第四話【開戦】
「…は?」
男が突然の出来事を必死で理解しようとする中、流我の攻撃は止まらなかった。
より速く。より強く。
より狡猾に。より貪欲に。
立ち上がろうと頭を上げた男の鼻先に一つ。
衝撃に仰反る男の喉に一つ。
(何故強い?何故動ける??)
倒れる間も男は考えていた。
急に強くなった理由は何か。考えても答えは出ない。
あと少しで背中がつく。
男が出した結論は、
「テメェ、この俺に舐めてやがったってのかぁ!?」
喉に当てていた金属棒をそのまま返し、倒れかけていた男は起き上がった。
「下等生物が!!イキがってんじゃねぇ!!!」
怒りに支配された男は流我を殴る。
(受け……ッ!?)
攻撃を受けた金属棒は切断された。
切断と言うよりは、無理矢理ちぎられたと言う方が納得のいく壊れ方だった。
兎も角、男の拳は金属棒を貫通して流我に当たる。
辛うじて急所は免れたが、脇腹は少し消えていた。
(駄目だ…死ぬ。今度こそガチで死ぬ…!)
神に祈った。
神様でも仏様でも、道端の雑草でも、助けてくれるんなら誰だって良い。
人間とはそう言う生き物だろう。
神、仏、悪魔、親、上司、ファン、恋人、友達、警察、消防士、医者、ギャング、近所のおばさん。
助けてくれるなら、誰に対してだって敬意を払える。そう言う生き物だ。
「ッぁああああああああ!!!」
全力で応戦するが、まるで付け焼き刃。
折れた棒を両手に持っても、離して素手で戦っても、一切自分の番は回ってこない。
避けても避けられない。守っても守れない。
結局、男の言う様に、流我は下等生物なのだろう。
どれだけ足掻いたところで、なんの意味も持たないのだ。
遊ばれていたから生きていた。いや、生かされていた。
もう動く余力は残っていない。
防御姿勢を取ることもできない。
先ほど動ける様になったのは、流我の性格によるものだろう。
ダメージを受ければ、回復するため体は休みを取ろうとする。
余力を残した状態で意識を失い、効率良く生きながらえようとする訳だ。
その残した余力を活動のエネルギーにする。
当然負った傷は癒えることなく、その先には「死」が待っている。
流我が偶々、「死」を覚悟出来る人間だったからこそ、あの場で力を絞り出すことが出来た。
大抵の人間は、いざ死ぬとなれば「死」を受け入れ、後悔こそするものの諦める選択を取る。
「死ねば終わり。」それが一般人の考え方。
「死んでも次がある。」これは悪く言えば、楽観的な人物の考え方。
「私が死んでも、私のしてきたことが無くなる訳じゃない。」これは、そうだな。
「この無意味な世界に意味を見出す者」としておこうか。
それで流我に関してだが、流我の考え方はこうだ。
(あー死ぬほど苦しいぃ…。)
「でも死にたくねぇ!!」
男は千切れた金属棒を拾い、逆手に持って大きく振りかぶる。
流我の眼前に死が迫る。
が、その死は突如としてバラバラに切り刻まれ、
「少年、妹は助けたぞ。妹の為にも、生きる気力を持て。」
その言葉に一瞬安堵し、直後全身に走る激痛によって、流我の意識は消え失せた。