第十九話【入り口】
島の表側、流我が入った場所へ行くと、対岸に師匠の姿があった。
「お!あのオッサン強そうだな。知ってんのか?戦ってくんねぇかな。」
今にも跳びそうな声色で有空が言う。
有空では戦いにならないだろうし、経験にもなるかどうか。
「俺の恩師だ。」
喧嘩を売るのは止めとけと言って、二人は対岸へ渡る方法を模索する。
「ボート無いよな?やっぱ泳がなきゃ駄目か。」
合格したからと言って、それなりの待遇が受けられる訳では無いのだろう。
二人は諦めて泳いだ。
湖に入った途端、有空はやけに張り切って泳ぎ出した。
「勝負だ流我!!」
そう叫んで有空はペースを上げ、流我は理不尽に従うしかなかった。
「よっしゃ!オレの勝ち!」
相手にその気が無くても勝手に競い出す。
そして勝手に勝つのだからタチが悪い。
「言っとくけどな?一週間寝てないからな?万全だったら俺の圧勝だからな?」
流我の言葉に、有空は負け惜しみだと笑い出す。
実際負け惜しみでもあって、単純な遊泳能力なら有空の圧勝。ただ流我には奥の手がある。
殆ど使う機会は無いだろうが、その内見られる時が来るかも知れない。
「やっぱ服あると泳ぎ難ぃな。」
衣服を脱いで絞ったり、剣を上下に振り回したり、有空は装備を乾かそうとしていた。
「有空、ちょっと止まってろ。」
そう言った流我は抜刀し、有空の静止を待って自身と有空の周りを斬りつけた。
直後、流我の刀から水が溢れ落ちて行く。
「いーなー!オレもやりてぇ!」
一応誰でも出来る技術だが向き不向きはあるもので、有空が使える可能性は先ず無いだろう。
乾かし終えた二人は師匠の元へ行く。
「オレは楓黄有空。ヨロシク!」
有空は師匠に自己紹介をし、師匠もそれに応える。
「君の事は組織から聞いている。先ずは二人とも。一週間、良くやったな。」
流我と有空、両方の顔を見て労いの言葉を掛ける。
流我はお礼を言って頭を下げた。有空はドヤ顔で頭を上げた。
「二人とも車に乗れ。これから本部に向かう。」
ミニバンの3列目はシートが倒されており、そこに武器を置いて、有空は助手席に、流我は後部座席に乗り込む。
その後部座席には、よく知った顔が行儀良く座っていた。
「誰?」
有空が後部座席の人物を見て流我に聞くと、流我は「妹。」と答える。
その答えを聞いて有空はまた挨拶をするが、ミントは小さく頷くだけに留める。
「似てねー。」
有空は素直で良い奴だが、それは時に短所にもなる。
良い奴と言うよりも、気持ちの良い奴と言った方が正確だろう。
「血は繋がって無いからな。」
シートベルトを締めながら流我は答えた。
「へー。」
有空は興味無さそうだ。
「キョーダイだったらオレにもいるぞ?妹はいねぇけど。」
いつか会ったら「似てねー。」って言ってやろ。と、流我は固く誓った。
と同時に車は動き出した。
一同が乗る車は順調に進んで行く。
島から街、街から本部へと向かう訳だが、当然途中には赤色が行手を遮り、青色を待つ必要がある。
「おせぇ。」
不満そうに、腹立ちを感じさせる声を零す者が居た。
「走った方が速いだろ?」
有空は40〜50km/h程度簡単に出せる。イライラする気持ちは分かるし実際、流我や師匠も遅いと思っている。
「場所知ってる師匠が『乗れ。』って言ったんだ。少しだから我慢しろ?」
流我は有空を見て言う。
「分かった!」
有空の素直さは長所でもある。それは間違いない。
それから暫く経って、車は一つの建物…と言うより施設に着いた。
高く、厚い壁に囲まれたその施設は、多くの人から注目を浴び続けている。
石で造られた看板と、金属で造られた正門が、流我の興味を逆撫でて行く。
【株式会社 井口ライフリサーチ 第二研究所】
看板にはそう彫られていた。
井口ライフリサーチは非常に有名な会社で、「その業績は世界一である。」と主張するジャーナリストもいる程だ。この国で最も古い会社であるとされており、創業は400年前とも500年前とも、それ以前であるとも言われている。
どの家庭にも必ず一つ、この会社の製品はあると言える。流我の実家にもあった。大体が医療関連の製品だが事業内容は幅広く、「調べたら井口ライフだった。」と、この国に住むものなら誰もが経験している。
それ程有名な会社なのだ。
「お?着いたんか?」
