第30話「お願い」
きっと誰もが羨むであろう、有栖川さんの写った一枚の写真。
それが俺のスマホに保存されているのだと思うだけで、まるで秘密の宝物を手に入れたような気持ちになってくる。
続けて橘さんから送られてきた『どう? うちらの画像なんて、超絶貴重だからね! 持ってる男子なんて、一色くんだけだから取り扱い要注意!』というメッセージは、きっとふざけ半分で送ってきたのであろうが、俺達一般男子からしたら正しくその通り以外の何物でもないのであった。
もし俺がこんな画像を持っている事が知れたら……うん、絶対に嫉妬と羨望で凄い事になるのが容易に想像できるな。
それ程までに、やはりこの画像に秘められたパワーは計り知れないのであった。
ちなみに有栖川さんはというと、画像を送られた事に最初は恥ずかしがっていたのだが、俺からのリップサービスを装った『たしかに! 二人とも可愛いから気を付けないとだね!』というマジレスに機嫌を良くしてくれたようで、どうやら俺がこの画像を見た事は許されたようである。
ピコン
すると、再びスマホから通知音が鳴る。
そしてそれは、グループチャットではなく有栖川さんから個別で送られてきたメッセージであった。
『大変申し訳ないのですが、ご相談がありまして……』
相談? 何だろうと思いつつ、俺はすぐに『どうかした?』と返信する。
『はい、そのですね、もう十九時手前なんですよね』
『そうだね』
『その、一色くんも夕飯時だと思うし、外はもう暗いのですが……その、もし良ければケンちゃんの散歩に付き合って頂けないかなと思いまして……』
畏まって一体何事かと思えば、その頼み事とは有栖川さんが飼っている犬の散歩に付き合って欲しいという頼み事だった。
当然、これまでの自分なら答えは即答でノーである。
理由は勿論、犬だからだ。
これまでずっとトラウマになっていた犬との散歩なんて、考えただけでも身震いする程無理だった。
けれど、今の俺はケンちゃんなら大丈夫なのである。
なんなら、よく見れば可愛いケンちゃんにまた会いたいまである俺は、そんな有栖川さんのお願い事に返事を返す。
『成る程ね、橘さん達と寄り道した結果、いつもより帰るのが遅くなって日が暮れたと。で、おばあちゃんから俺が一緒じゃなきゃ散歩の許可が出ないとかそんなところかな?』
『凄い一色くん! エスパーだったんですか!?』
どうやらビンゴだったようだ。
そう言えば、昨日も寄り道しているから、きっと二日連続でケンちゃんの散歩が出来ていないのだろう。
だから、俺にお願いしてまでも何とか散歩に連れて行きたいと。
『別にエスパーじゃないけど、まぁそれぐらいならいいよ。それじゃあ家まで行けばいい?』
『いいんですか!? 嬉しいです! はい、玄関のところでケンちゃんと待ってます!!』
まぁ、こんな風に喜んでくれるなら、散歩ぐらいいくらでも付き合うっていうか、正直に言えばむしろ行きたいぐらいだった。
そんなこんなで、こうして俺はさっきまでスマホ越しに見ていた有栖川さんに、これから直接会う事になったのであった。
◇
歩いて十分ちょっとの距離にある有栖川さん家についた俺は、玄関の前へと向かう。
するとそこには、石畳のところでしゃがみながらケンちゃんと楽しそうに遊んでいる有栖川さんの姿があった。
服装は制服ではなく俺と同じパーカー姿で、そんなラフな格好をした有栖川さんの姿に俺は思わず目を奪われてしまう。
「あっ! 一色くんっ! 良かったねケンちゃん! これでお散歩出来るよ!」
「キャンキャーン!」
そして俺が到着した事に気付いた有栖川さんは、まるで蕾が花開くようにそれはもう満面の笑みで出迎えてくれたのであった。
「あ、ちょっと待ってて! すぐにおばあちゃんに言ってくるね!」
これで散歩に行けると、早速おばあちゃんに報告しに行く有栖川さん。
そして残された俺とケンちゃんだが、やはりケンちゃんは俺を見るなり駆け寄ってきた。
だから俺は、そんなケンちゃんに驚く――事はもうなく、駆け寄ってきたケンちゃんの頭を撫でながら有栖川さんの戻りを待つ事にした。
――ヤバイ、可愛い……
我ながら現金なものだとは思うが、あれ程苦手だったくせにこうしていざ触れ合ってみると、ケンちゃんがめちゃくちゃ可愛いく思えてしまうのであった。
嬉しそうに丸っこい尻尾をブンブン振りながら、遊んで欲しそうにじゃれ付いてくるその愛くるしい姿は、正しくプライスレスなのであった。
「オッケー頂きました! うふふ、もうケンちゃんと一色くんはすっかりお友達ですね♪」
そして戻ってきた有栖川さんは、俺とケンちゃんの姿を見て嬉しそうに微笑んでいるのであった。
そんな、スマホの画像ではなく本物の有栖川さんの可憐な微笑みを前に、俺はもう簡単にドキドキさせられてしまうのであった。
幸せな空間ですね。
こんなお願い事なら、無条件で引き受けちゃいますよねw
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