第10話 鞄の中も机の中も
(一件落着……って言いたいが、犯人は多分アイツだよなぁ。証拠は無いし、どーしたものか)
朝のホームルーム前、省吾は職員室の自分の席で悩んでいた。
――なお、彼の左手の薬指に気づいた同僚達の視線には気づいていない。
今は、それどころでは無いからだ。
(勝手に捨てたか、それとも他の目的があって盗んだか。……俺のパンツ、何処に行ったんだよ)
突然の結婚、前世からの関係、シオンとの問題はひとまずの決着がついた。
すると、今までうっすらと感じていた違和感に気づくというもの。
そう、省吾のボクサーブリーフの数が合わないのである。
(可能性は三つ、いや四つか)
あの、泥酔した夜に間違って捨てた。
なにせ家に帰ってからの記憶がかなり飛び飛び、わざわざ再び出掛けて結婚届を出すという奇行をしている以上かなり自信が無い。
(ちッ、記憶が無いのがここでも響くのかッ)
或いは、シオンの目から見て汚かったから捨てた。
押し掛け妻、通い妻、その表現に正しくシオンは省吾の部屋の家事洗濯の権を完全に握っている。
(……俺もう、その辺り完全に依存してないか? 帰ったら暖かい飯が用意されてないとか想像できねぇ)
そして地味に嫌なパターン、泥棒に入られた可能性だ。
こうなってくると、貴重品を確認しなければならないし。
独身男性として平均的にだらしがなく汚かった部屋は、シオンの手によって整理整頓清潔に保たれている。
正直、把握が難しいかもしれない。
(これが一番嫌だなぁ……俺、どんな顔をして聞けばいいんだよッ!?)
最低最悪の可能性、つまりシオンが己の欲求に従い省吾の下着を隠し持っているという事だ。
下手につっつけば、どんな爆弾が飛び出すか分からない。
というか男が女の下着を求めるのは理解できる、だがその逆はあり得るのだろうか?
「…………儘ならん」
ぼそりと呟いた瞬間であった、職員室に入ってきた男子生徒がまっすぐに省吾の席へ向かって来て。
「よぉ、珍しいな千屋。お前が職員室に来るなんて」
「おっはよーございます浅野センセ! いやオレも来たくなかったんだけどさ、ホラ、オレってばチャラ系だし?」
「と言いつつ、校則の範囲内でチャラくしてるのはポイント高いぞ隠れ優等生」
「ちょっとちょっと~~、浅野センセってばオレのイメージ崩さないでくださいよ。モテモテチャラ男は、おバカって感じなのが適度に女子受けする秘訣なんすから」
千屋羅王、彼は省吾の受け持ちである2ーCの生徒の一人であり。
自称モテモテチャラ男、金髪に染めた髪に耳にはピアス、メンズメイクは欠かさずに。
髑髏のネックレスを日替わりで付けてくる程、お気に入りである。
「んでさぁセンセ、最近シオンちゃんと結婚して変わったじゃん? 今まで冴えない給料ドロボーっぽい印象で頼りなかったけど、今なら良い意味で親しみやすいってゆーか、ちょっと相談があるって感じ?」
「お前も言うなぁ、いや正しい評価だからいいけどよ。んで何したよ? 恋人孕ませたとかなら、流石に有耶無耶にできんぞ?」
「センセのオレの評価っ!? いやチャラ男だからそれで良いような……やっぱ良くないって、これでもオレ一途なんすよ? そりゃあ、いつも良い友達どまりで恋人出来たコトないっすけど……」
「千屋はファッションチャラ男だからなぁ、じゃあ何だ? 志望校の相談か? それともイジメか?」
すると彼は難しい顔をして、周りを気にしながら小さな声で答えた。
「…………実は、オレの体操服が体育の度に新品になってんすよ。怖くありません?」
「え、何だそれ? お前の見間違いとかじゃなく?」
「間違えるワケ無いっすよ、だって新品になってるって言っても明らかにクオリティ微妙な手作りに変わってるんすから。今はジャージで誤魔化してますけど夏になったらジャージは厳しいじゃん? だから相談に来たんだよセンセ」
「これまた、難しい問題が来たなぁ……」
千屋の話が本当なら、窃盗事件として通報まである。
というか、それが最適解である可能性が高い。
だがここは高校だ、外部犯であるならともかく。
「――――確認だ千屋、他に被害者は居るか?」
「それがぜーんぜん、クラスの奴らにもさり気なく聞いてみましたがお手上げっす」
「内部犯、千屋に特別な想いを持ってるヤツの犯行。そう考えた訳だな?」
「そうっす。正直な話ちょっと気味が悪いぐらいで、新品に変わってるならオレの懐も痛まないんで放置しても良いんすが……」
