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学校と神術

 


 校舎に入るとすぐに道が左右二手に別れており、貴族の教室は左で、従者の教室は右にあるため、俺はここで伊吹と真琴と一旦別れる。


 「じゃあ、しっかり授業受けるんだぞ」


 「ああ」


 「うん」


 伊吹と真琴は、こくりと頷くとそれぞれの教室へと歩いて行った。


 ――さて、俺も頑張りますか


 二人を見送った後、俺は一人気合いを入れると自分の教室へと向かった。


 教室に入り、自分の席に着き授業が始まるのを待つ。

 しかし、授業開始の時刻になっても教師は現れず、暫く待っていると突然、扉がガラガラと音を立てて開かれ、一人の男が教室に入ってきた。


 男は、顎髭をまばらに生やし、無造作に跳ねる後ろ髪を掻きながら、くぁ〜と欠伸をする。

 身に纏う衣服は適度に洗われていないのか、よれよれになっており、男がだらしのない人物であることが窺える。


 「橘先生、遅刻です」


 男改め橘先生は、その見た目とは裏腹に大和国の御三家に次ぐ有力貴族家である橘家の出で、本人の力も橘家の名に恥じぬものである。

 その実力は、大和国で十指に入るだろうと言われている。


 そんな橘先生を注意したのは、いつも眼鏡をかけ、おさげの三つ編みが特徴的な優等生の最上佳奈である。

 しかし、橘先生はそれを全く意に介さず、感情の篭らない謝罪をすると要件だけを伝えてきた。


 「ごめんごめん、ちょっと寝坊しちゃった。あ、今日は神術の授業をやるから、みんな、神術に必要なもの用意したら直ぐに修練場に来てね〜」


 それだけ告げると、橘先生は颯爽と教室から出て行った。

 橘先生が教室を去ると、教室内がにわかに騒がしくなる。

 そんな騒いでいる生徒たちを尻目に、俺は一人、神術の授業に必要な札などの準備を整え、修練場へと向かおうとしたところで、後ろから肩を叩かれる。


 「おいおい、俺を置いて行くなよ」


 振り向いた先には、同年代の男たちに比べて、頭一つ分は大きな背丈をした、短髪がよく似合う少年が、こちらを満面の笑みで見ていた。

 その無垢な表情は、どこか犬っぽさを感じさせる。


 「竜彦か。別にお前を待たなきゃならない謂れはないだろ?」


 「そんな冷たいこと言うなよ〜」


 竜彦は泣き真似をしながら、後ろから俺にのしかかってくる。


 「ちょ、おっも?! お、俺が悪かったから早くどけ!」

 

 「ふふーん、分かってくれればそれんでいいんだよ」


 そう言うと竜彦は、俺の上から降りる。

 竜彦の曇りのない笑顔に殺意が湧きかけるが、なんとかそれを抑えて、乱れた衣服を整える。


 「ったく、お前重すぎんだよ」


 「三食たっぷり飯食ってっからな」


 自慢するように力瘤を作る竜彦の姿に、怒るのを諦め、かすれた笑いが(こぼ)れる。


 「分かったからさっさと授業の準備をしろ。じゃないと置いてくぞ」


 「ちょっと待っとけ。すぐに準備すっから!」


 そう言うと竜彦は、目にも止まらぬ速さで自分の席へと向かったかと思うと、一瞬のうちに準備を整え、猛スピードで俺の元に戻ってきた。


 「速すぎだろ」


 「だろ?」


 「まあ、いいや。じゃあ、行くぞ」


 「おう!」


 俺は、意気揚々の龍彦を引き連れ、修練場へと向かった。






 「あれ、まだ誰も来てねーのか」


 「そうみたいだな」


 修練場には誰の姿もなく、どうやら俺たちが一番乗りらしかった。

 特にやることもなく、暫く竜彦と雑談をしていると徐々に他の生徒たちも集まりだし、五分もするとクラスメイト全員が揃った。


 「みんな集まった? じゃあ、今から神術の授業を行うよ〜」


 どこに隠れていたのか、今の今迄この場にいなかった筈の橘先生が突如として現れ、授業の開始を告げた。


 「えっ、先生いつのまに現れたんだよ?!」


 「おい、静かにしろッ」


 突然現れた橘先生に吃驚して、大声を出す竜彦を小声で諌める。

 

