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第9話 いつか、絶対に



(…………この光景、どっかで見たな)


 シオンの両手を押さえ、強引に押し倒す格好。

 誰かに見られれば誤解必須な状況で、省吾は激しいデジャブに襲われていた。


(何だこの違和感、何かがあの時と違うっていうか。あの時が何かがそもそも分からな――――あ)


 途端、脳裏に走るフラッシュバック。

 そう、これは省吾としては初めてでありティムとしては二回目。


「…………お前、結構成長したんだな」


「――――――ぁ」


 目を丸くするシオンは、そのまま黙って省吾をまじまじと注視する。

 一方で彼は思い出に耽り、正確にはティムとしての記憶が暴れ出す。


『たかが数十年も生きていないニンゲンに遅れを取るとは――――くっ、殺せ。我は辱めを受けんっ!!』


『いきなり襲ってきて、今度は殺せって? ダークエルフって皆そうなのかい?』


 彼女がまだシオンと名乗る前、ティーサという愛称で呼ばれる更に前の。

 出会った直後の話。

 領主の命により、近隣の森の異変を調査しに来たティムに彼女は木の上から奇襲をかけ。


(いや普通は無理ゲーだろ。ティムは完全に油断してた上に、完全に気配を殺した上空からの奇襲を直前に察知して見てから反応余裕でしたとか)


 当時の騎士として平均的な鉄の剣、切り裂く為ではなく叩き潰す為の剣で。

 当時としては最高級のミスリルで作られた魔法剣を、苦もなく切り落とすとか。


(懐かしい……、いや俺がやった事じゃねぇけどさ)


 ティムと省吾は別人だ、あくまで記憶を引き継いでいるだけの違う人間。

 だというのに、何故こんなにも懐かしく思うのだろう。


「嗚呼、そうだ……前はもっと幼かったな。それにお前は人間を見下して、口調も偉そうだった」


 だから、シオンとしての彼女を見たとき確信が持てなかったのだ。

 記憶の中のティーサとは、幼き蛮族の戦士という印象からは正反対の。

 どこにでも居るような、明るい性格のシオンは面影以外結びつかなくて。


(だから、俺は何も言わない事にしたんだ)


 もう子供扱いできないなティーサ、ティムとしての言葉が喉まで出掛かる。

 君は女の子として、違うな……もう大人の女性として扱うべきかな? 省吾の中のティムが彼女の頭を優しく撫でようとする。

 ――――素直に口に出せれば、どんなに楽だろうか。


「…………」


「…………」


 シオンの静かな視線が省吾を射抜く、彼は強い郷愁に耐え彼女を見る。

 笑顔は無い、言葉を発する事も無い。

 静寂の中、ただ疑問に思う。


(俺は――コイツに何かを返せるのか?)


 勝手に期待して探し続けて、でも嫌だとはどうしても思えなくて。

 むしろ、今の省吾との結婚を続けようとする意志が。

 聖婚という彼女の献身と狂愛に、一種の安堵すら覚えていた。


(前世の記憶ある事を否定されなくて、俺がティムだった事を否定されなくて、ほっとしたんだ。……今まで誰にも言えなかったから)


 それは救いだった、省吾にとって望外の、絶対に叶うことの無いと諦めていた願い。

 奇しくも、シオンも同じで。


(ありがとう省吾さん、私を拒絶しないでくれて)


 長い、本当に長い間を探し回って。

 気づいていた、生まれ変わった彼を探す事そのものが生きる目的で。


(諦めていたんです、省吾さんが担任として現れた時も生まれ変わりだって確信していた訳じゃないんですよ私は…………)


 行き場を喪った愛を抱えて、いつ終わるともしれない度を続けて。

 エルフ種の、ダークエルフの、それも始祖の直系であるシオンの寿命は気が遠くなる程に長い。

 六大英雄の半数は彼の様に、人間の様に短命で。


(怒りんぼのカティも、無口なゲルドも、いつも微笑んでたロテクも。人嫌いのホルワイトだって百年前に死んでしまった)


 シオンの様に長寿種であった者も、……あれから一五三〇年が経った。

 同じエルフ種でも曾孫の代に移っている、彼女と共に旅をした仲間はもう生きてはいない。

 だから。


(本当はもう、顔すら思い出せなくて)


