10・意外な一面
「でもエルは王家から提案された、別の婚約者の話を断ったのよね?」
「断ったわ。私はロイエと婚約解消するだけなんて、絶対に納得できないもの」
エルーシャはきっぱりと言い切る。
「そう……。エルのことだもの、なにか考えがあるのね?」
エルーシャは叔母の不安を取り払うように笑った。
そして自分の胸の前で、その思いの強さを表すように両手を固く握りしめる。
「私は必ず、プロポーズの返事をするわ!」
エルーシャは笑っているが、真剣でもあった。
叔母もつられるように口元をほころばせる。
「そうよね。エルはロイエのせいで、今までろくな恋すらできなかったようなものだもの。あなたがロマンチックなプロポーズの返事をしたいのなら、私も全力で応援するわ! あいつの左頬に拳をめり込ませるくらいしないと、全然すっきりしないわよね!!」
(ロマンチックな拳の返事……?)
叔母がおてんば脳筋少女だったという噂は本当だった。
「なによりエルのためよ。私に手伝えることがあるなら、なんでもするわ」
「ヘレナ叔母様、ありがとう。実は私、調べたいことがたくさんあるの。だからこの子に騎乗してもいいかしら?」
エルーシャは身を預けているフェンリルの体を撫でた。
フェンリルは話の内容から、散歩を期待したらしい。
寝そべったまま尾を振りはじめた。
「フェンリルは魔病から十分に回復しているわ。エルや私と触れ合っているうちに、これだけ人にも懐いたし。まだ試したことはないけれど、鞍や手綱もあるから乗れそうね」
「よかった。この子の身体能力があれば、険しい山道も川も難なく進めるわよね?」
「ええ、フェンリルならできるんじゃないかしら」
「女性や体の弱い方を乗せられるくらい、負担をかけない移動ができたら嬉しいんだけど」
「え、ええ……」
「そうだわ。ねぇフェンリル、私と一緒に移動の練習をしましょう!」
エルーシャが抱きつくと、フェンリルは散歩の確定に目を輝かせ、尾をちぎれんばかりに振っている。
叔母はもふもふな肩叩きを受けながら、不思議そうに首を傾げた。
「エル、あなたまさかジュファティー領内を出る気なの? おてんばは私に似たのだと思って諦めるけれど、一体なにをするつもり?」
エルーシャはその希少な天恵の血統を、王国から保護されている。
そのため暮らしているジュファティー領から無断で出ることを禁じられていた。
「特に荒魔竜が現れてから天恵者は激減して、その価値が高まっているのよ。だから最近は天恵者を狙った人さらいが増えて、物騒な話も聞くでしょう? エルは一体どこへ、なにをしに行くつもりなの」
「そ、それは」
エルーシャはなぜか頬をほんのり染めていく。
意外な一面を目の当たりにして、叔母は何度も目を瞬いた。
「どうしたの? 私はフェンリルを調教して乗り回そうとする、おてんばな令嬢と話をしていたはずなのに。急に恋する乙女みたいな顔をして……」




