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「エディ!いつまで寝ているの!」
騒がしい声が頭に響いて重たい瞼をゆっくりと開けた。眩しい光に目を細めて声の方へ顔を向ければぼんやりとしていた視界が段々と輪郭を取り戻していく。
「…姉さん、もう少し静かに起こしてくれない?」
視界に映った金色の髪、エメラルドのような新緑の瞳にまた時間が戻ったのかと安堵する。しかし姉はその姿がだらしなく映ったのか眉間に皺を寄せた。
「静かに起こして貴方が起きてくれるならそうするけどそれで起きた試しなんて一度もないじゃない。」
「普通姉じゃなくて侍女が起しに来るんだよ。そんなんだから貰い手もいないんだ。」
「またそういう言い方して…お父様とお母様が朝食を待っててくださってるの。ほら、早く着替えて行きましょう。」
そう言いながらも怒るわけでもなく手を差し伸べる姉、エレナ姉さんの手が温かくてその懐かしさを握りしめて体をゆっくりと起した。
「あ、待って。」
引き出しから懐中時計を取り出してポケットに乱雑にしまい込む。エレナ姉さんは不思議そうに首を傾げた。
「エディ、そんな懐中時計持ってた?」
これに対しての返答はもう決まっていた。
「うん、今までは仕舞い込んでたんだけど小さい頃、亡くなったお祖父様に貰ったんだよ。」
ふぅん、と特に興味を示すでもなく支度を急かした。亡くなった人から貰ったと言えばそれ以上聞くことはないだろうと思っての言葉はやはり今回も正解だったようでエレナ姉さんはそれについて何も触れなかった。
着替えを終え、エレナ姉さんと共に長い廊下を歩き、雑談をしながら部屋に辿り着く。
「おはよう、エディ、エレナ。」
「ふふ、エディはたくさん寝たわね。また夜更かしでもしたの?」
父と母は笑顔で僕たちを迎え、席について家族とのいつも通りの朝食が始まる。
「そういえば、エディ。お前に婚約の話が来てるんだが」
その言葉にフォークが止まる。つまりまだ婚約していないということは彼女に出会う前。あのことを思い出して表情が強張った。幸いにも誰も気づいていないようでエレナ姉さんが興味津々に父に話を振った。
「お相手は?私とも仲良くなれそうかしら!」
「こらエレナ、はしたないぞ。歳はエディと同じだし悪くないと思うんだ。アーヴァン公爵の娘だそうだ。家柄もちょうどいいし、一度会ってみないか?」
その問いに何度も答えた。答えはもう決まっていた。僕の返事に満足したのか父は嬉しそうに笑って母も少し寂しそうな、それでいて嬉しそうに微笑む。エレナ姉さんはまだ聞き足りないのか父に窘められるまで止まらず僕は苦笑した。部屋に戻りソファにもたれ、ポケットにしまっていた界中時計を取り出した。銀色に光るそれはもう何回も前の僕が貰ったものだった。なんの変哲もない懐中時計に見えるそれに何度も助けられてきたことを思い出し、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような心地に息が苦しくなる。鮮明に蘇るいくつもの記憶は決して気持ちがいいものではない。
初めは母だった。一番初めの出来事、僕が本当に僕だと言えた頃の話だ。