第二話【興奮】
(何で生きてるんだ?俺…。)
上手く頭が回らない。寝起きの感覚に近い、夢なんじゃないかとも思う。
大量の段ボールが助けてくれたと分かった時にはもう、痛みで上手く動けない。
少しの擦り傷、切り傷。そして何より打撲が酷かった。
身体中で内出血を起こし、心臓の音は不自然に大きく、心臓の鼓動は不自然に速かった。
(何か…打開策を、武器になるものは?)
段ボールはほぼ空、少し離れた所になら鈍器になりそうなモノがある。
(もっと冷静なら良かった。いつもはもっと良くやるんだ。)
いざその時になってみると、パニックで実力が発揮出来ない。これは良くある。
今回は冷静だと思っていたのに、これが妹でなければ、変わった結果だったのかもしれない。
スマホは今ので壊れ、ミントの安否は確認出来なかった。そして何より痛い。動く様だから折れてはいないのだろう。
「生きてるな!体は良い、よく鍛えてるよな。」
流我は、同年代の男子と比べると圧倒するくらいには、高い身体能力を持っている。
「人間にしては、な。」
さっきの攻撃、スピードも威力も生物の域を出ていた。
流我が無事だったのは、この男がワザと助かる様に加減したからだ。
「じゃあ何だよ。あんたは人間じゃないのか?」
油断を誘ってみるが、恐らく効果はないだろう。理由は単純だ。
「少なくとも、兄ちゃんよりは高位の存在だなぁ。」
流我と男の実力差は、男の気まぐれに委ねられるほど大きいものなのだ。
流我は考える。
まず自分が生き残る方法。
ミントを助ける方法。
共通して求められる、目の前の男を無力化する方法。
「なあ、あんた楽しんでんだろ?じゃあミントを解放してくれよ。」
「その方が楽しめるぜ。」
ミントを解放しなければ俺は抵抗しない。そう言うつもりだった。
「それは出来ねぇ。」
流我に、そこまでの価値は無い。
やるしか無くなった。
深く息を吸う。緊張と痛みで早まる呼吸を落ち着かせる。
(ミントが人質になる事は無い…。)
立ち上がると同時に、右手で掴んだ段ボールを男目がけて放り投げる。
そのまま段ボールの影に隠れる様にして真っ直ぐ走って行く。
段ボールは男の目の前にあった。流我は自身の左へ急カーブをかける。
(さっきの攻撃、奴の左側へ吹っ飛んだ。手加減してくれたのなら、制御しやすい利き手のはず。)
左か右か。男は飛んできたダンボールを、
右手へ払った。
「!」
男の視界からほんの一瞬、流我の姿が消えた。
鈍器になりそうなモノ、鉢植えを手に取り男の後頭部を殴打する。が、
「良いねぇ。テンション上がってきたよ。」
古かったのだろうか、男に当たった瞬間、鉢植えは土屑へと姿を変えた。
「ヤる気あんなら言ってくれよ。ちゃんと用意したんだからさぁ?」
流我の内心は既に諦めが勝っていた。
どうやって逃げようか。このバケモノから逃げられるのか?それだけを考えていた。
窮鼠猫を噛むと言うが、本当に追い詰められれば案外、すんなり諦めるものなのだ。
闘争の意志を失った流我とは裏腹に、ますますテンションを上げる男は倉庫の端に置いてあった一本の棒を手に取り、
「コレ使えよ、言っとくが鉄パイプじゃねぇからな?」
流我に投げ渡す。
一見ただの鉄パイプなのだが、その中には何かが詰められていた。
(重…。)
おそらく純鉄製の金属棒より大きな質量。片手で振り回すのは難しく、流我は棒を両手に持ち、構える。
「フュー。サマになってんじゃん!」
下手な口笛と共に流我を煽る。
逃げたいのに逃げられない。さっきから思考が一貫しない。
追い詰められたからなのか、先程の怪我によるものなのか、
この男が何か言うたび、冷静な思考を奪われている様に感じる。
興奮状態だからだろう、身体中の痛みは消え失せ、
何故か溢れるやる気によって、流我は闘うしかなかった。