「成程、お前も大変だなぁ……。実は俺も――――ん?」
途端、省吾の顔が引き締まった。
思い当たる節がある、それも盛大に、身近に、もはや確信してしまう程の。
「いやセンセ? 気になる所で切らないで欲しいっすよ? まさかセンセも何か盗まれたんです?」
「ああ、俺は家の中でだが。ちょっと待て、待て待て待て、いやこれは、……だが可能性は、しかしなぁ」
パンツが無くなっている省吾、新品に変わる千屋の体操着。
そして此処は学校、人だけではない異種族も通う学び舎である。
更に、異種族には共通する特徴があって。
「――――もしかしたら犯人が分かるかもしれない、千屋お前今日の体育の時間は休め、ただし普段通りに着替えろ。体育の大黒先生には俺が言っとく」
「張り込みっすね! 皆と一緒にグランドに行って、始まる前に教室に戻って隠れる。そういうコトっすね!!」
「そういう事だ、……必ず犯人を捕まえるぞ」
教師と生徒、二人が闘志に燃えている一方。
くねくね惚気モードのシオンは、クラスメイトであるヴァルキリー族、ピトニア・ミュート氏族に話があると廊下の窓際へ。
「何です話って? あっ、もしかして夫婦仲良くの秘訣とか? 良いですよ何でも話しちゃいますよぉ!!」
「いいえシオン様、そちらの話ではなく我の個人的な悩みについて助言が欲しいのです。六大英雄であり、エルフ種の中でも特に長生きし歴史を見守っており、この度は目出度くもご結婚してますます女性として美しさをました幸せ者のシオン様の助けが欲しいのです」
「んー、気になる言い方がありましたが。ゴホンっ、そこまで言うなら、この新婚ほやほやの幸せ奥さんである私がっ、何でも解決しちゃいましょう!!」
ヴァルキリー族、セレンディアの異種族の中でも神に近い存在であり。
この地球にも、様々な伝承の中に姿を残している種族。
勇ましさと熱烈な愛情が特徴的な、ぱっと見は堅苦しい感じのする彼女達ではあるが。
「しかし珍しいですね、私程じゃありませんが貴方達も魔法に優れた種族。種族全体が家族で相談相手に困らないのに……?」
「――単刀直入に申し上げます、我は密かに慕っている殿方がおりまして」
「恋バナっ!? 恋バナなんですねっ!?」
「最近ではとうとう想いを押さえる事が出来なくなって、こっそり体操着を新品と入れ替えて持ち帰っているのですが。それがどうやら気づかれている気配がするのです」
「………………あー、それはまた悩ましい問題ですねぇ」
澄ました顔で述べるセーラー服金髪美女に、シオンは困った顔を向けた。
彼女もシオンと同じく、成人入学組である故に格好だけ見れば倒錯的な印象があるが。
ピトニアのしている事は、普通に犯罪だ。
(とはいえ、気持ちは分かると言いますか。これセレンディア異種族の共通の問題ですもんねぇ……私も我慢出来ているワケじゃありませんし)
そういえば、己もついついやらかしてしまっている。
気づかれていなければ良いが、気づかれる前に同じ物を用意して誤魔化す必要があるが。
とはいえ今はピトニアの問題だ、同じ世界の出身、そして同じ恋する乙女。
「――――やってしまったコトは仕方ありません。この手の問題は解決が困難なので、取りあえず現状をなんとかするコトから始めましょうっ!」
「と言うと? 我はどのように行動すれば良いでしょうか。気を抜けば彼の体操着をクンカクンカしてしまうのですが」
「その衝動は今日だけ私が何とかします、今は急いで盗んだ体操着を持ってきてください。こっそり元に戻すのです。貴女の恋のアプローチはそれからですっ!!」
「――――心強い、了解しましたシオン様。早速家に戻って持ってきます!!」
そうして、三時限目の体育の時間である。
省吾と千屋は、それぞれ教卓と掃除用具ロッカーに隠れ。
静かな教室の扉が、音を立てないように慎重に開かれ。
千屋の机の向かう足音、省吾のスマホに監視役の千屋から連絡が入る、今だ。
「そこまでだッ!! お前の犯行はバレ「くっ、先手を打たれ――」
「…………」
「…………」
交わる視線。続き硬直。そして。
「何でテメェがピトニアと一緒に居るんだよッ!!」
「そういう省吾さんこそ千屋くんと一緒に――っ!?」
「ピトニアさん?」「千屋様ッ?」
省吾と同じタイミングで飛び出たは良いが、硬直する千屋。
シオンの後ろで、澄まし顔のまま青くなり固まるピトニア。
そしてお互いに指を指す、省吾とシオン。
教室に、もの凄く困惑した空気が流れた。




