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その指に



「よう、異世界人サマ。ご機嫌麗しゅう……は、ないみたいだな」


「……それがわかってるなら、出てって」



 ノック即入室。ノックの意味がまるでないいつものパターンで部屋に侵入してきた魔法師団長に、私はクッションに顔をうずめたままそう返した。



「おや、顔も見せていただけないとは、これはこれは」


「…………」


「よっぽど『向こう』でヤなことでも?」


「…………」


「なるほどなるほど」



 沈黙を答えとして受け取って、魔法師団長は勝手に納得する。



「愚痴聞きます? それともチートで憂さ晴らしでもします?」


「……とりあえずその半端な敬語やめて」


「今のあんたはこれくらい距離空けてた方がいいかなと思ったけど、そう言うなら」


「…………」



 いつもどおりに戻った魔法師団長の口調に、ほっとする。ほっとする自分を自覚する。

 

 ――ほっとしたくなんて、ないのに。



「………………」


「………………」


「……何か、言わないの。いつもみたいに」


「あんたが言ってほしいなら言うぜ?」


「…………」



 いつもの戯言を垂れ流さない魔法師団長は、ただ穏やかな笑みを浮かべて私を見ている。

 慈しむように。労わるように。

 それを優しさと思えるのだったら、もっと話は簡単だったのに。



「……この間の」


「ん?」


「『何でもない日のプレゼント』」


「ああ、あれな。あれが?」



 言うか言うまいか、一瞬迷う。



「……助かった」


「……うん?」


「……虫よけに使ったから」



 そこで魔法師団長は、クッションにうずもれた私の指に『プレゼント』がはまっていることに気づいたらしい。

 そうして、私が『向こう』で遭った『ヤなこと』にも大体想像がついたみたいだった。



「そりゃ、お役に立ってよかった」


「……でもこれ、外れないんだけど」


「そーいう魔法かけたからなー。出来心ではめてくれたら儲けもんと思って」


「……どうしてそういうことするかな……」



 だから素直に感謝もできない。


 『ありがとう』とは言えない。



「それくらいしないと、重過ぎになっちまうだろ?」



 『指輪』を贈る時点で重いだろう、と思うものの、この男にとっては何らかの線引きがあるんだろう、たぶん。



「ま、『ヤなこと』が落ち着くまではつけとけば? 鎮静作用とかいろいろ効果付けてあるし」


「…………」


「好きにすればいい。それはあんたを縛るものじゃないんだから」



 ……そう、これは私を縛るものじゃない。

 ただ、『何でもない日』にかこつけて渡されただけの指輪。

 ペアリングでもないし、婚約指輪でも、結婚指輪でもない。

 本当に本当に外したかったら、『チート』で外せるのだろう、それだけのもの。


 ……だけど。


 魔法師団長の魔法がこれでもかと詰め込まれたこれは、確かなこの世界とのつながりで。

 それを利用して、それを支えに、『向こう』を乗り切っただなんて、――まだ、知られたくはなかった。

 私の中での『向こう』と『こちら』の比重が変化してきているなんて、知られたくはなかった。



 魔法師団長はやっぱり笑顔で私を見ている。その笑顔が微塵も揺らがないのを見て、ぼんやりと思う。


 この完璧な笑顔以外の顔を、向けられるようになったら。

 いったい私は、どうするつもりなんだろう。


 ……私の指にはまっているのと同じものが、その指にはまったら。


 そんな夢想、できもしなくて、私は強くクッションに顔を押し付けた。

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