第55話「告白」
突然の俺からの告白に、驚く有栖川さん――。
「……そう、ですか」
そして、それだけ呟くと何かを決心するように一度頷き、それから俺の顔を真っすぐに見つめてくる。
そんな有栖川さんの視線を、俺も勇気を出してしっかりと見返した。
これから返ってくるのであろう答えが何であれ、告白をしてしまった自分にはもう、こうして答えを待つ事しかできないから――。
「初めてです……」
「初めて……?」
「はい、そうです……」
初めて――その言葉が何を意味するのか。
ただ、そう言ってふわりと微笑む有栖川さん。
「……初めて男の子から告白されて、嬉しいって感じました」
「それって、つまり……」
「はい、こんな私で良ければ、健斗くんの彼女にして下さい」
そう言って、嬉しそうに微笑む有栖川さん。
そして、一歩俺の元へと近付くと、そっと差し出してきた手でぎゅっと俺の手を握ってくる――。
「えへへ、あの漫画と同じですね」
「そう、だね……」
「あの、実はですね――」
漫画と同じだねと微笑む有栖川さんは、何かを打ち明けようとする。
しかし、自分から告白しておきながら、まだ今の状況がイマイチ良く掴めていない俺は、今度は一体何を言われるのかと緊張しながら、そんな有栖川さんの次の言葉を待つ。
「――あの漫画をお貸ししたのはですね、こんな風に漫画みたいな展開になったらいいのになって、思っていたんです」
恥ずかしそうに微笑みながら、秘密を打ち明けてくれた有栖川さん。
つまりそれは、有栖川さんは最初からこうなりたいと思っていたという事に――。
「でも、自分から健斗くんに気持ちを表わすのが難しくて……。だから、最初は漫画の事も黙っておこうと思っていたんです。でも、あの時――」
「あの時?」
「はい、コンビニでお友達から助けてくれた時、私思っちゃったんです。……やっぱり私、健斗くんの事が好きなんだなぁって……」
それはまさかの、有栖川さんからの告白だった。
自分の胸元にそっと手を当て、思い出すように話す有栖川さんの表情は、とても穏やかに微笑んでいた。
「コンビニの時だけじゃないんです。私を一人じゃ無くしてくれたのも、困っている私を救ってくれるのも、それからそんな私の事を助けてくれるのも、思い返せば全部健斗くんだったんです。これまで出会った人とは違う、健斗くんだからこそ私は、こんな気持ちになれてるんだなって気付いちゃったんですよね」
そして有栖川さんは、好きになってくれた理由をちゃんと言葉にしてくれた。
その言葉のおかげで、それまであった自分の中の不安や戸惑いは次第に薄れて行く。
やっぱり、ちゃんと言葉にするのは大切だという事をしっかりと噛みしめながら、俺もそんな有栖川さんに気持ちを言葉にして伝える。
「……俺も、同じなんだ。これまでずっと、周りの人達とは距離を置くように過ごしてきたんだ。でも、れーちゃんだけは違った。上手く言えないけどさ、れーちゃんだけはこんな俺ともしっかり向き合ってくれた事が嬉しかったんだ。頼ってくれるのが嬉しかった。だから俺は、そんなれーちゃんの事をもっと知りたいと思ったし、もっともっと仲良くなりたいって思ったんだ。――そしたら、今じゃこうして仲良くなりたい気持ちも通り越しちゃったわけなんだけどね」
そう言って俺が笑うと、有栖川さんも一緒に笑ってくれた。
「それから、一つはっきりと嬉しい事があったんだ」
「嬉しい事、ですか?」
「うん、それはね、れーちゃんも俺の好きな漫画を好きになってくれたこと」
そう、俺は有栖川さんのおかげで、自分の好きなものを誰かと共有する事の嬉しさを知ったのだ。
自分の好きな漫画を、どれも楽しそうに読んでいる有栖川さんを見ているだけで、俺の心は自然と満たされていくのであった。
「あはは、なるほど、そういう事ですね。――そうですね、健斗くんの教えてくれた漫画は、本当にどれも面白かったです」
「そっか、なら良かった」
「はい。私は健斗くんのおかげで、漫画だけではなく本当に色々なものを知る事が出来ています。だから――」
そう言うと有栖川さんは、そのままぎゅっと俺の腕に抱きついてくる。
「――だから、これからも私に、色々と教えてくださいねっ!」
「うん、分かった。任せてよ」
そう言葉を交わすと、何だかおかしくなってまた二人で顔を向き合わせながら笑い合う。
そして、さっきよりも近付いた二人の顔は自然と近付いて行き――――俺達は、初めてのキスを交わした。
その唇の触れ合いが、本当に有栖川さんが自分の彼女になったのだという事を実感させてくれる。
まだ心のどこかでは信じられなかったのだけれど、全てが確信へと変わっていく。
――有栖川さんは、今日から自分の彼女なんだ。
そんな実感と喜びが、どんどん自分の中で膨れ上がっていく。
そして、その膨れ上がった感情を抑えきれなくなった俺は、そのまま有栖川さんの事を抱きしめる。
「――その、改めて、これから宜しくお願いします」
「――はい、こちらこそ宜しくお願いします」
こうして俺達は、暫くそのまま抱き合った。
沈む夕日に照らされた二人の影は、一つに重なり大きく伸びていた――。
「――それじゃあ、早速彼女として、一つお願いをしてもいいでしょうか?」
「うん、何かな?」
「良かったらこのあと、一緒にケンちゃんのお散歩しませんか?」
何を言われるのかと思えば、それは今までと変わらないお願い事だった。
でもそんな、付き合ったからといって何が変わるわけでもなく、変わらず有栖川さんの近くにいられる事が嬉しかった。
だから俺は、そんな有栖川さんの提案に微笑みながら、これまで通り「勿論!」と返事をしたのであった。
良かったね、二人とも。