恋のハットトリック
「ダサっ!何、このタイトル」
放課後の理科室に、俺の声が響く。
「どうしたの、ユイ。恋愛漫画なんて」
原稿用紙を頑なに捲ろうとしない俺の前で、ユイは険しい顔をしている。
「らしくないよ。お前の描くファンタジー、めちゃくちゃ面白いのに。ジャンル変えるとか」
「……」
「賞レースに引っかからないからって」
「もういい!」
ユイは、乱暴に原稿をかき集めてカバンに突っ込み、理科室を飛び出していった。
「……バカか、俺」
俺は、ポツリと呟いた。
そして、”後悔先に立たず”という言葉を、俺は身をもって知ることになる。
ユイが初めて描いた恋愛漫画である”恋のハットトリック”が、漫画賞を獲得したのだ。
*
俺は、いつだってユイの作品の”第一読者”だった。
きっかけは、アクシデントだった。
ユイが体調を崩して中学を早退することになったとき、先生が幼馴染の俺を随行者として指名したのだ。
彼女の荷物を整理していた時、俺は描きかけの漫画を見つけてしまった。
「誰にも言わないで」
そう口にしたユイの蒼白な顔は、体調のせいだけではなかったのだと思う。
「言わない。でも」
俺は、目を輝かせてユイの顔を見た。
「読ませてよ、漫画」
*
ユイの描くファンタジーが好きーーそれは本当だ。
でも、彼女が初めて描いた恋愛漫画を俺が読む気にならなかったのは、怖かったからだ。
彼女の”恋愛観”に触れてしまう気がして、怖かった。
ユイとは、あれから話をしていない。
単純に気まずかったし、漫画賞を取った彼女の周囲は、とても賑々しかった。
その日も俺は喧騒を離れ、いつもユイの漫画を読ませてもらっていた理科室にいた。
「駿ちゃん!」
突然の声に振り返ると、ユイが漫画の原稿を掲げて仁王立ちしていた。
「読んでくれる!?デビュー作、ファンタジーだよ!」
「……何で」
「だって、駿ちゃんは私の”第一読者”でしょ?」
ーー1本目。
「読んでくれる人がいたから……駿ちゃんがいたから、頑張れた」
2本目。
「あのね」
ーー3本目の気配がして、俺は歩き出す。
「私、駿ちゃんのことが好ーー」
俺は、ユイを抱きしめた。
「……何これ、漫画?」
ユイが、掠れた声で呟く。
「……3本目まで、入れられてたまるか」
「え?」
腕を緩め、俺はユイの顔を見た。
「俺がユイのこと、好き……って話」
ユイが、唇を横に引いてニッと笑った。
「私のこと好きなら……読めるようになってよね、恋愛漫画も」
う、と言葉に詰まった俺を見て、ユイは声を立てて笑った。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。この作品は、『第3回「下野紘・巽悠衣子の 小説家になろうラジオ」大賞』への応募作品です。
「なろうラジオ大賞3」へは、他にも幾つか作品を投稿しています。もしご興味がありましたら、ぜひ覗いてみてくださいませ。