第五話【現実】
「おーい。」
遠くで手を振る少年がいる。
流我と同じくらいの歳だろう。
「リュー!行こうぜ。」
少年はそのまま走り出す。
「…ッ待て!」
流我は必死に追いかける。
しかし、上手く走れない。
足に力が入らず。もつれて転びそうになる。
(何で…!?)
少年はどんどん離れて行く。
(待て。動け。何で走れない??)
小さくなり、薄くなって行く。
(早く…!速く…!もっと速く!!)
流我は、届く筈もない手を必死に伸ばす。
それでバランスを崩し、転ぶ。
流我が転ぶと同時に、
目が覚める。
「おはよう。気分はどうだい?何処か、痛む所はあるかな?」
白衣を纏った男が声をかける。
病院…だろうか?
「えっと…。痛みはありません。気分も…まあ、いつも通りです。」
何があったのか。流我は思い出す。
死んだと思っていたことを、思い出す。
「それは良かった。検査結果も問題は無い。」
男はそう言うと立ち上がり、扉へ向かう。
「また後で来るよ。何かあったら…そこの人に言ってね。」
目を向けた先にはミントともう一人、見知らぬ男が座っていた。
「ミント…!良かった。元気そうだな。」
ミントは立ち上がり、ベットに来ると抱き付いてきた。
意外な行動だが、それだけ心配だったと言うことだろう。
本人が、「死ぬ。」と思っていたぐらいだ。
「少年。良く生き残ったな。」
40代後半から50代と言ったところか、その男の声には聞き覚えがあった。
「…!助けてくれた人ですか!?」
男は静かに頷く。
「有難うございます。ミントを助けて頂いて。それと俺も。」
頭を下げ、礼を言う。
だが気になる事もある。いや、気になる事しか無い。
「あの力はどの様に?」
黙ったまま、じっと流我を見つめている。
「っすみません!失礼でしたか?申し訳ありません。」
再び頭を下げる。
「いや、大丈夫だ。少しぼーっとしていたな。こちらこそ申し訳ない。」
男は深く謝罪し、話を続ける。
「まず先に、君が戦ったあの男は特殊な存在でな。普通の人間ではない。」
分かってはいたが、ハッキリと言われるとやはり信じ難い。
思い返せば、夢でも見ていた様だ。
「そして私も、普通の人間ではない。」
だから勝てたのだ。と言われても、あの場を経験していなければお遊びとしか思えない。
男は一呼吸置き、眼を真っ直ぐに見つめる。
「君も、普通の人間ではなくなった。」
それほど衝撃は無かった。
あれだけやられて生きていて、今この話を聞いていて、
何となく、本当に何となく、分かる事だった。
「俺は、何で生きてるんですか。」
唾を飲み込み、質問する。
「少し、複雑な話だが。」
「人には、成長の余地がある。」
そんなの当たり前だろと、考える間も無く答えは出る。
「君は成長し、強くなった。だから生きている。」
この全く分からない話は取り敢えず鵜呑みにするとして、知りたい事は他にもある。
「ミントは何で誘拐されたんですか?」
結局、ミントが居なくなった理由は分かっていなかった。
予想は出来る。あの化物達が攫ったのだろうとは。
「それは分からない。すまない。」
何故攫われたのかは分からない様だ。
犯人の心理など、誰にも理解出来ないと言う事だろうか。
「君の妹は、背の高い男が攫っていた。君が相対した男の仲間だろう。」
「その男から助け出し、君の元へ来た。」
遅れてすまなかったと、謝罪を続ける。
責任感が強い。助けて貰っただけで、流我にとっては最高だと言うのに。
「アイツらは、何なんですか。」
あの男達は一体何なのか。あの理解出来ない馬鹿力は何処から出てくるのか。
「あのバケモノは。」
イレギュラーはあるものだとしても、生物学上同じ場所に属するとは到底認められない。
怒りや恐怖など、湧かないほどに、奴等に対する知識が足りないのだ。
「あれは、人類の敵だ。」
語り出す。
化物と人の、関係を。
「長所はどの生物にもある。人類ならば知恵。知識を得、世界を支配するに至った。」
しかし、どの生物にも天敵は存在する。
人類とて、それは例外無く。
何時ごろか、何処からか現れたそれは、人類にとって、久々の恐怖であった。
それは人類に途方も無い憎悪を抱いており、人を殺し回った。
人類は考えた。
どうすれば勝てるのか。どうすれば奴等より強くなれるのか。
多くの時と命を犠牲に、人類は編み出した。
奴等と同等にまで鍛える方法を。
「それからは早かった。元々数が少なかった奴等は人類の急な反撃に遅れを取り、
歴史の影へと忘れ去られていった。」
奴等は人類の敵である。
そして、その敵に対抗する力が、男のそれなのだろう。
「私は鍛えて力を得た。君も同じだ。鍛えれば私の様な力を得られるだろう。」
男は話を終える。
少しではあるが、理解出来た事もある。
「つまり…それが成長の余地ってことですか?」
男は頷く。
化物と同等の力を持つ、普通の人間ではないと言うことか。
「まだ分からないことが多いだろうが、こちらの質問に答えてくれないだろうか。」
直ぐでなくとも良いからと、質問をする。
しかしその内容は、質問と言うよりは選択肢。
流我は選ぶことになる。この先の人生を。
「君と。君の妹、恐らくまた狙われるだろう。」
「君にその気があるのなら、どうか私たちと共に来てはくれないだろうか。
勿論強制はしない。決めるのは、君自身だ。」