有空に興味は無いようで、流我とは別の理由でテンションが上がっていた。
有空のこと、知らない可能性も無くはないかと考え、流我もあまり気にならなかった。
裏口の門を開け施設に入り、地下駐車場へ車を停める。
車から降りた一同は装備を持って中へ入り、エレベーターに乗る。
地下四階で停まったエレベーターのドアが開くと、多くの人が忙しそうに働いている。
「うぇ〜い。」
その中の1人、特に、全く、忙しそうに無い金髪の男が「ハイタッチ!」と、流我に目で訴え掛けて来た。
「うぇ〜い。」
流我が素直に応えると男はたちまち笑顔になり、次は有空と同じやり取りを繰り返す。
そして、傍目で見ていた師匠に視線を向けた所で、
「この男は工房の責任者で、私の友でもある。」
紹介を始められた。
「イヤ〜、どうもどうも。カミチャンの弟子にしてはノリイイネ?」
「あー、ユアチャンは違うんだっけ?」
師匠の友は、流我達のことをよく知っているようだ。
「オレはジョージ。気安く呼んでくれヨ?」
一応、流我達も自己紹介をして本題に入る。
「で、装備ネ?二人共武器だけで良いよな?リュウチャンは太刀。ユアチャンは大剣ネ。」
「ああ、今持ってるヤツそこら辺置いといて。」
勝手にあだ名を考えて、書類を眺めるジョージは一旦無視して、二人は空いている机に武器を置く。
「オレは造れないんだよネ。意外と忙しいのヨ。」
ひたすら続く早口の喋りを、一同はただ聞くしかなかった。
「二人の武器は私が造る。」
ジョージの喋りを遮る声は、いつの間にか流我の刀を手に取っていた少女から発せられた。
「ユナ。よろしく。」
「綺麗に使ってる。綺麗過ぎるくらいに。」
歳は流我と同じくらいに見える。間違いなく、この工房最年少は彼女だろう。
師匠と話すジョージを置いて、彼女は次に有空の剣を手に取った。
「こんなの、どこで手に入れたの?」
大剣は有空が昔貰った物らしい。かなり昔のようで、手入れらしい手入れもされていないので、刃毀れが酷く最早刃物とは呼べない。
「ユアは雑だね。ほぼ鈍器だよ?これ。」
「斬るって言うか、腕力で無理矢理裂いてる感じでしょ?」
思い返せば島の時も、有空だけ爆音を量産していた気がする。
「リュウの一ヶ月貰って良い?綺麗に使う人みたいだし、良いの造んなきゃ。」
「綺麗に」がよく分からないが、急ぎではないので断る理由はない。
「ユアのは後回しね。」
有空を見ると、何故か気を落としている。
「流我…オレの負けだ……。」
ディスられたのと、後回しにされたので負けたらしい。
「…。」
流我も流石に言葉が出なかった。
「何か質問ある?籠るから、今言って欲しんだけど。」
作製に集中したいユナは二人に問いかける。
「綺麗過ぎるって何だ?手入れし過ぎってことか?」
師匠に教えられたタイミングと方法で行っていたため、ダメ出しされるとは思っていなかった。
「手入れは良いよ?」
なら何が?と、次の言葉を待つ。
「綺麗過ぎるって言ったのは、刀に負担が掛かってないから。」
「信用してないんでしょ?刀も。他のことも。」
少しぐらい任せても良いと、その鍛治職人は瞳を向ける。
「この刀はそうじゃないかも。でも私の刀は信頼に値するよ?」
「必ずね。」
自信そのままでユナは発する。
どうやら、歳が近くても似る訳ではないらしい。
「漢字だろ?名前教えてくれよ。」
先程のことをもう忘れている様だ。
いや、名誉の為に「気にしていない」と言っておこう。
「カタカナで良いよ。そんなの。」
ユナの表情が変わった。
「名前なんて、個体識別番号でしかないんだから。」
「『数字だと覚えにくい。だから【字】を使おう。』それが名前でしょ?その人に思い入れがあるなら、数列でも覚えられるはずなのに。結局みんな、他人に興味なんて無いんだよ。覚えやすくしないと、名前も覚えられないくらいね。」
その後有空の顔を見て、目を逸らして、もう一度見てから謝って、今度は刀を見て、
「そのうち教えるから。…安心して?これくらいで震える様な、素人じゃ、ないから…。」
用事が済んだ流我達は工房を離れた。
2階下がって地下6階。そこには大浴場がある。
他にも仮眠室や図書室があり、日々の疲れを癒す設備が整っているのだが、流我達の目当ては疲れよりも汚れである。
