9・切り札はためらいなく
エルーシャの良縁の予感に、叔母の目が輝いた。
「さすが国王陛下、民と家族を思いやるという評判の通りの方ね!」
「そうなの。だから感謝を伝えてお断りしたわ」
「えっ! 断った!?」
「だってもっといい方法があるもの。先ほど、その連絡が王家から届いたわ」
叔母は目をむいたまま口をあんぐりしている。
彼女を安心させるように、エルーシャは自信に満ちた笑顔を見せた。
「私は天恵『魔力浄化』と王国への貢献が評価されて、正式に公爵位を授かることが決まったの」
それは先日のお茶会の席で、エルーシャが王妃に提案したことだった。
エルーシャは新しい婚約者を得るかわりに、王国への貢献で叙爵される爵位の年齢制限の撤廃を望んだ。
そして異例の速さで聞き入れられた。
「私が未成年でも公爵になれれば、自分の保護者……ヘレナ叔母様から領地を引き継ぐ権利が得られるでしょう?」
叔母のジュファティー領の所有権は、エルーシャとロイエの婚約が前提条件となっている。
そのためエルーシャとロイエの婚約が白紙になれば、叔母のジュファティー領の所有権は失われ、ジュファティー領を王国へ返還しなければならなかった。
(でも私が領地を得られる公爵になれば、ロイエとの婚約条件が失われる前に、ヘレナ叔母様からジュファティー領を継承できるわ)
そうすれば施療院や孤児の保護など、今まで通りジュファティー領の権限を守ることができる。
「だからヘレナ叔母様、今までのように私の保護者でいてくれますか?」
叔母の表情が複雑に揺れた。
彼女の天恵と実績で得られる爵位は、エルーシャの両親が守ってきたジュファティー領すべてを引き継ぐほどに満たない。
「ごめんなさい。私の力が及ばないせいで、エルの将来を奪ってしまって。あのときのあなたはまだ14歳の、初恋も知らないような少女だったのに」
(なぜ初恋がまだだったとバレていたのかしら)
「でもやさしいあなたは私を一度も責めなかった。それどころか当然のように、自分の未来を差し出したわ。荒魔竜に家族を奪われた悲しみも見せず、自分の婚姻条件を王家に渡して、ジュファティー領を守る交渉道具にした……」
少女だったエルーシャの手札は少なく、婚姻条件の喪失を恐れないほど純粋でもなかった。
しかし彼女は、大好きな両親と過ごした領地を手放さないと決める。
なし遂げるための切り札は、ためらいなく使った。
「ありがとうエル。あなたの気持ちは嬉しいし、よくわかっているつもりよ。だけどそのために、あなたはロイエと婚約したままでしょう? ジュファティー領を守るために、彼と結婚するなんて考えなくてもいいの」
「もちろんロイエと結婚しないわ」
「そんな風に遠慮することなんてないのよ。あなたの大切な未来がかかっているのだから。もう一度国王陛下に相談して、ロイエとの婚約を解消……って、え? ロイエと結婚しない!?」
「ええ、私が公爵位を得たのは念のため。保険のようなものだから」
(手札は多いほうがいいし)
「私はロイエと結婚するなんて、ぜんぜんまったくこれっぽっちも考えてないわ!」




