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13・大切な思い出

「ティアナ、私はわかっているつもりよ。あなたがこんなにがんばっているのは、好意を寄せる方がいるからだってこと」


「え」


 ティアナは明らかに硬直した。

 エルーシャは手応えを感じる。


「わかるわよ。だってティアナ、すごく真剣だもの。ひたむきだもの」


「な、な、なななにを急に……」


「ティアナがこんなに一生懸命なのは、実はお慕いしてる人がいて、その方のためなんでしょう?」


 そう切り出したが、実際の答えは予想できている。


(ティアナはおそらく家族、または主のために動いていると言うわ。でも私はお茶会の席で学んだの。恋の話はいつだって、乙女の警戒を和らげてくれるはず!)


 エルーシャはティアナの足首に包帯を巻き、治療を終えた。

 薬箱のふたを閉める音が妙に響く。


(あら?)


 ティアナは顔を真っ赤に染めていた。

 目が合うと、慌てた様子でそらされる。


「か、家族のためでもあります……」


 その言葉はエルーシャの想像通りだった。

 しかし恥ずかしそうに目を伏せるティアナが見せた一面は、彼女の本音を代弁している。


(予想もしなかったティアナの想いが露見したわね。……今なら、話せるかもしれない)


 そんな打算はある。

 しかしエルーシャの胸の奥にしまっている、懐かしい感情が湧き上がったのも事実だった。


「私にはね、大切な思い出があるの」


 エルーシャはティアナの隣に座り、薬箱を膝にのせた。


「私は荒魔竜に家族を奪われてから、魔病治癒に打ち込んでいたわ。でも過労で倒れてしまって……そのとき施療院に滞在していたクリスハイル領の騎士様が、救護室に運んでくれたの」


 ティアナはなにも言わない。

 しかし意外なほど真剣に聞いていた。


 その騎士はかぶっていたヘルムを取ろうとしなかったため、顔がわからなかった。

 しかしエルーシャは一度だけ、ヘルムを取った彼の後姿を見ることができた。

 建物の陰から覗いた彼の鮮やかな青髪が、今も心に焼きついている。


「話せたのは出会ったとき、たった一度だけ……。そのとき荒魔獣討伐へ行く彼の無事を願って、首飾り型のアミュレットを渡したの。喜んでくれたわ。でもきっと私のほうが嬉しかった」


 エルーシャは複雑な思いで、薬箱を抱きしめる。


「それから1年後。荒魔竜を倒した青髪の英雄と対面したとき、思ったの。人は変わるって」


 エルーシャはロイエに挨拶すると、以前に騎士として出会ったときの話をした。

 心底、わずらわしそうにされた。

 渡したアミュレットについても、「失くしたに決まってるだろう。俺に贈り物をするのなら、試作ではないものを持ってくるんだな」と言われる。


 でもエルーシャは諦められなかった。

 なにかきっかけがあれば。

 そうすればはじめて出会ったときのように、彼との関係をつくっていけると信じて。


「でも、わかったの。そうではなかったのね」


 ティアナの視線を感じる。


「もう大丈夫。今はあのときの迷いもなくなったわ」


 エルーシャは立ち上がると、薬箱を元の位置に戻した。


「私ね、ここ数日はフェンリルに乗って、色々なところを見て回ったわ。そのおかげで、私の婚約者のことがよくわかったの。その話を展覧会でするつもりよ。協力してくれる?」


 返事はなかった。

 ふたりはしばらく見つめ合う。


「ティアナの大切な人を助けに行く準備は、もう整えてあるの」


 核心を突いた言葉に、ティアナの顔つきが変わった。

 張り詰めた緊張感が伝わってくる。

 エルーシャはティアナの前に立ち、持ち歩いていたフェンリル用の手綱を差し出した。


「その人はきっとアインゼル島にいるわ。領都の北西に位置する、小さな孤島よ」


「まさか、そこまで調べて……!?」


「大丈夫、フェンリルはとてもいい子なの。あの子と一緒ならどんな道も怖くないわ。そしてティアナが大切な人を助け出したら、私が治癒してもいい?」


 ティアナの表情が揺れる。

 そして先ほどまでの警戒が消えていくと、降参の微笑が残った。


「いつだって、あなたには敵いそうにありません」


 ティアナはエルーシャから手綱を受け取った。


「それで私は、なにをすればいいんですか?」


「話が早くて助かるわ。展覧会へ連れてきてほしい人がいるの」


 エルーシャは、とあるふたりの名を告げた。

 ティアナはすぐ事情を理解する。


「わかりました。必ず来るように仕向けます。だからあなたも、手伝えることは人に頼んで早く休んだ方がいいですよ。相変わらず無理をしているようです」


「え?」


「あなたはひと月以上前から、毎晩遅くまで魔力測定石の改良をしていましたよね。数日前から留守がちだったのは、フェンリルとあちこち調べ回っていたからでしょう。今日も私が帰る直前まで、そうしていたんじゃないですか?」


「そう言われると、そうね」


「展覧会で倒れたら笑えませんよ」


「ふふ、心配してくれてありがとう。でも私は平気よ。ティアナこそ足を怪我をしているんだから、無理しないでね」


「あなたのおかげで痛みが治まりました。今日学んだように、フェンリルに乗るときはハイヒールではなく、歩きやすい靴にします」


「ドレスも汚れてしまうから着ないでね。私の衣装部屋に冒険者向けの旅装がそろっているわ。どれでも使って」


「冒険者向けの……あなたは本当に何者ですか」


「ティアナの味方よ」


 ティアナは邸館へ来てから、はじめて声を出して笑った。

 そして「ありがとう」と一言残し部屋を出ていく。

 エルーシャはティアナから協力の約束を取り付け、気が抜けたような心地になった。


(ティアナなら上手くやってくれるわ……。プロポーズの返事をするために、あとは展覧会を迎えるだけ)


 エルーシャはそばのカウチに横たわると、そのまま眠り込んでいた。





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