 想いだけが、いつまでもいつまでも色褪せずに残って燃え続けて。

 そうして、再会するという夢を見たまま永劫に近い時を生きて死ぬのだと思っていた。


(嬉しかったんです。省吾さんが私に気づいていた事が、何より嬉しい事だったの)


 シオンという偽名を使っていたのは、六大英雄である事を隠す為じゃない。

 いつか、ティーサと再び呼ばれる日まで誰にも呼ばせたくなかったからだ。


(あの日、何かに導かれる様に病院に行ったんです。幸せそうに微笑みあう夫婦を見て。気紛れに観察していただけなんです)


 もしかしたら、これから産まれるその子がティムではないかと自分でも信じていない直感に従って。

 見守ってきた、時に目の前に現れ、大半を陰から逃避するように見守ってきた。

 いつの日か、また違ったと落胆する事を期待して。


(でも、違ったんです。違ったんですよ省吾さん……)


 何気ない仕草の一つ一つが、こんなにも違うのに重なって見えた。

 彼が成長するにつれ、それが大きくなって。

 大学でセレンディアの歴史を学び始めた時は、そうではないかという疑惑が大きくなり。


(それでも、私は確信が持てなかったんです。――期待が落胆に変わるのが怖くて確かめる事が出来なかった)


 こんなに自分が恐がりだとは、露ほどにも思わなかったのだ。

 だから入学してから丸一年、側に居たのに生徒と教師でしかなく。

 酔っていなければ結婚という手段は取らなかっただろう。


(あの夜、泥酔した省吾さんが私をティーサと呼ばなければ)


 聞き間違いだと思った、彼はセレンディア史を学んでいた筈だし本当の名前を、愛称を知っている可能性が高かったから。

 でも、響きが同じだったのだ。

 ティーサと呼んだ優しげな声色が、ティムと同じだったのだ。


(勢いのままに私は賭けた、そして勝ったんです。…………ねぇ省吾さん、私は――)


 これ以上は、望んでは駄目だ。

 気持ちが今以上に押さえきれなくなり、取り返しがつかなくなる前に、省吾の意志を無視して閉じこめてしまう前に。

 幸せだから、幸せになって欲しいから離れるべきだと理性は言うのに……体は衝動のままに突き進んでしまう。


「……」


「……」


 見つめ合う二人に、笑顔は無い。

 シオンは神の審判を待つように、省吾は言葉を探して無言。

 やがて彼は難しい顔でシオンの上から退き、右手を差しだし起きる様に促した。


「…………話をすっぞ」


「分かりました、どんな話でも私は受け入れます」


「…………(じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ)」


「…………?」


「…………(じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ)」


「…………あ、あの? 省吾さん?」


 本気の別れを切り出される事を覚悟していたシオンは、とても戸惑った。

 何故ならば、話し合うと言った張本人が穴があきそうな程に見つめ黙り込んだままだったからだ。


(何で俺は話すとか言ったんだよッ!! 何を話して良いか分からねぇええええええええええッ!!)


「そんなに見られると……ううっ、ちょっと恥ずかしいんですがっ?」


(そもそも議題は何だ? 何を解決するつもりで俺は言い出したんだ? 何に困って、何をしたいんだ?)


「省吾さん省吾さん? 聞こえてますか? もしかしてこういうプレイをしてます? 新手の羞恥責めでもしてるんです?」


(焦るな俺、冷静に考えろ。……そうだ、コイツの愛情が重いのが問題なんだよッ)


「反応してくださいよぉ、ううっ、恥ずか――って顔近っ!? なんでそんなに近いんですかっ!?」


 ちょっと視線を反らした隙に、省吾は鼻息がかかる程にシオンに接近して。

 無論、彼としては無意識の行動であるが、彼女としてはたまったものではない。


(本当に成長したよなコイツ、昔はペッタンコだった胸が巨乳になってるし。長い髪だって俺とティム両方が好みだ。ダークエルフだから当たり前だけど褐色なのもアリだな、腰はくびれてケツも良い感じ、太股もむっちりなのもポイント高い…………あれ? なんで拒絶してんだ俺? いや確かに好みとは違うけどさ)


