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「で、何を守りたいんすか?」
訓練場に行くまでの間に彼は興味があるのかないのか僕に問いかけた。
「うーん、口に出すのはちょっと恥ずかしいな。」
するとヘレンは目を見開いてその後呆れたように瞬きを二度して唇を尖らせた。
「いいっすか、口に出すのはエドワード様が思ってる以上に大事なことなんすよ。俺はいつも敵に向かって小声で…っとこれはどーでもいっすね。口に出すことで形にするんすよ、絶対に消えないように。」
いつになく真剣な瞳で彼は僕に告げた。陽射しが強くてヘレンの顔が光で遮られてどんな顔をしているのか見ることは出来なかったがそこには強い思いが込められていた気がした。
「…僕が守りたいのは、僕の大事な人だよ。間違えたら怒ってくれて、何かができるようになったら褒めてくれる、そんな人達だ。」
そっすか、とヘレンは空を見上げて眩しそうに手をかざして笑って荒っぽい手を力強く握った。どこからか花の香りが漂ってその風が僕とヘレンの背中を押した。
「その中にはヘレンも含まれてるからね。」
「俺は守る側っすよ。主に守られてるような貧弱な男じゃないんで。…あとなんか危なっかしいから無礼を承知で言わせてもらいますけど、俺たちに何かあっても絶対に振り向かないでください。俺たちの上に、エドワード様はいるんすから。」
彼なりに遠回しに行ったのだろうか。その通りだった。ヘレンは、僕が沢山の屍の上に立っていくものだと、死体の数なんて数えるなと、そう言いたいのだろう。僕だってそのつもりだ。
ただ、それは、僕に関係の無い人間の話だ。けれど彼にそんなことを言えばまた怒られてしまうだろう。再び歩き出した彼の背に向けて言葉を投げかける。
「そのつもりだよ。でもそうならない為に僕は強くなりたいんだ。君なら分かるだろう、ヘレン。」
自らの弱さに嘆いたのは君も同じはずだ、ならば誰よりも僕のことを分かってくるだろう。眉間に皺を寄せてわざとらしく口に手を当てた。
「やっぱ言うことが違ぇや。…でもエドワード様はずっと変わらないんすね。」
なんの事だろうかと首を傾げれば珍しくヘレンは困ったように笑って僕の少し後ろへついた。訓練場が近づいたのか熱の籠った声がここまで届いてきた。
「俺が拾われてきたばっかの頃、エドワード様が言ったこと。覚えてないっすか?」
なんだったか、記憶の糸を少しづつ解いて辿っていく。確かあれは暑い夏の日だった。
僕たちの家族以外は彼を受け入れなかった。それも無理はない、公爵家に殺し屋がいるのだから。
どこから漏れたのかは分からないが噂が広がるのは早いもので彼は騎士団の中でも孤立していた。その日僕はたまたま庭で何をするわけでもなく歩いていた。母が好きな花でも摘もうかとも考えたがあまりの暑さに部屋に戻ろうと思った時、木の上から音がした。
猫でもいるのかと思い上を見上げれば風に揺らされた黒い髪がゆらゆらと揺れてそれが人だと認識した。
「そこで、なにしてるの?」
声をかけても返事は返ってこない。少し木の下でどうしようかと悩んでその場を去ろうとした時、遠くから声が聞こえた。
「エドワード様!この辺りで黒髪の少年を見ませんでしたか?訓練中に逃げ出してしまって。」
「…ううん、みてない。」
そう返せば一人の騎士は頭を下げて走り去って行った。僕も戻ろう、そう思った時木が軽く揺れて上から人が身軽に降りてきた。黒髪に漆黒の瞳。僕より高い背。左目の傷。不思議と怖いとは思わなかった。
「…なんで俺がいるの言わなかったんだ?」
「えっ、その…言った方がよかった?」
すると怪訝そうに僕を見た後、顔を背けた。
「気持ち悪ぃだろ。黒い髪も、黒い瞳も。傷も。」
その言葉に幼いながら考えた。気持ち悪い、など全く思わなかったしむしろかっこいいと思った。彼は自分の腕を握りしめて肩を縮める。
「ぼくは、えっと、かっこいいとおもう。おとこらしくて、ぼくもきみみたいになれるかな。」
「いいよそういうの。思ってもねぇくせに。虐げれられてたって、お貴族様には関係ねぇもんな。」
くるりと振り向いた時、首元から覗いた痣が、酷く痛ましかった。
「ぼくが、ぼくがおおきくなったら、きみも、みんな、ぼくがまもるから。」
その姿を見て、守られる自分じゃなくて守れる自分になりたいと思った。そう告げると彼はこちらを見向きもせずその場から去っていった。そんな彼との出会いを彼が覚えているとは思わず思案顔をしていれば彼は懐かしそうに目を細めた。
「だから子供は嫌いなんすよ。」
その言葉に嘘は無い気がしたが、そこには温かさが含まれているような気がして、言われて悪い気もしなかった。
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