第27話「居眠り」
体育が終わり、三限の授業が開始された。
三限の授業は歴史で、体育の後にこの授業は有栖川さんじゃなくても眠くなりそうだなと、俺は気合を入れ直した。
ちなみに隣の席の有栖川さんはと言うと、中々器用な事をしていた。
それは、いつもの無表情を浮かべているのだが、何故かその目をそっと閉じているのであった。
その様は、まるで精神統一をしているような研ぎ澄まされた雰囲気を放っており、ただ瞳を閉じているだけだというのにどこまでも美しかった。
――でもこれ、もしかして……いや、まさかな……
しかし、そんな有栖川さんに対して俺の中で一つの疑念が生まれる――。
それは自分の中でも半信半疑ではあったため、その疑念を確認すべく俺は一度咳払いをしてみる。
すると、隣の席の有栖川さんの閉じていた目がパチリと見開かれると、顔は前を向いたまま視線のみこちらに向けられる。
そして、咳払いが別に何でも無い事を確認すると、再び視線は前へと向けられ、そしてまたそっと瞳は閉じられたのであった。
そんな有栖川さんの様子を見ながら、俺は自分の中に生まれた疑念は確信へと変わる――。
――うん、これ絶対寝てるわ
そう、有栖川さんは決して精神統一をしているわけではなく、ただ単に居眠りをしているだけなのであった。
一限の時の有栖川さんは、頭をコクコクと揺らしながら明らかに眠たそうにしていた。
しかし、今の有栖川さんはスンッと研ぎ澄まされたように無表情で静かに目を閉じており、その様子は大違いなのであった。
そして、そんな違いを生み出している理由はたった一つだった。
それは、起き続ける覚悟を決めた者と、諦めて眠る事を選んだ者の覚悟の差である。
言うまでも無く、今の有栖川さんはその後者だ。
もう完全に起きている事を諦めたうえで、授業中に居眠りをする腹を括っているのであった。
自分で言うのもなんだが、こんな真実に気が付くのは恐らくこのクラスでも俺ぐらいだろう。
そんな、有栖川さんが大胆にも堂々と居眠りを決め込んでいる事に気付いてしまった俺は、思わず吹き出しそうになってしまう。
本当に、有栖川さんという人は凄いな。
この圧倒的とも言える美貌の裏に、こんなにも人間味溢れる個性まで持ち合わせているのだから。
きっとこれまでも、俺も皆と同じく気が付く事が無かっただけで、こっそりこんな行動を色々と繰り返していたのだろう。
そう思うと、クラスメイトにこんな事思うのもどうかと思うが、めちゃくちゃ可愛く思えて来てしまう。
そして、有栖川さんは一体どれだけの引き出しを持っているのだろうと思うだけで、そこには興味しかなくワクワクしてきてしまう自分がいた。
しかし、とりあえず今はこの場を何とかすべきだろうと思った俺は、再び咳払いをしてみる。
すると、もう俺の咳払いに意味が無い事はさっき確認出来ているとばかりに反応しない有栖川さんは、スンッと居眠りを続けていた。
だから俺は、有栖川さんが目を開けるまで咳ばらいを続けてみた。
すると、ここまでしたら流石に有栖川さんもおかしい事に気付いたのだろう。
研ぎ澄まされたその無表情の中に、若干の焦りの色が現れているのを俺は見逃さなかった。
だから俺は、ダメ押しとばかりにもう一度咳払いをする。
今度は強めに咳払いをしてみせた事で、観念した有栖川さんはようやくその目を開いた。
そして、それからどうするのかと思いその様子を見守っていると、有栖川さんは予想外の行動に出た。
てっきり俺は、慌てて寝てないアピールをしてくるか、いっその事謝ってくるかの二択だと思っていたのだ。
しかし有栖川さんは、スッと目を見開くと、なんとそのまま何事も無かったかのように教科書を開いて授業を聞き出したのである。
そう、なんと有栖川さん。
完全に居眠りを無かった事にしようとしているのであった。
流石に驚いた俺は、どう反応したら良いのか分からなかった。
ここまで自然と居眠りを無かった事にする有栖川さんに、俺は注意すべきかこのまま見過ごすべきなのか、もうその判断すら出来なくなってしまったのだ。
そして、無事無かった事にすることに成功したと思ったのであろう有栖川さんは、ダメ押しとばかりに俺にだけ聞こえる声でそっと呟く。
「――よーし、精神統一完了っと」
「うぷっ!」
その一言に、俺は文字通り吹き出してしまう。
そのまま黙っていればまだ良かったものの、その一言は完全に蛇足だったのだ。
だから俺は、そんな詰めの甘い有栖川さんにだけ聞こえる声で呟き返す。
「――いや、寝てたでしょ」
「へっ!?」
そんな核心を突く俺の一言に、完全に油断をしていた有栖川さんの無表情は秒で崩れた――。
そして、上手く誤魔化せたと思っていたであろう有栖川さんは、露骨に焦り出すと恐る恐るこちらに顔を向けてくる。
だから俺は、そんな有栖川さんにもう一度同じ言葉を呟く。
「寝てたよね」
「……はい、ごめんなさい」
こうして、居眠りがバレた事をようやく認めた有栖川さんは、素直に観念したのであった。
眠たかったんだねw
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