最終話「そして二人は――」
昼休みの時間になった。
俺はこれまで通り自分の席で弁当を取り出すと、隣から物音が聞えてくる。
ズズズ――。
机を引きずる音。
その音は勿論、隣の席の有栖川さんが机を引きずる音であり、何故机を引きずったのかと言えば、それは俺の机と自分の机をくっつけるためであった。
「一緒に食べましょう」
そして嬉しそうに、自分のお弁当を取り出す有栖川さん。
最近お昼は橘さん達と食べていたけれど大丈夫なのかなと思っていると、橘さん達三人はそんな俺達の事を笑って見守ってくれていた。
であれば、彼女のこんな申し出を断るはずもない俺は、一緒にお昼を食べる事になった。
しかし、そうなるとやはり目立ってしまっているようで、俺達の噂を聞きつけた他のクラスの人達、そして他の学年の人達までもうちの教室を廊下から眺めているのが分かった。
そんな、まるで動物園の檻の中ような居心地の悪さを感じつつも、こういうのはある程度覚悟していた事でもあるため、極力気にせず弁当を食べる事にした。
「はいー。見せ物じゃないからぁー」
「そんな見られたら食べ辛いっての」
「それなー」
すると、そんな野次馬達に向かって橘さん達が聞えるように文句を言う。
「うん、あんまりジロジロ見るのは良くないと思うよ」
そして気付いた矢田も、俺達の事を気にかけてくれて、集まった野次馬をどかしてくれたのであった。
そんな皆の働きに、俺も有栖川さんも嬉しさから笑みが零れて来てしまう。
こうなるであろう事は、自分達で覚悟を決めていたこと。
でもまさか、こうして他の皆が庇ってくれるとは思っていなかったのだ。
それが素直に嬉しくて、そしてとにかく有難かった。
自分達だけじゃないんだって思える事が、こんなにも嬉しい事だなんて思いもしなかった。
「……あとでお礼を言わないとですね」
「そうだね」
本当に、ありがとうみんな。
そんな感謝を抱きつつ、大好きな彼女と一緒に食べたお弁当は、いつもより美味しく感じられたのはきっと気のせいなんかじゃないだろう。
◇
そして、下校時間になった。
俺はみんなにさよならを告げると、有栖川さんと共に下校する。
「意外と今日は、普通に過ごす事が出来ましたね」
「そうだね、それも矢田や橘さん達のおかげだけどね」
「うふふ、そうですね」
笑い合う二人。
周りのサポートもありつつ、こんな風に互いの手を取りながら普通に彼氏彼女として堂々と一緒にいられる事が嬉しかった。
それでも、これからも好奇の目には晒され続けるだろうし、もしかしたら有栖川さんにアプローチしてくる輩が出てくるとも限らない。
だから楽観は出来ないだろうが、それでも初日がこれならあとは何とかなるんじゃないかという気がしてくるのであった。
「ねぇ健斗くん! 帰りに本屋さん寄っていきませんか?」
「うん、いいけどなんで――って、そっか。今日はあれの発売日か」
「そういうことです!」
正解というように、ニコッと微笑む有栖川さん。
その可憐な微笑みに思わず見惚れてしまいながらも、俺も思わず笑ってしまう。
あれというのは、うちにある恋愛ものの漫画の事だ。
つまり、俺が有栖川さんに貸した漫画の発売日を、有栖川さんの方が覚えていたのだ。
そんな、すっかり立場が入れ替わってしまった事に可笑しさを感じつつ、確かに続きが気になる俺は一緒に書店へと立ち寄る事にした。
「それから、帰ったらケンちゃんのお散歩もご一緒してくれると嬉しいです」
「うん、いいよ。でも今日は何だか、お願いごとが多いね」
「えへへ、今日一日こんな風に一緒にいられた事で、自分は健斗くんの彼女なんだって実感が湧いてくるのですよ。だから、この勢いのまま甘えちゃおうかなと思いまして」
駄目ですかね? とはにかむ有栖川さん。
俺は勿論、そんな事ないよと答える。
「じゃあ、もう一つだけお願いしても宜しいでしょうか……」
そして有栖川さんは、真面目な顔付になって俺の顔を真っすぐに見つめてくる。
そんな改まる有栖川さんを前に、きっと今から何か大切な話があるのだろうと、俺も真剣に向き合う――。
「……私の家庭のお話を、聞いて頂けますでしょうか?」
「……うん、聞くよ」
それは、有栖川さんの家庭の話だった。