「久しぶりの風呂だな!一ヶ月くらいは入ってないだろ!多分!」
有空は自慢した。
「マジか?最初会った時全然感じなかったぞ。」
流我は多分、有空より鼻が効くので、良い消臭剤使ってるみたいだ。
「…俺先に出るわ。」
汚れは落ちたし、音が聞こえたのでもう上がることにした。
そして風呂から出ると、脱衣所の前に人が立っているのが分かる。
よくは知らないが知っている人だったので、急いで脱衣所を出ると、その女性はまず謝った。
「ごめん。忘れてた。」
ユナは出てきた流我に声を掛けて、忘れていた物を取りに来ていた。
「首飾り持ってるよね?さっき受け取れなくて、ごめん。」
そう言えば師匠が、後で必要になるとか言っていた気がする。
流我は首飾りを渡して、ユナの話を聞いていた。
「これさ、武器作るのに必要なんだよ。この石のことね。」
石を光に透かして何かを確認している。
「『忘れるぐらい』ってなるだろうけど、今はホントに気にしないで?」
「さっき言った様に、ちゃんと折り合い付けてるから。」
正直、流我自身はどうでも良いと思っていた。
「それぐらいで変わらない」と言われたのだから、変わらないのだろうと思っていた。
悩みを取り除けるなら助力するが、本人が望んでいないなら手を出すことは出来ない。ましてや、初対面の人殺しに心を許す女の子など存在しないだろう。
「気が向いたら話してくれ。」この言葉を発する権利は随分昔に捨ててしまった。
「石に関しては完成した時に話すから…それで良い?」
流我がずっと黙っているので、流石に怒らせたかとユナは後悔を重ねる。
「ああ、勿論。」
かなり強くなったはずなのに、演技だけは器用にこなせなかった。
「よう!行こうぜ!次は何階だ?」
有空には見えてないみたいだった。
「次は地下三階だ。」
図書室で調べ物をしていた師匠が戻って来て、有空の質問に答える。
「井口社長と面会をしてもらう。」
解答の後、ユナは地下4階の工房へ戻って、流我達は地下3階の会議室へ行く。
扉を開けると、綺麗なスーツを着こなす男が立っていた。
「初めまして。碧蛇流我さん。楓黄有空さん。私は井口ライフリサーチの代表取締役社長をしています。井口広輝と申します。これから、どうぞ宜しくお願い致します。」
丁寧な挨拶と、名刺を渡して自己紹介まで済ます。名刺には当然「いぐち こうき」と書かれていた。
「「宜しくお願いします。」」
流れる様な挨拶に、流我と有空二人の声が揃ってしまう。
「どうぞ座って下さい!お二人とも、私に気を使わなくて良いんですよ。何でも聞いて下さい!」
「因みにお昼はきつねうどんです!」
そんな事は気にならないし、気になっても聞くわけないし、今の発言を聴いてしまうと気を使えなくなってしまう。返に困る発言を社長自ら行わないで頂きたい。
そう考える新入社員を横目に、社長は「水しかなくて…。すみません…。」と、紙コップに注ぎだす。
「では本題に入りますね。」
水を注ぎ終えた社長は座って、机の上に置いてある書類には目を向けず、流我達に目を向けて話し始める。
「お二人は、今日から井口ライフの社員です。お金もお渡ししますし、衣食住の提供に加えて、この施設地下3階から地下6階の設備も自由にお使い下さい。具体的な事はこちらに記しておりますので、お時間のある時にでも是非目を通して頂ければと思います。」
社長は慣れた手つきでパンフレットを渡す。
「碧蛇旻渡さんについても、役職以外は同様です。」
パンフレットには具体的なシステムと、流我達自身の個人的な事柄が詳しく記載されていた。
「質問は?」と聞く社長に「何故事務仕事を社長がするのか。」と、気を使わない質問をしてみる。
「こうでもしないと、話す機会ありませんからね。」
社長は書類を片付けてそう答えた。
「ここからは個人的な話です。」
そう言うと、社長は一呼吸置いてからまた話し始めた。
「皆さんがどんなことをしても、全ての責任は上司である私にあります。皆さんは私の命令に従っただけ。」
「いつか悩むことになった時、この言葉を片隅にでも思い出して欲しい。綺麗事ですが、皆さんには多くの人を救って欲しいと、そう、思っています。」
少し考えてから、
「『少しは汚い方が良い。』と言っても、やっぱり僕は、綺麗な方が好きなんですよ。」
井口広輝はそう言った。




