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4月25日夕方:衝突

 放課後になり、俺は高寄駅周辺を見て歩いていた。ここは都心ほどじゃないにしても栄えている所だ。いくらか見る物もある。

 その道中、路地の交差点を右に曲がった。

 俺がしたことはそれだけだった。


 そこにいた眼鏡をかけて身長の低い女性が、一瞬で怯えた表情に変わった。

 次の瞬間には声も無く、倒れそうになりながら振り返り、逃げ出していた。

 その速度たるやなかなかのもので、よく分からないままかなりの距離を引き離された。


 ……何があったんです?

 ただ立ち尽くし見ていると、駆ける彼女の十メートル先、俺から二十メートルの所に人影が現れ、すぐに引き返すのが見えた。

 女性は急停止して、青ざめた表情でこちらを振り返り、同じ速度でこちらに戻ってきた。

 そして俺の手前で止まろうとしたのだが、

 その脚がもつれるのが見えた。


「キャッ!」


「うっ!」


 即座に受け止めようとしたがその速度エネルギーは容易いものでは無く、俺も後ろへ倒れた。

 結果として、抱き付く形になった。

 …………。

 顔が俺の胸の所にある! 小柄さが如実に感じられる! しかも胸が柔らかい! このまま抱きしめていたい!


「うう……」


 その人のうめき声で我に返った。駄目だよね、俺の都合だけで。


「大丈夫ですか」


 こちらに向けた顔は、さっきは青ざめた様子から今度は赤くなった。

 急いで起き上がって


「すみません!」

 慌てて頭を下げた。



 謝ったり心配したりした後で、女性は事情を話してくれた。

 要は駅に向かう途中で追われているように感じ、この路地で撒いたと思ったところで俺が出てきために逃げたとのことだ。しかし今見えた人影の方が明らかにそのストーカーだったそうだ。


 俺も事情を話した。高校一年で最近ここに来たために、ただこの辺を見て回っていたと理解してもらえた。最初は息を吐き出しながら声を出したが、なんとか普通に話せるようになってきた。


「すみませんでした。本当に、色々と……」


「いえ。こっちもあまり確認してませんでしたし、そちらは用心して然るべきだとも思いますから。最近そういうのが出るって聞きますし」


「はい。気を付けます。ありがとうございます」


「時間大丈夫ですか?」


「あ、すみません。何から何までありがとうございます。失礼します!」


 その女性はそそくさと駅へと向かった。

 小さくて可愛かったな……。

 俺も帰るか。



 高寄駅の案内を見ると、電車はいつもの時間の一つ後になりそうだ。

 プラットフォームに降りるとさっきの女性を見つけた。

 向こうもこちらに気付いたようだった。


「同じ方向だったんですね」


「本当! 偶然ですね!」


 …………。

「追って来た訳じゃないですよ?」


「疑ってないですよ!?」


「定期だってほら」


「大丈夫ですって!」

 と、言いつつちゃんと見てくれた。


「あ、えっと、若杉芽映です」


 なんで名乗ってくれて……あ、そうか。定期に名前が載ってるからか。

 名前以外にも色々話してもらえた。前向から通勤していて社会人二年目だそうだ。

 話を聴きながら改めて見ると、身長は小出先生より低い。140cmほどだろうか。小学生高学年でも通る。話している間もちょこちょこと動くことも相まって何か小動物のようだ。


 そこでふと気付いた。

「もしかして、昨日の朝スーツ着て電車に乗ってました?」


「はい、そうですけど?」


「やっぱりそうでしたか。すごくお似合いだと思っていまして! あ、今の私服も良いですけど」


 あ! またこういうことをすらすらと! 本心であることは確かだけど!

 若杉さんは照れているような感じで、少し赤くなっていた。


「ありがとう……ございます」


 感謝して、笑顔を見せてくれた。心から喜んでいるのが分かった。


「そういう大人っぽいの、似合わないと思っていました」


「そんなことないですよ。若杉さん、ちゃんとした大人じゃないですか」


「うぅ……も、もう分かりましたから。止めてください」


 下を向かれてしまったが、上がった口角は覗くことができた。



 その後、若杉さんと話ができた。

 若杉さんが下車する駅が次に迫り、俺は意を決して訊いた。


「朝は何両目に乗ることが多いですか?」


「え? そうですね……最後尾でしょうか」


「もし良かったらですけど、明日朝、またお話しできないかと思いまして」


「え……」


 あ、引かれた……。


「良いんですか?」


 引かれてなかった!


「はい!」


「こちらこそお願いしたいくらいです!」


 俺の返事に若杉さんは笑顔を見せた。

 席を立って、もう一度俺の方を向く。


「また明日」


「はい。また、明日」


 発車して、窓の向こうから若杉さんが会釈するのが見えて、俺もまた会釈した。

 …………。

 毎朝!?

 いいのか!? 俺が、あんな小さくて可愛い方と話すことができて!

 感謝するとすればあの偶然しかないな。

 俺はそこから電車を降りるまで、いやそれからもしばらくぼーっとしていた。

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