「ちょっと省吾さんっ!? 実は聞いてるでしょ省吾さんっ!? 顎を掴んで顔を固定する癖にキスすらしてくれないんですっ!?」


(前世から一途なんだよなぁ……、独占欲が高いのも、それを押さえようとしてるのも良い女だよな)


「~~~~っ!! ばかっ、ばかばかばか省吾さんのばかっ!!」


 シオンの様子に気づかずに、省吾は更に考え込む。

 もう少しで、何かの答えが出る気がするのだ。


(ふぅむ、こんな男の夢を詰め込んだ様な女と俺は結婚したんだよな。教師と生徒であるからして、やっぱり卒業するまである程度の線引きは必要として)


 だが。


(とはいえ、だ。それは俺の都合、コイツはおっそろしい時間を待ってた訳だし。どこかで譲歩しないと今みたいに爆発するよなぁ)


 ならば。


(つーまーりー、だ。心の支えが、もちっと夫婦らしく証拠があれば多少は落ち着くってもんか)


 良くも悪くも省吾は俗物で凡人だ、例え一七〇〇歳の超だとしてもシオンの様な(見た目)美少女を今更逃すつもりは無い。

 それどころか、最後の最後まで寄り添ってもいいとすら考えている。

 だが、そこに踏み込むのには恋愛経験の無い童貞としては決意の必要な事で。


(――――そうだな、これぐらいでコイツの想いに返せる訳でもないし、今は愛していないけど好意はあるし)


 透き通った水を飲むように、するっと省吾は決意した。

 夫婦として、自分の意志で踏み出す事を。

 最初は確かに勢いだった、そして彼女の押しに負けて一週間ほど夫婦として過ごした。


(でもこれからは、俺の意志でコイツと共に居るんだ。なし崩しで押されるがままじゃなくて。――今、俺がコイツと過ごす事を選んだんだ)


 省吾はシオンを解放してすくっと立ち上がると、ぶっきらぼうに口を開く。


「おい、結婚指輪買いに行くぞ。生憎とそんなに貯金は無いから高いモンは買えねぇけどな」


「――――え?」


「とっとと出掛ける準備しろ、……そういや結婚指輪って何処で買えるんだ? 宝石店? アクセサリーショップか? まぁいいや、取りあえず駅前に行きながら検索するぞ、お前も調べとけ」


 そう言って着替え始めた省吾に、シオンは驚きの余り大口を開けてフリーズ。


「どうした? もしかして必要無かったか?」


「~~~~っ!? いいえっ、欲しいっ! 欲しいです結婚指輪っ!! 行きます行きます買いに行きましょう省吾さんっ! 大・大・大・大好きですーーっ!!」


「おわッ!? いきなり飛びつくんじゃねぇッ!?」


「えへっ、えへへ~~、これが最後のチャンスだったんですからねっ、もう離しませんよ省吾さんっ!!」


 報われた、そしてその先があった。

 シオンの胸は歓喜に溢れ、その目尻に溢れた涙を隠すように省吾の胸板に顔を押しつけ。

 彼はその事に気づいていたが、気づかないフリをして優しく彼女を抱きしめた。





 そして次の日の朝である、クラスメイト達は幸福オーラと共に上機嫌過ぎるシオンにどよめき。

 彼女の視線の先、左手の薬指の指輪の存在に納得と安堵を覚えた。


「ふふふーー、気になります? 気になるでしょうっ、ええ、聞かれなくても答えますっ! そうっ! 浅野センセが結婚指輪をくれたんですっ! いやぁこんな事もあろうかとドワーフ族から彫金の方法とか、魔法で金属を加工するやり方を習っていて正解でしたねっ! 普通だったら早くても一ヶ月かかる所ですが……、あっ、その前にですね省吾さんったら夫としての――――」


 るんるんと怒濤の勢いで語り始めるシオンに、誰もが苦笑しながら祝福ムード。

 女子達は一気にシオンに群がり、男子達は省吾の男気を称え始め。

 そんな中、一人の男子生徒がそっとクラスを抜け出して。

 それを切なそうに見ていたヴァルキリー族の女生徒は、決意に満ちた視線をシオンに向けたのだった。




序盤の区切りなのでここまで投稿しときます。

明日からは一日一話の予定です。



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