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12・お茶会の席で学んだのは

 ***


 邸館の窓に月明かりが差していた。

 その光だけを頼りに歩く音が、静かに響いている。

 階段に座っていたエルーシャは立ち上がり、やってきたその人影を迎えた。


「おかえり、ティアナ。眠っている子どもたちのために、足音を立てないようにしてくれてありがとう」


 ティアナはなにも言わない。

 無表情で、肩に大きめのカバンをさげている。


(相変わらずそっけないわね)


 それはいつものことだった。

 ティアナはこの邸館へ来てから、周囲の者を避けているような節がある。


 そのため浮気宣言を受けた夜会のことは忘れられない。

 ティアナがはじめて見せた「ロイ様~ぁ!」の媚び売りは、お腹を抱えて笑いたいくらいの怪演だった。


(そういえば、ティアナはロイエとデートをしてきたのよね)


 ティアナはすでに自室へ戻ろうとしていた。

 その動きにわずかな違和感を覚える。

 エルーシャはティアナの腕を取り、言葉に詰まった。


 ティアナはエルーシャが見たことのない、華やかなドレスを着ている。

 そして全身泥まみれだった。


「なにがあったの?」


「ご心配なく」


 エルーシャの顔色が変わったのを見て、ティアナは淡々と説明する。


「このドレスは、ロイエが頻繁に利用している商人の店で購入してもらいました。そのあと食事に連れて行ってもらい、夕暮れに北口運河で別れただけです」


(北口運河!?)


 エルーシャは出しかけた大声を、慌てて飲み込んだ。


「夕暮れに別れたって……もう日付が変わってるじゃない」


「徒歩で帰りました。ロイエは孤児を嫌がって、この邸館に近づきたがりませんから」


「だけどティアナは」


「気にすることはありません。私は帰りに厄介事に巻き込まれたくなかったので、彼の馬車に乗るつもりもありませんでした」


 ティアナは肩にさげていたカバンから、上質な外套を引っ張り出した。

 見覚えのあるデザインのそれは、魔獣にでも襲われたのかボロボロだった。


「その外套……」


「ロイエの物です。あきれるほど無防備な馬車だったので、夜盗に襲われたみたいですね。命は助かったようですが」


 ティアナはロイエと夕暮れに別れた。

 しかし彼女はそのあと、ロイエが夜盗に襲われたときの外套を持っている。


「まさかティアナ、あなたはロイエの次に、その夜盗に会った……というか、襲われたの?」


「はい。ぶっ飛ばしました」


 夜盗も後悔するほどの、見た目を裏切る武闘派だった。


「だから見た目は悲惨ですけど、怪我などもありません」


 確かにティアナの姿は汚れているが、大きな負傷などは見当たらない。


「だけど夜盗より手ごわい相手がいたみたいね」


 エルーシャは近くの部屋から歩きやすいスリッパを持ってくると、ティアナの前にそろえた。


「このスリッパははき心地がいいの。私のお気に入りよ」


 ティアナは壊れたハイヒールを脱ぎ捨て、それにはき替える。


「……ありがとう」


 彼女はそのまま自室へ足を向けた。

 しかしエルーシャは去りゆく手をそっとつかまえる。


「こっちよ。靴ずれの手当てをしなきゃ」


 エルーシャはティアナの手を引き、薬を保管している部屋へ向かった。

 ついてくる歩き方で、ティアナが痛む場所を庇っているとわかる。


「ねぇティアナ、遠慮をする必要はないと思うの。ロイエと一緒にいることがつらいのなら、私から『もうティアナとは会わせられない』って断ってもいい?」


「あなたがロイエに?」


「私なら平気よ、ロイエにはなにをされても慣れてるし、っ」


 思わぬ強さで手を握り返された。

 驚いて振り返ったエルーシャは言葉を失う。

 ティアナの瞳の奥で、激しい憎悪が揺らいでいた。


「ご心配なく。私には目的があります。そのためならなんでもします」


「……夜盗を拳で成敗するほどの武闘派だから、説得力あるわね」


 先ほど不意に握られた強さが、ティアナの思いのように手に残っている。

 彼女は普段から本心を見せようとしない。

 しかし今はわずかに、秘めていた未知の感情を覗かせていた。


(ティアナは助けたい人がいるのね)


 エルーシャは叔母から預かったフェンリルに乗り、とあることを調べていた。

 正解だった。

 ティアナがこの邸館へ来る前の事情も、おおよその見当をつけることができた。


(私の目的を叶えるには、ティアナの協力が必要よ)


 ティアナは自分の弱みをひた隠しにしている。

 それを誰かが気づいていると知れば、警戒してこの邸館を去る可能性もあった。


(慎重に言葉を選ぶ必要があるわ)


「ティアナ、私がこんなことを言うなんて今さらだけど」


「気にしないでください。私が選んだことです」


「そう? これからは靴ずれする前に、元々はいていた歩きやすい靴で帰ってきてね」


「あっ」


(やっぱりカバンにしまっていた靴にはき替えること、忘れていたのね)


 ティアナは意外と天然キャラだった。


 ふたりは薬草の香る部屋へと着く。


「ヘレナ叔母様の薬はよく効くの。ティアナの靴ずれも、きっとすぐ治るわ」


 エルーシャは燭台型の魔灯をつけた。

 戸棚から薬箱を取り出し、カウチに座らせたティアナの前に屈む。

 歩き通して汚れたドレスからのぞく、傷だらけの足が痛々しかった。


(しみないでね)


 エルーシャは慎重な手つきで薬を塗っていく。


(私が気づかなければ、ティアナは傷の手当てもしなかったのよね。ロイエと関わり続ければ、こんなことが繰り返されるわ……)


「ねぇティアナ。やっぱりロイエとは、」


「あなたは婚約者の浮気相手にまで、やさしいんですね」


「その言い方は間違ってるわ。ティアナはロイエの浮気相手にならないもの」


 ティアナの顔に隠しきれない苦悩が浮かんだ。

 エルーシャは静かに微笑みかける。


「だからティアナがこんなにつらい思いをするまで、無理をする必要なんてないわ」


 エルーシャは傷口の手当てを続ける。

 いたわるように触れてくるその手元を、ティアナはしばらく見つめていた。


「心配をかけてすみません。私はロイエとデートなんて、もうしません」


「よかった。これからはロイエと関わらないのね?」


「はい。ロイエから色々買ってもらったときに、彼がよく利用している商人と繋がることができました。それで十分です」


 エルーシャは一安心する。


(ティアナがロイエと関わっていることは、もう心配しなくてもよさそうね。あとは私があのことを、ティアナに切り出すだけ……)


 ティアナは重大な問題を抱えていた。

 しかし安易に踏み込めば、警戒されるのは間違いない。


(私はまだティアナから信頼を得ていない。だけど展覧会は3日後よ。そのときにプロポーズの返事をするのなら、ティアナの協力が必要……今しかないわ)


 エルーシャには秘策があった。


(女性と、おもに令嬢たちのお茶会でよく盛り上がる話といえば……これしかないわ!)








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