5
翌日、朝一でヴァンを呼び早急に指示を下す。驚いた顔をしたがなるほど、と納得した後ヴァンは僕の部屋を出た。
その間、僕にはやることがあった。まず書庫へと足を運んだ。以前までの僕はそれなりに勉強していたとはいえまだ足りない知識が沢山あった。
優先事項として、僕たち、四大公爵家の歴史を学ばなければいけない。もちろんそれなりの知識はある。しかしふたつの家門が僕たちと敵対している以上、いつ火蓋が落とされるか分からない。念には念を。
本が隙間なく並べられている中から適当に数冊手に取り机に並べた。いつからあるのか分からないがそれを感じさせないぐらい綺麗な状態だった。
ペラリと薄い紙を捲っていく。そうして一ページ、また一ページと読み込んでいくが、目新しいものはこれといってなかった。
「誓約、ね」
昔から続くものの始まりは、王家との誓約だった。王に忠誠を誓う代わりに四大公爵家には絶対的な地位を約束される。
そんな、ありきたりな物語のようなことしか書かれていなかった。それもそうだ、変なことを書こうものなら反逆行為と見なされ処刑されてしまうこともあるのだから、書き手の人間も本音なんて書けやしない。
「まだ僕たちの生活を脅かす人間が誰かなんて、検討もつかないや。」
むしろ心当たりがありすぎる。僕たちが失墜すれば喜ぶ人間なんていくらでもいる。こんなこと言うものでは無いが、王家が絡んでくる可能性だってある。
それに干渉するには僕は余りにも幼すぎる。自分の小さな掌を見てため息を吐く。
「…だったら、」
どうせ今は繋がりも何もない。調べられることは限られているのならば、最悪の事態に備えて自分が強くなればいい。調べるのはその合間だって出来る。
前世で彼女が殺されたのは十八歳の頃だ。同じ年齢で命を落とす可能性のことを考えれば五分五分ではあるが、それでもやり始めるのに早すぎるということは無い。
あと七年もあればそれなりに鍛えられることは可能だろう。そうとなれば、本を棚にしまい僕は急ぎ足で外へと駆け出た。
「ヘレン!」
木陰に座り込む青年に声をかければ肩を揺らして勢いよく立ち上がった。
「さ、サボってないっすよ!たまたま休憩中で…」
黒い髪の毛を乱雑に一つに結ばれ、片目を前髪で隠した彼は必死に言い訳を滝のように溢れさせた。
「見ればわかるよ。サボってたってね。それより頼みがあるんだけれど。」
「エドワード様から!?か、解雇だけは勘弁してくださいよ…」
「お前がもっと騎士らしく振舞ってくれたはそんな考えは浮かばないんだけどね。僕の頼みを聞いてくれるのなら、今日のことは見逃してあげる。」
「うっ、公爵様みたくなりましたねエドワード様……で、なんすか頼みって」
ほかの騎士や使用人たちとは違ってヘレンはどこか軽くて喋り方もまるで品がない。それでも彼が解雇されない理由は彼がアヴェーチェ家の中で最強の騎士だからだ。もしかしたらこの国一番かもしれない。それは今までも同じだった。
「僕に守る力を教えて欲しい。」
すると目を丸くして頬をかいた。少しだけつり上がった瞳が細められる。
「俺が『殺す力』じゃなくて『守る力』を?…ご冗談を。知っているでしょう?俺がどんな戦い方をするか。」
「もちろん。知っている。だからヘレンに頼んでるんだよ。」
彼の言うことは理解できる。幼い頃、身寄りのない彼は薄暗い裏路地で這うように生に縋りついていた。そんな時に拾われたのは幸か不幸か、殺し屋の一族だった。おそらく彼にとっては不幸だったのだろう。生きていても、明日を約束されることは無い日々、その日しのぎの毎日。
言われるがまま、自分の命を守るために人の命を奪い続けた男。ある日彼は仕事を失敗した。絶対に失敗は許されない仕事だったため彼は一族に追われたが、彼の身体能力と武器を扱う才能は誰よりも秀でており、彼は一族を全員この世から消してしまった。
そんな時彼を拾ったのが僕の父だった。その日から彼はアヴェーチェ家に忠誠を誓い、今では最強の騎士だ。
「君は殺すためだと言うけれど、結果で君の命も、仲間の命も、この家の命も守っている。理由はどうあれ、君の剣は、色んな命を守れているんだよ。」
「綺麗事っすね。結果論で言やぁそうかもしんねーけど、そんな崇高な志で生きてるわけじゃありません。」
「まぁ正直君がどう思うかなんて大した問題じゃない。僕が言うんだ。聞いてくれる?」
風が僕たちの間をすり抜けて木々が揺れて彼の瞳に僕の姿を映す。駄目だと断られるのなら仕方ない。彼ほどの人間を探すのは難しいがそれでも多少強くはなれるだろう。
「……っすよ。」
「え?」
僕が諦めて踵を返そうとすると、僕の背に目掛けて言葉が飛んでくる。上手く聞き取れなくて振り向いてヘレンを見つめれば、俯いていた顔を勢いよくあげてもう一度同じ言葉を僕にぶつけた。
「俺、子供嫌いなんすよ。だからめっちゃ厳しくするんで。逃げるなら今っすよ!」
素直じゃない彼らしい言葉で少しの沈黙の後堪えきれずに笑いが漏れる。
「ふ、ふふ。それでこそアヴェーチェ家の最強騎士だね。うん、僕が逃げるより先に君が音を上げるかも。僕、剣なんか持ったことないから。」
「俺が教えるんすから、エドワード様は俺の次に最強になるんすよ。」
「二番目に最強って、最強じゃなくない?」
軽口を叩けば彼は確かにと言って笑った。友人がいたらこんな感じだっただろうか、と少し年の離れた彼を見上げて太陽に照らされた黒色の髪がキラキラと輝いた。