4月24日夕方:提案
件の放課後がやって来た。
比較的狭い第二会議室にまだ小出先生はおらず、鍵がかけられていた。顧問としてバドミントン部の方に行っているのだろう。
……狭いな、第二会議室……。
早足でこちらに来てくれた小出先生が見えた。
「お待たせ」
「今来たところです」
待ち合わせかな? 咄嗟にこう答えるの自分でもどうかと思う。
互いに机を挟んで対面する椅子に座った。
「早速質問させてもらうが――」
「……なんでしょう?」
早速と言ったものの、口が引き結ばれて質問してくる気配が無い。
引き換えに先生の顔が紅潮していった。
何で!? でもすげぇ可愛い! この恥ずかしそうな表情ずっと見ていたい!
「その!」
「うわぁ!」
「小さい女性が好きって本当なのか!?」
「え!? あ、はい!」
あーびっくりした。びっくりして何の衒いも無しに答えちゃった。
あれ……これって告白されるの? いやいやさすがにこの考えはお花畑すぎるだろ。
先生はこの答えを聴いて、赤面させつつどこか難しそうな雰囲気も漂わせていた。
……もしかして本当に?
「わ、私じゃ、駄目か」
………………。
何が? 本当なの? いや勘違いだよな。なんて答えれば良いんだ? 駄目なわけ無い。こんなに思い詰めた問いは嬉しい。けどやっぱりまず何の質問なの? 下手に答えて取り戻せるのか? なら問い返すか? それとも少し待つか? いやでもこれに答えたい! おおぉ……もう!
「最高です!」
……何答えてんだ俺ー!?
対してこの答えで小出先生は驚いた表情を見せた後、何か覚悟を決めたように深呼吸し、目つきが穏やかになった。
綺麗だな……小出先生。
「私のこと好きに……触ったりして良いから」
「え……なんで……どうしてですか?」
「教師として、考えた結果なんだ」
よく分からない……。ただ、こんな風に俺のために覚悟決めてくれて……。ありがたく受け取るべきじゃないか?
俺が静かに近付くと小出先生は上着を脱ぎ、椅子を動かして僕の方を向いてくれた。
まくり上げてもらった服から甘い匂いが立つ。上半身を眺めると色白な腰回りは細いといっても細すぎない程度で、薄く筋肉が見えるお腹に思わず触れてしまった。
「んっ……」
普通でも可愛い声が吐息混じりに発せられる。痛いほど胸が掴まれて頭はぼーっとして呼吸も深くなる。
胸は小さいかもしれないが、ブラジャー越しに分かるほどの形の良さに手が引き寄せられて……。
「う……あ、あ」
そんな声が聞こえたと思えば、俺の顔が何かを押し付けられて、
「嫌!」
後ろに飛んだ。
「え?」
どうやら先生自ら両手で突き飛ばしたようだ。
それを見て一瞬で頭が冷える。が、今の攻撃が結構効いたようで体が動かない。
「あ……ごめん! ごめんなさい!」
「こちらこそすみませんでした……」
小出先生は俺の下に駆け寄って来てくれて、溜息を吐いた。
「本当にごめんなさい。私で満足した後に警察に行ってもらえるかと思って……」
「……警察?」
「ストーカーのこと」
先生も真に受けてたのね。
「いや、だから俺じゃないですって」
「え? でも今そういうのが好きって」
「まあ、確かにそうですけど。でもそういう付け狙う趣味は全く無くて、それに本当に好きなのは小さい成人女性ですからね」
「それは……」
素早く俺から少し距離を取って小出先生は土下座した。
「申し訳ありませんでした!」
お。やっと動ける。
俺はしゃがみながら近寄る。
「止めてくださいって!」
「勝手に生徒を犯罪者扱いして傲慢にも私がどうにかできると思い上がったあげく恐くなって突き飛ばしてしまって! 教員失格だ……」
すごい思い詰めようだ。
「確かに、失格かもしれません。でも、それは先生としてではないです」
「え?」
「考えてくれたんですよね、俺のこと。それで、今ならまだ軽く済むって。しかも自分にならなんとかできる、いや自分にしかできないって。優しいと思います」
「子日くん……」
「でも女性としては駄目だと思います! 乗ってしまっておいてこう言うのも違うと思いますけど、自分のこと、もっと大切にしてください! 恐くなっても無事じゃ済まなかったかもしれないんですよ! というか話し合いでどうにかしようとは思わなかったんですか」
「ああ……本当だ……焦り過ぎた」
「立ち上がってください。あと服整えてください」
俺は立ち上がって手を差し伸べた。
「良いのか?」
「はい?」
「子日くんは、続きしなくて。大人って言うには頼りないけど」
潤んだ目が俺を見上げた。
「今とかすごく抱き付きたいです」
頷く小出先生。
「でもあまり良い気はしなかったんで」
「そうか……」
「今胸見ないでください。充分ですから……。そうじゃなくて、嫌々だったのが分かってしまったってことです。なので続きはお互い好きになってからにしましょうね! まあ俺は既に好きですけどね!」
小出先生は俯いてゆっくりと立ち上がると、俺に抱き付いた。
「え!?」
「これぐらいで良いなら」
それを聴いて、俺も抱きしめた。
「充分です。ありがとうございます」
「ありがとう。子日くん」
◇
小出先生が鍵をかけ、俺たちは会議室前で別れた。
「子日くん!」
ちょっと歩いたところで呼び止められた。
「どうしました?」
「その……今のことってパワハラとセクハラになるか!?」
「はい!?」
「いや、事実を並べると詳細を伝えずに部屋に呼び出して、誘惑して、暴力を振るって」
手を額に当てて悪い思考に陥っていた。さっきの思い詰め方といい小出先生って実はいつもこういう感じなのかもしれない。
「大丈夫ですって! のこのことここに来て、嬉々として誘いに乗って、暴力振るわれるようなことをしたのは自分ですから! それにお互い嫌な思いをしてない……ですよね?」
「私は大丈夫だけど」
「俺もです。なので大丈夫ですよ。まあ、むしろ良い思いをしましたし」
「良い思い? なんて……」
言いかけて、また顔が赤くなった。
「うう……。もう。また明日」
「はい」
俺やたらとにやけていたと思う。