4月27日夕方:質問
今日の高校も風当たりを強く感じた。だがなんの問題も無い! 今日も小出先生が愛らしいから! 授業の他にはすれ違っただけだったけど、その時少しにこやかだった気もしたし!
◇
今日も早く帰る。世間にも俺のことが知れ渡っているみたいだし、余計なことはしない方が身のためだ。……昨日の様子はいくらか人目に触れたから追い打ちをかけたかもしれない。こっちから声をかけたんじゃないのに、って言っても無駄だろうな~。
「お兄さん」
……またなの?
あ、でも男性か。
「ちょっと申し訳ないんたけどさ、交番まで来てくれないかな」
振り向くと、声の主は警察官だった。
遂に、か……。
たとえ無駄だと分かっていても、俺は言い放った。
「こっちから声をかけたんじゃないんです」
「あ、分かってるね。話は交番で聞くから」
確かに無駄だった。
駅前の交番に連れられて中に入ると、ある人物と再開を果たした。
昨日の中学生だ。向こうは目を丸くして驚いていた。
俺は取り敢えずその隣に座った。彼女は丸い目のまま俯いて、静かに焦っている様子だった。
「いやね。この子がまたいるから話を聞いたんだけどさ、君のことを知ってね」
「はあ」
「聞くところによるとここのところのストーカーらしいじゃない」
あー、思った通りの内容でした。
「誤解です」
「おじさんもそう思いたいけどね」
「小さい女性は好きですけど」
「え? 肯定した?」
「且つ成人して落ち着きのある人が良いです」
「なんでそんなにおじさんに暴露するん? 結婚相談所とかじゃないからここ」
その後今週の俺の動向を聞き出され色々書かされた。また定期の利用履歴も調べられた。
「まあ、最初の渋山は分からんが、前向と高寄はぎりぎり不可能だな。もう今後紛らわしいことしないでね」
調べた結果の発言は隣の女の子を驚かせた。俺がここに来てから一言も発してないから、今日は驚くか焦っているかしか見ていない。
「紛らわしい趣味であることは自覚していますけど行動を起こした覚えは無いです……」
言った側から何か思い当たる節が……いや、嘘ついてないし。二人とも成人してるから。
「まあ、信じている人もいるので喜んでもらえそうです。それでは帰りますんで」
「じゃあこれ。何かあったらここに連絡して」
定型のごとく電話番号を渡された。使う機会あるだろうか。
「それから」
「何でしょう?」
俺がもう一度その警察官を見ると、掴まれて壁の方を向かされた。そんな力強くするほどなの?
「彼女のことなんだけどね」
「はい?」
「成人女性なんだよね。君が好きな。じゃ、今話終わらせるから」
……なんか、すげぇ色々思ったけど、大体は当人と話すとして。
その言動マジおじさんだわ。
◇
助言通り一応待つことにした。確かに昨日自分で話し合いたいって言ったわけだし。下心? 当然あります。
「失礼しました……」
力無い挨拶が聞こえた後、改めて見ても中学生の待ち人が出て来た。
そして、目が合ったのだが……。
めちゃくちゃ目が泳いでいた。
もう何も言われなくても伝えたいことが分かる。居たたまれない……だが何を言えば良いのか……。
「あ……その……」
ようやく声を出してくれた。それから俺を直視した。
「何から謝れば良いか分からないけど、本当に色々とごめんなさい……」
「いえ……その、これまで何があったのか、良ければ教えてもらえませんか」
「はい。まず名前から……」
話はベンチにまた隣り合わせで座って聞いた。彼女、児玉茜さんは普段は高寄にある大学に通っているそうだ。少し前までこの格好で男性に声を掛けては遊んでいたらしい。しかしさっきの警官に色々と諭されて、つい最近はそういったことを止めていたそうだが……。
「君のことを妹から聞いて」
「それでもう一度、ですか? 危ないとは考えず?」
「お互い得をするからそこまで危ないことは無かったし、君のこと知ってからどうしても抑えられなくて」
「でも昨日断りましたよね? 何故今日も」
「その……」
言葉を詰まらせ、顔も伏せられた。
「会いたくて。君に」
そんな言葉を、か細い声で絞り出された。
今度は俺がどう声を出せば良いか分からなくなった。それほど驚いた。
「それは……ありがとうございます」
思わず前を向いて座り直してしまった。
昨日の押しが強い感じとはまるで違う、狼狽えた様子に胸を締め付けられた。そう言えば、成人した小柄な人が好みと先に言ったのはこれが初めてだったな。このまま手とか握って良いかな。
「あれ、でもその制服姿である必要ないような」
「私も交番にいる間思った……。だって、これじゃないと気付いてもらえないって思ったんだもん! だから着替えは持ってきたんだよ!? 今から着替えるから!」
急に制服のボタンを外す児玉さん。
「え!? 児玉さん!? 外ですって!」
「あ……ごめん」
俺たちは周りから怪訝な目で見られた。昨日もこんなのあったな。ちなみにボタンを全部外してから胸を張ってみせてくれたけど、小出先生より無さそうだった。これはこれで良い。