今はおばあちゃんと一緒に住んでいて、まるで異世界と言われている有栖川さんの家庭の話。
それにはきっと、何か事情があるに違いないと思った。
「実は、私の両親なのですが……」
「うん……」
いよいよ語られる有栖川さんの秘密に、緊張が走る――。
「……今、お仕事で海外へ行ってるんです」
「海外……そっか」
一体何を言われるのかと思っていたが、意外と予想の範疇だった答えに少し拍子抜けしてしまう。
けれど、きっと話はここからなのだろうと、俺は話の続きを待った。
「はい……だから、きっと高校を卒業するまでは会うのは難しいと思うんです」
「そう、なんだね……」
それは寂しい事だと思った。
自分ももし両親が海外へ行っていなくなったと思えば、それはきっと寂しくなるに違いないからだ。
「だから、こうして健斗くんが側にいてくれる事が、嬉しいってお話でした」
「え? ごめんだけど、それだけ?」
「そうですよ?」
不思議そうに首を傾げる有栖川さん。
しかし俺は、何を言われるのかと思えばあっけなく終わってしまったその話に、正直拍子抜けしてしまったのである。
「……えっと、ごめん。確かにご両親が海外へ行ってるのは大変だと思うんだけど、他に重大な事言われるって勝手に思っちゃってて」
「いえ、別にそれだけですよ。私はどこにでもいるような、普通の女の子ですから」
「そうだよね……れーちゃんはその、何て言うか日本人離れしてる見た目をしてるから、勝手にそういうのが何か関係してるのかなって」
「あー、この髪色ですか? うちのお母さんがクォーターで、お父さんもハーフなんですよ。だから、色んなミックスのせいだと思います」
自分の髪を触りながら、あっけらかんと答える有栖川さん。
だから俺は、やっぱり拍子抜けしつつもこの際全部聞いてみる事にした。
「えっと、じゃあご両親とおばあさんのお仕事は?」
「はい、父は商社で働いていて、母はデザイナーなんです。おばあちゃんは元々ここの地主さんに嫁いだみたいで、書道で先生してるんですよ」
自慢げに語る有栖川さん。
そのあまりに現実味を帯びた答えに、俺は笑っちゃ駄目なのにどうしても笑いが込み上げて来てしまう。
「なるほど、そうだったんだね」
「そうですよ、私は異世界でも何でもない、ただの普通の女の子なんですよ!」
俺の言いたい事が分かっていた有栖川さんは、そう言って膨れつつも一緒に笑ってくれた。
異世界人なんて、本当にいるわけないじゃないですかというように――。
「だから私は――普通の、健斗くんの彼女なんです」
「れーちゃん――」
はにかむ有栖川さん。
その言葉に、笑うのを止めた俺は有栖川さんの手をぎゅっと握る。
「うん、俺もれーちゃんの彼氏だよ」
「えへへ、知ってますよー」
俺の言葉に、嬉しさが込み上げてくるように満面の笑みを浮かべる有栖川さん。
そんな眩い天使のような微笑みを前に、俺も自然と笑みが零れてしまう――。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだね」
そして、改めて手と手を繋ぎ合った俺達は、書店へ向かって歩き出した。
何も特別な事はないけれど、隣にいるのは特別な彼女。
そんな愛おしい彼女のこの笑顔だけは、ずっと守り続けたいと思いながら――。
隣の席の有栖川さんは、今日も人知れず一生懸命生きている。―完―
本作、これにて完結となります。
本作は、すっごい美少女だけど、実は一生懸命生きてるヒロインを書こうと思い筆をとりました。
自分だけが知っているヒロインの子の本当の表情って、可愛いよねという思いで書かせて頂きました。
まるで異世界だと言われてきたけど、なんでもない同じ普通の女の子。
だからこそ、こうして普通に恋愛も出来るわけですね。
この二人については、あとはお互い幸せな未来が待っていると思います。
その後のイチャイチャなども書きたい気持ちもありますが、きっとだらだらしてきちゃいそうな気がするので一旦ここで完結にさせて頂きたいと思います。
以上、簡単ではありますが、ここまで応援頂きまして本当にありがとうございました!!
本作楽しめたよ!という方は、良ければ評価や感想など頂けると嬉しいです。