私の両親が魔力の不調に苦しむ人のため、生涯続けた研究の続きです。まだ試作中ですので、使った感想を教えていただけますか?」
「もちろんお伝えしますが、さすがにそれだけでは……」
ホルストは恐縮し続けている。
エルーシャは彼を安心させるように微笑んだ。
「実は私、ホルストさんにお願いがあります」
「私に? もちろんエルーシャ様のためです。遠慮なくおっしゃってください」
「ありがとうございます。ホルストさんには今日、証言してほしいことが――」
「エルーシャ、久しぶりじゃないか」
商人との会話が無遠慮にさえぎられた。
見ると青い髪の青年が近づいてくる。
婚約者のロイエだ。
(久々に会ったけれど。ロイエが相変わらず酒と賭博と散財に明け暮れているという噂は本当のようね)
鍛錬もしていないのだろう。
彼の顔色は不健康に青白く、体格も一段と貧相になっていた。
(ティアナはどこかしら。今日は私もドタバタしていて、一度も見かけていなかったけれど。でも彼女は頼んだとおり、ふたりを呼び出してくれたわ)
ロイエはエルーシャと話していた商人を邪険に押しのける。
「エルーシャ、なぜ俺ではなくホルストと話している」
商人は慌ててお得意様に頭を下げた。
「おやロイエ様! これはこれは、いつもごひいきに」
ロイエは商人の挨拶を無視して、エルーシャの前に立つ。
彼は浮気宣言をしたあの夜会から、国王の命でエルーシャと直接会うことを禁止されていた。
その期限は、エルーシャが王妃から依頼された品が完成するまでだ。
つまり今日の展覧会から自由に会える。
そのためまた嫌がらせのような態度で、エルーシャの気を引きに来たらしい。
「ははっ、わかったぞ! エルーシャがホルストなんかと楽しそうに話しているのは、俺と会えないのがさみしすぎたせいだろう」
「ロイエのことを忘れていた時間は、とても快適だったわ」
「そうだろう、俺は最高の婚約者だからな……ん?」
「ところでロイエは、ティアナと一緒ではないのね」
「な、なぜ平然としている!? 俺は君の婚約者だぞ! 俺が他の女性と一緒にいることを気に病まないなんて、おかしいだろう!!」
「おかしいのはどちらかしら……」
悪目立ちしているロイエを見て、事情を知っている周囲の令嬢たちが眉をひそめている。
「エルーシャ様と婚約できるなんて、国中の男性が羨むことなのに」
「失礼なことばかりして婚約者の気を引くなんて、愚かな男」
「エルーシャ様に同情するわ」
「お前たち、俺のことを侮辱する気か!?」
「するわよ! 何度でも言ってやるわよ、あんぽんたん!!」
「あんたなんかにエルーシャ様はもったいないわ、おたんこなす!!」
「浮気野郎のくせに、エルーシャ様と婚約できたのはなにかの間違いなのよ、すかたん!!」
ロイエは言い返すはずが、令嬢たちの勢いに気圧されて全く反論できずにいる。
(見物客が集まりはじめてきたわ。これだけ人の目があれば、ロイエも今から起こることの言い逃れはできないでしょうね)
エルーシャの計画にとって、今が最良のタイミングだった。
 