結局上着は着たままにした児玉さんは、深呼吸して小さく仰いだ。
「昨日、虚しいって言われて。なんか、その通りだな~、本当はずっとそう思ってたかもな~って。それで今度会えたら話したいとか言ったじゃん。それがなんでかお世辞に思えなくて。違った?」
「いえ、本気でした」
俺は児玉さんがこちらを向くと同時に返した。
児玉さんは吹き出した。
「な~んか、明け透けというか真っ直ぐというか。憧れるわ、そういうの」
「あ……いや、結構肩身の狭い思いもしますけどね。ああ、でもこうでなければ児玉さんと会うことも無かった訳か」
「ちょっと黙っててよ! 人が真面目に話してるんだから!」
俺の腕をぶっ叩きながらの訴えだった。
「すみません……」
そこそこ痛えのよ。
「どうすれば良いかな、私」
…………。
別に痛すぎたとか聞こえない振りとかでもない。
ただ重大過ぎて、そして、今の彼女はただそこに集約されていると悟ってしまったからだった。
真っ白だ。何言おうかな。……もう良いか、思うがままで。児玉さんに憧れられるこの俺、らしく。
「手を握ることを許してもらうとか……」
「子日がそうしてほしいだけじゃん! ホント馬鹿にして……当然か、こんなこと訊く奴」
「また調子の良いこと言ってすみません……。でも、ついさっきはそう思えたんです。昨日はこっちからどうとかは思わなかったんですけど」
児玉さんは目を逸らす。
「……落ち着きなくても? 馬鹿でも? どうしようもないことばっかしても!?」
「はい。更に言えば、本当はやりたくないことをしないでいて、本当にやりたいことをしているのが良いですね」
「……そっか。うん!」
俺は不意に手を引き上げられた。
「ありがと!」
おお、握ってもらえた……!
「こちらこそ! とても小さくて堪らないです!」
「え? あ……どういたしまして!?」
俺の話関係無く思わず握ったんですね。
「頑張ってみる」
「なら、応援します。また見かけたら、声をかけてくれませんか」
「え?」
「今度は児玉さんとして、私服で」
「うん。分かったよお兄さん」
「やめてください」
◇
結局予定の二本後の電車に乗ることになった。ここまで遅れるとさすがに暗い。しかし混みようはあまり変わらず、どの車両が空いていそうか探して歩いた。
そして、偶然にも嬉しい人に見つけた。
「若杉さん!」
声を掛けると、右上の方へ顔を向けて笑顔を見せてくれた。
ただ、その表情はいつもより少し暗く感じた。働き終えた後だからだろうか。
列の途中にいた若杉さんは俺と一緒に、再び最後尾へと並んでくれた。
「今日は遅かったんですね」
「その、実は交番で調べられてまして」
「え!? 何かしたわけじゃないんですよね!?」
「大丈夫です。最後は一応問題無いと判断されたので。それがまたここのところのストーカーなんじゃないかって話でして。今朝声をかけてきた女の子の話をしましたけど、その人が勘違いしていたようで」
「……その人って、さっき子日さんと駅の外で話していた人ですか?」
「見られていましたか。はい、その通りです」
「そうなんですね……」
消え入りそうな声を出して、若杉さん俯いてしまった。一瞬見えた表情は申し訳なさそうで、何か躊躇っているような……。
「大丈夫ですか? なんでも聴きますから」
俺は屈んで顔の位置を下げた。覗き込まないまでも少しでもどんな様子か知って、少しでも若杉さんの負荷を減らしたかった。
「……ごめんなさい。私、子日さんのことが怖くなってしまって」
俺は驚いたが、何も言わずにいた。若杉さんなら話してもらえると分かっていた。
「ちゃんと説明してくださったことを信じたいですし、お話して子日さんのことを分かったつもりですけど、あの日のこと、都合が良いとも思う私もいて、中学生の方といるところも見て……」
「何を考えているのか分からない、ということですか」
また躊躇うように声を詰まらせたが、やがてゆっくりと頷いた。
先に思い出していたことがあった。
俺の好み、小出先生には風評を正すように伝えて、児玉さんにはお互いを知り合う前に露わにした。
でも、若杉さんには一切話していなかった。
「俺、背の低い成人された女性が好きなんです」
若杉さんは少しだけ顔を上げ、視線を向けてくれた。怯えさせてしまったが、続けて話は聴いてもらえる様子だった。
「だから、毎朝お話しできたらと思って誘いました。俺がしたことはそれだけです。出会えたのは偶然です。それから、あの見た目は中学生の人は……色々あったんですけど、実際はコスプレした大学生で、その人が話したいことがあってそれを聴いていたんです」
一頻り説明すると、若杉さんはまた下を向いた。
もう駄目かな……特に後半のせいで。嘘にしか聞こえないでしょ。
俺は屈めていた脚を伸ばした。
――悲しいが、最後に切り出すしかない。
「若杉さん…………ここで別れますね。明日もいつもの車両には乗りませんから」
若杉さんはゆっくりと、見上げてくれた。
本当に小さくて、可愛い人だ。
最後に会釈して俺は立ち去った。