 「はいそこの二人、授業中は静かにね」


 「「すみません」」


 しかし、注意の甲斐虚しく、二人揃って怒られてしまう。


 「お前のせいで俺まで怒られたじゃねーか」


 「仕方ないだろ? 急に出てきた先生が悪い!」


 俺たちが、小声で醜い言い争いをしていると、最上の睨みが飛んできた。


 「分かったからもう喋るな。最上から睨まれてるぞ」


 「うげ、本当だ」


 最上の存在に気付いた竜彦は、先程までの騒ぎっぷりとは打って変わって急に静かになった。


 体を動かすことは得意だが、あまり物事を深く考えない竜彦と、騒がしいことを好まず、常に学年トップの成績を取り続ける最上とでは相性が悪いのか、竜彦は最上の前では、いつも借りてきた猫のように大人しくなる。

 そのため、竜彦は最上に対して苦手意識を持っているのだ。


 そんなことをしているあいだにも、橘先生の講義は滞りなく進む。


 「じゃあこの前の続きだけど、妖魔を殺したら神力量や身体能力が向上することは、みんな知っているでしょ?」


 その問いは、神術者なら誰もが知っているもので、もはや一般常識と言っても過言ではないため、みな当たり前だと頷く。


 「だけど、これは知ってる? 実は――神術者を殺しても妖魔を殺したときと全く同じ効果が得られるんだよ」


 橘先生の言葉に生徒たちは、ざわつく。


 「はい、みんな落ち着いて」


 橘先生は周りが静まったのを確認し、再度話し始める。


 「つまりね。僕が何を言いたいかというと、もしかしたら妖魔が持つとされる妖力と神術者の神力は同じ性質のものなんじゃないか、ってことなんだ」


 その言葉にざわめきは、先ほどよりも一層大きくなった。


 「神力と妖力が一緒だなんて……そんなことはありえません!」


 最上のあまりの剣幕に、橘先生は最上を落ち着かせるように優しく告げる。


 「あくまで可能性の話だよ。もしかしたら同じものかもしれないし、もしかしたら全く別のものかもしれない。それはまだ、誰にも分からない。そうでしょ?」


 「……はい」


 最上は、橘先生の話にまだ納得しきってはいない様子だが、ひとまずは落ち着きを取り戻した。

 そんな中、空気を読まずに竜彦が質問する。


 「先生、じゃあ戦争が多かった昔の神術者は、今の神術者より強かったんすかー?」


 「お、いいところに目を付けたね倉橋君。その答えだけど、概ねその通りだね。だが、一部例外もいる」


 「例外?」


 その言葉にある人物が思い浮かび、ドキッとする。


 「うん、神術者の平均的な実力は昔の方が高かっただろうね。でも、時代を遡っても東香月ほどの神術者は、そうそういない。まさに別格の存在だね」

 

 なんとなく、そうだろうなと心の何処かでは理解していたが、改めてそう言われると香月が手の届かない存在だということを実感させられるようで、気が滅入る。


 「はい、はい! じゃあ、俺もそんぐらい強くなるにはどうすればいいっすか?」

 

 俺の気持ちなど露ほども知らずに無邪気に質問を重ねる竜彦。


 「そうだな〜、東香月と同じくらい強くなれるかはわからないけど、強くなりたいなら一番はやっぱり、命懸けの戦闘経験だね。とは言っても、まずはしっかり神術の技術を身につけなきゃなんの意味もないけどね。ってことで、もう何回かやったと思うけど、改めておさらいするよ。神術を行使する上で、お札を使うのは何故でしょう。誰か分かる人いる?」


