序章
一人、また一人。いなくなったしまった人間はどれくらいだろうか。
それでも、構わなかった。知らない人間が、大切な人以外がいなくなってしまっても、僕は困らないし世界は何もなかったかのように当たり前に同じ時間を繰り返す。
騒めく民衆の中に僕はいた。処刑台にはまだ若い、赤い髪を夕日が照らして彼女は強い瞳で空を見上げた。彼女が何を思っているかは分からないがあまりにも綺麗で目を離せずにいると隣の人間達の話し声が耳に入る。
「若いのに可哀想だわ。それもアーヴァン家のご令嬢でしょう?」
「あら、ご存知ないの?」
ひそひそとあからさまな耳打ちに苛立ちが募る。それを聞いた一人に令嬢は口元に手を当てて眉を顰めた。
「そう言われてみればどこか裏がありそうな顔をしているわ。」
誰に聞かれても困らないだろうと令嬢たちは楽しそうに罵った。頭の悪い会話に舌打ちをしそうになるのを堪えてもう一度彼女を見る。
衛兵に雑に膝をつかされ頭を垂らす。その時に一度だけ、目が合った気がした。彼女が口を動かした気がしたがそれが何かわからないまま、刃が彼女の首に目掛けて真っ直ぐに落ちた。鋭い音が夕日に染まる街に響いて民衆が歓声を上げた時、僕はポケットにしまった懐中時計を握りしめた。
「ごめんね、君との約束守れなくて。今度こそ、君を、守らせて。」
その言葉が届いたのか、くらりと眩暈がして深い闇に落ちていった。