第六話【薄荷】
その後、男から詳しい話を聞いた。
家族のこと、学業について、その道に進むとして何をするのか。
「君の両親に、詳しい事は話せない。必要以上に不安を煽る事は出来ない。」
何らかの理由をつけ、引き剥がすことになる。
例えば、「碧蛇流我は死にました。」とか。あくまで一例、実際にこんな事を言う訳ではない。
下手に事を伝えれば、恐怖が伝播してしまうからだ。
「学校は退学してもらう。」
「それと、君の妹について気になることがある。出来れば、同様の措置を取ってもらいたい。」
学校は楽しかった。
部活動等をやっていた訳ではないが、学友と何も言わずに別れるのは、少し憚られる。
「ミントに、何か…?」
君の妹、碧蛇旻渡は普通で無い。
流我も分かっていた。言われずとも。
しかし認めたくなかった。
普通じゃないのは分かっていた。最初からそうだったからだ。
出会った時から普通じゃなかった。
己よりも世界を知っている目の前の男に、現実を突き付けられた。
「退院後は、私の元で鍛錬を積んでもらう。」
内容はその時に話す。そう言って、男は部屋を出る。
入れ違いになって、白衣の男が再びやって来る。
「おっと。来たの、分かってたんですか?」
呼びかけは無視して扉を閉める。
「先生。ここは何処の病院ですか?」
窓から見える景色に見覚えがない。
いや見覚えはある。誰しも一度くらいは見たことがあるだろう。
「外を見ても木と川しかなくて、何処にいるかくらいは知っておきたいんです。」
何か意味がある訳ではないが、食べている物を知りたいように、聞こえてくる曲を知りたいように、人間として自然な感情だ。
「ここは病院じゃないよ。ついでに言うと、僕も先生じゃない。」
持ってきた資料を整理しながら、答える。
「自己紹介がまだだったね。本名ではないが、【ヘビ】と呼んでくれ。」
親に良い思い出が無いそうだ。
「碧蛇流我です。好きに呼んで下さい。」
流我の両親はかなり良い人だった。
ミントを拾ってきた時も、冷静に対応してくれた。
「碧蛇君。蛇同士、仲良くしようじゃないか。」
ヘビは資料を整え終わり、流我に渡す。
怪我の内容と、状況が細かく書かれている。
「そこに書いてある通り、君はまあまあ眠っていた。それと、あと少しで死ぬぐらいには酷い怪我だったが、後遺症は残らないし、身体も完全に回復する。以前よりも良い肉体になってね。」
さっき言っていた成長のことだ。
何処かの戦士のように、「死の淵から蘇れば多大な力を得られる。」と言うことだろう。
「僕の本業は研究者なんだ。厳密には医者じゃないんだが、急患だったからね。人手不足なんだ。」
ヘビはもう一つの資料を渡して、成長の話を続ける。
そこには人体についての研究結果が書いてあった。
「人間の成長をグラフとし、誕生から成熟するまでを線として表す。」
「その線を【第一の線】と、仮に呼ぶ事にする。」
流我があの時経験した、唐突なパワーアップをグラフに記す。
すると、それは人生を模したグラフに点として、唐突に現れる。
これを【第一の点】とする。
第一の点から、ヒトの成長は元来と大きく異なり、異質な線を描き出す。
「その線が行き着く先も、点。その小さな点には、あり得ないほど大きな力が眠っている。」
「と、こういう事なんだが…分かるかい?」
正直よくは分かっていない。
鍛えれば滅茶苦茶強くなれる。という事は分かるが、それ以上は想像がつかない。
「その、【点】って言うのに到達すれば、俺もあの人みたいになれる。って事ですか?」
あの人と言うのは助けてくれた男のことだが、名前を聞いていなかった。
死んだと思ったら生きていた。
頭の処理が追いつかないのも無理はないだろう。
「あの人が僕の知っている人なら、難しいだろうが、可能ではあるね。」
「弟子入りする気になったのかい?」
今は想像がつかないが、可能と言うなら可能なのだろう。
心の何処かでは諦めていたことが、専門家に言われると、途端に信じられるようになる。
肩書きは重要なステータスだ。
「やっと覚悟が決まりました。」
本来ならば、流我の未来はあそこで途絶えていた。
が、途絶えなかった。
妹も、両親も、自分の命さえも、あそこで全てが断ち切られるはずだった。
だが切れなかった。
いや、再び繋がれたと言おう。
流我はこの日この時、見て見ぬふりをした隣の道を、歩み出すことが出来たのだ。