 俺はすぐに答えが分かったため、手を挙げようとした。

 しかし、俺が手を挙げるよりも早く、最上が挙手していた。


 「じゃあ最上さん」


 「はい、神術を行使する上で札を使用するのは、あらかじめ墨に神力を乗せて書いたお札が、神術の媒介として優れているからです」


 「正解。完璧な答えだね。でも実はね、神術を使う上でお札は必ずしも必要という訳ではないんだ」


 「え、そうなんですか?」


 竜彦が驚きの声を上げる。


 「うん、僕クラスの実力者になるとお札を使わなくても、お札を使ったときとなんら遜色のない神術を扱えるんだ」


 橘先生は続けて、でもねと付け足し話し始める。


 「とは言ってもそんなことできるのは、この世界でもほんの一握りだけだからあまり気にしなくてもいいんだけどね」


  そうちゃめっけたぷりの顔で笑いながら言う。


 「はい、じゃあそれができるようになるには、どれくらいの時間がかかるんすか?」


 「そうだな〜、少なくとも才能のある神術者が数十年は修練を重ねないと無理かな」


 「え、でも先生はまだ30歳ぐらいっすよね?」


 「僕はほら、天才だから。他の人とは一緒にしちゃダメだよ」


 見下すでもなく、あたかもそれが当たり前のように振る舞う橘先生は、本当に天才なのだろう。

 しかし、こんな天才にすらも別格と言わせる香月は、一体俺のどれだけ先にいるのだろうか、と考えてしまう。


 「なあなあ透、俺たちも早く橘先生ぐらい強くなりてぇな!」


 「ああ、そうだ、な」


 力の差や才能の差を感じ、自分には無理だと諦めるのではなく、いつか自分もその高みいけるに違いないと純粋にそう信じている竜彦を見ていると、いちいち才能の差に打ちのめされている自分が馬鹿みたいに感じて笑えてくる。


 ――香月がどれだけ先にいようが関係ない。絶対に香月に追いついてやる!


 俺は、そう自分を奮い立たせた。


 「まあ、雑談はこのくらいにして、そろそろ神術の訓練をしよっか。内容はそうだな〜」


 橘先生は、ひとしきり悩むと、何やら思い付いたのか「あっ」と言うと、修練場に等間隔で並んでいる的を指差した。


 「じゃあ攻撃型の神術を持つ人は、あの的を使って神術の練習をしよっか。あの的は、神術でかなり頑丈に作られてて、そう簡単には壊れないから、思いっきり神術を使っても大丈夫だよ。支援型の人は、個別に見るから僕についてきて〜」


 そう言うと橘先生は、支援型の神術者を引き連れ修練場の端の方へと移動していった。


 「よし、透! どっちがあの的を早く壊せるか勝負だ!」


 竜彦のアホな発現にため息が漏れる。


 「アホなこと言うな。俺の神術で先生が頑丈って言うような的、壊せるわけがないだろ」


 「そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ?」


 「いや、そもそも俺の神術はもちろんのこと、お前の神術も武器がなきゃ的の破壊なんてできないだろ」


 そう、竜彦の神術は、身体能力を増強する、というもので単純にして強力無比な神術だが、いかんせん徒手空拳では神術で強化されている的を壊すのは、困難を極めるのである。


 「そうだな〜、せめて、槍かなにかあればな。とは言っても、いつでも武器を持っているとは限らねぇんだ。今日のとこは、殴る蹴るで頑張って見せるさ。透は、的の破壊を目的に訓練しないなら、何を目的に訓練するんだ?」


 「俺は、とりあえずは速さと正確性を高めるよ」


 「そっか。じゃあお互い訓練頑張るか」


 「ああ」


 俺と竜彦は、それぞれ別の的へと向かった。

 竜彦と別れた後は、ひたすら神術を的に向けて放つ、を繰り返す。


 どれくらい同じ動作を繰り返していただろうか。

 ふと、ゴーンという鐘の音が耳に飛び込んできた。

 熱中していたため気づかなかったが、いつの間にか授業終了の時間になっていたようだ。

 

 「みんな集合! 授業の時間終わったみたいだから、今日はここで解散ね。じゃ、お疲れ様〜」


 いつのまにやらそばに来ていた橘先生は、解散を告げるとすぐに修練場からその姿を消した。


 「あの人いっつも気づいたらいなくなるよな〜」


 「ああ、普段いったいなにをしてるのやら。ちょっと橘先生の生態に興味が湧くよ」


 「だよな〜」


 俺たちは、そんなくだらないことを話しながら教室へと戻った。


 教室に戻った後は、特にこれといった出来事はなく、普段と変わりない時間が過ぎていき、そうこうしているうちに学校の授業を終えた。





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