内心では嫌ってても全然不思議じゃないって言うか?
俺はまた婚約者を喜ばせることに腐心した。
可愛い年上の婚約者の手に触れ、優しい眼差しを返され、俺は幸せだった。
ただ、婚約者を溺愛するようになってから、少しの不満ができた。
婚約者は恥ずかしがり屋なのか、なかなか俺に触れさせてくれない。
もう何年も婚約しているのだから、多少の触れ合いは許してくれてもいいと思うのだが・・・エスコートのときに腕を組んで密着するくらいで、それ以外には触れることを許してくれない。
いつもにこにこしている婚約者が、俺が触れたいと言うと顔を曇らせる。そして、困ったような顔で、
「適切な距離を取ってくださいませ」
そう、俺を諭す。
同級生の彼女は、キスくらい許してくれたのに。
そう思いながら、側近に相談すると……
「なに言ってんですか? 未だ、侯爵令嬢のことを城に留めてキープ扱いしておいて? 婚約者が触れさせてくれないのが不満? むしろ、今までの所業から言って、殿下は公爵令嬢に手酷く振られてとっくに見放されて捨てられててもおかしくないと思いますが?」
呆れたような……というか、むしろ蔑むような視線と共に辛辣な答えが返った。
「そ、それはっ……」
あの同級生を王城で教育している以上、そう簡単には俺の側妃候補から外すことはできない。
婚約者を疎ましく思い、同級生の彼女と結婚したいと言ったとき。父と母には、強く念を押された。『侯爵令嬢を城へ入れると、彼女との縁は切れなくなるぞ。後悔しないな?』と。
そのときには、婚約者と別れたかったから。俺は「絶対に後悔しません」と答えた。けれど、それから一年も経たないうちに後悔する羽目になるとは・・・
「公爵令嬢はできたお人ですからね。殿下がどんなにクズでも、我慢して付き合ってくれてるだけなんじゃないですか? ほら? お二人の婚約は貴族派筆頭の公爵家を取り込むための政略ですし? 子供の頃から冷遇しかして来なかった殿下のことが幾ら嫌いでも? 婚約の解消には至りませんでしたからねー。とりあえずにこにこしてるだけで、内心では嫌ってても全然不思議じゃないって言うか?」
と、側近は遠慮も斟酌も無く俺の心を抉ることを言い募る。
「だ、だが、彼女は俺のことを嫌ってはいない……はずだ!」
「まあ、そうだといいですねー。つか、俺は何度も諫めたはずなんですけどねー」
確かに。側近や、身近な人には散々婚約者のことを大事にしろとキツく言われていた。それが余計に俺を意固地にさせていた原因だと思う。
まあ・・・婚約者への態度は全て俺が悪いことは事実ではあるが。
と、心を抉られ、今更ながらに婚約者に嫌われていないかと戦々恐々の思いで、けれど表面上はなんでもないように、婚約者を溺愛して――――
とうとう、学園を卒業。そして、婚約者と結婚式の日がやって来た。
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贅を凝らしたウェディングドレスを着た婚約者は、控え目に言って女神のように美しかった。
被ったヴェールを捲り、恥ずかしそうな顔で、けれどとても優しく俺を見詰める婚約者に魂を抜かれたような気分で意識を飛ばしそうになって・・・
ぐっと堪えた。
誓いのキスのときに、口付けをしようとしたらそっとズラされて頬へと口付けてしまったときには側近の言った、『内心では嫌われてんじゃないですか?』という言葉が脳裏を過ぎったが、俺を見る彼女の眼差しにはずっと優しさが宿っている。
だから、きっと気のせいだ。俺は嫌われてはいないはず。
そう、彼女は恥ずかしがり屋なんだ。だから、こんな衆人環視の場所では俺に触れられるのを恥ずかしがっているだけだ!
きっと、夜には・・・
そう思いながら、結婚式を終えた。
彼女が待ち遠しいと思いながら、パレードや式典を終え――――
夜になり、夫婦の寝室で彼女を待った。
なかなか来ないと思いながら、過去の俺の所業を思い出して不安になったりして――――
それでも、彼女を待った。結局、朝まで彼女は来なかったが。
そして、彼女のいる部屋へ行き――――
「お嬢様、宜しかったのですか? 一応仮にも昨夜は初夜でしたのに」
「ええ、構わないわ。というか、王太子殿下と寝所を共にするだなんて悍ましい。そういう話題は二度と振らないでくれるかしら?」
という発言を聞かされることになった。
そして俺は、
「俺に、やり直す機会をくれないか?」
彼女に跪いて乞うた。
「あらあら、困りましたわ。わたくし、殿下のことを嫌ってはいませんのよ?」
にっこりと、彼女は優しく微笑む。いつもの、包み込むような笑顔で。
「わたくしも、殿下のことを愛していますわ」
「っ!? そ、それならっ……」
「なので、殿下と夫婦になるのは無理です。つきましては・・・お飾りの正妃を立派に務め上げますのでご安心くださいませ」
「なぜだっ!?」
そう詰め寄った俺に、
「それは、わたくしの問題でもあるのですが・・・」
彼女は笑顔で続けた。
「公務はちゃんと致します。けれど、殿下と寝所を共にすることはありません」
「だから、なぜだっ!? それに、後継ぎはどうするつもりだんだっ!?」
「そのことにつきましては、陛下と王妃殿下、公爵である父にもちゃんと了承して頂いております。それに、殿下には侯爵令嬢がいらっしゃいますもの。なので、わたくしが無理にお世継ぎを生む必要はありませんわ」
「そ、それは・・・」
父と母が強く念押しした、『後悔しないな?』という言葉が耳にこだまする。
「侯爵家も、筆頭ではありませんが有力な貴族派の家として有名ですもの。政略的にも、なんら問題はありませんわ。それに・・・」
「それに、なんだ?」
「あ、いえ。これは・・・その、なんでもありませんわ。わたくしの個人的な問題ですので」
「君の問題だという、それをちゃんと教えてくれ。怒ったりしないし、不敬にも問わないと誓うから・・・」
過去のやらかしの所業を突き付けられ、項垂れながら言うと、彼女が語り出した。
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