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僕と彼女のホワイトクリスマス

作者: 須場高志

 ある寒い、とても寒かった雪の降り積もる冬の日。空はどこまでも透き通っていた。

 そんな日の朝、僕は朝付けたテレビで知らない女学生の訃報を耳にした。

 訃報が舞い込んだ女生徒の学校は僕と同じ学校で、僕にとっても縁遠い話ではなかったのだけれど、でもしかし、僕にとってはなんでも打ち明けることのできるいい友人がいたので、そんなこと、初めて人の死を身近に感じたなんて感覚なんてどうとでも処理できると、そう思っていた。

 僕の友人は名無しだ。僕はその人の顔も名前も何もかもを知らない。僕が知っていることいったら同じ学校に通う人間であるということと、女性であるということだけだった。もう一つは親との確執があるということだったが、こんなことは追求すべき事柄ではないだろう。

 僕らは文通でのみで会話する秘密の友人だった。

 学校の裏庭に面する百葉箱の中に、赤色の靴下の中に手紙を入れて受け渡しをする。そういう関係性だった。

 朝、登校途中で家の塀を歩く三毛猫を見た。その三毛猫が捨てられていた招き猫と同じポーズをとっていてかわいかった、とか。

 昼、購買部の方で、濃厚煮干しラーメンという企画麺が追加されていた。これがこってりなのかと思いきや、割合さっぱりでおいしかった。食べてみてよ、とか。

 帰り、夕方、西に沈むオレンジの太陽の横をカラスが横切ったかと思えば、通り道の寺で止まって、墓の前で鳴いたり、道角で黒猫にぶつかりそうになったり、なぜだか一軒だけ洋風の家の前で、バイオリンの音色が奏でられたり、別に変なことはなかったんだけど、なぜだか怖かった、とか。

 そんな些細な会話ばかりをしていた。

 でもあるとき、彼女の方から、条例を無視して会いたいと言い出した。

 文通友達にとって、会わないことは、ある意味禁則のようなモノ。

 僕は断固拒否した。

 ここで、これまで築き上げてきた関係を崩したくはないからと。

 それでも、彼女は聞かなかった。

 もう、止まらなかった。

 約束の時間が成立してしまった。

 それは、ある寒い日の早朝であった。

 約束の場所は、学校の百葉箱の前。いつもの時間、いつもの場所、いつもの感覚で、僕はそこに訪れる予定だった。

 でもしかし、それはなされなかった。

 事件が起こったから。女生徒が自殺をするという事件が起こったから。

 翌日、体育館で行われた全校集会で、小南誠、という女生徒がお亡くなりになったという報せと黙祷が彼女にはささげられた。

 僕はそれでも、やはり関係のなかった人が亡くなっただけだから、悲しい事件ではあったけれど、どうでもいい話だと思っていた。

 しかし、僕はそのことを、そう思っていたことを死ぬほど後悔した。

 その後、あの白い百葉箱に、赤色の靴下が手紙とともに投げ込まれることは一度としてなかった。それはどういうことか、言わずともわかるでしょう。

 彼女は旅立った。

 僕の親友は小南誠であったということだ。

 僕は泣いた。

 悲しかったのだ。純粋に悔やまれたのだ。

 僕は罪滅ぼしのつもりで、いや僕に罪があったのか、何をしていれば彼女は死ななくてすんだのか、後日談となってしまった今となっても良くは分かっていないけれど。とにかく僕は身体が、感情が動くままに紙の上にペンを走らせた。10枚を超える枚数に手紙はなってしまった。

 流されるがまま。状況に振り回されるがまま。

 僕は思い出の百葉箱の扉をゆっくりと開いた。

 中は空、そのはずだった。

 もう事件からは一月が経っている。これまでの文通の交換は三日に一度くらいのペースだった。実際、少なからず二週間は中身はなかった。

 しかし、ある。

 これは、彼女の意地の悪い悪戯だろうか。

 遺書なのだろうか。

 彼女の両親が届けてくれたモノなのだろうか。

 僕は自分の手紙をひとまず置いて、赤い靴下から、一枚の手紙を取り出した。

 中身は『白紙』、空、なのだった。


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