六話 ヒロイン②
艶のある紺色のロングヘアー、すらっと背が高く、サイズも大きい。そして何より目が行くのは腰に差さっている竹刀だ。
「君たちはこんな所で堂々と猥談をしてるのかい?」
この女子生徒は……間違いない!
「ト、トップ先輩……」
「おや?新入生でその名を知ってるなんて、私も随分と有名になったものだな」
「知ってるのか、直之?」
この人はサクラユメのヒロインの一人、『一番合戦沙耶』先輩だ。
風紀委員会に所属している二年生で、主人公らとは大体こんな感じに関わる事が多い。
剣道部の主将でもあり、いざというときは男子よりも頼りになる先輩で、女子にモテモテなのだ。
こんな風にいつも竹刀を持ち歩いており、風気を乱す者にはそれで指導が入るとの噂だが、実際にそんな事はなく「世の中物騒だから」との理由で持ち歩いているだけだ。
実家にはガチな日本刀もあるらしく、最初はそれを持ち歩こうとしたとか。
沙耶√に入るとその竹刀でDQNやひったくり犯を撃退するシーンがあり、腕っぷしだけなら学園最強とも言われる。
そんな彼女なので名前と掛け合わせて『トップ』というあだ名が付けられている。
物語後半では今まで性というものに関わってこなかったせいで、オ○ニーをした事がない事が判明し、主人公に見られながら初めての絶頂を迎えるという羞恥プレイが見られる。
男をこんなにも好きになったのは君が初めてだと言われながらエッチするシーンは中々に興奮したな。
ちなみに耳が弱い。
「紹介が遅れたな。私は一番合戦沙耶、二年生で風紀委員に所属する者だ。君たちはここで何をしているんだい?」
「いや……その……」
「ふむ、何やらピンク髪の女子生徒が『あの変態二人組が!』と騒いでいたのだが……」
木ノ下桜ァ!!
「な、何もしてないっすよ!」
「ただ俺たちは話をしてただけで……」
「確かにその通りだったが、こんな人通りの多い所で、エッチな話はダメだぞ」
ヒュンと風を切る音が聞こえたと思ったら、目の前に竹刀を突きつけられていた。
「ひえっ!」
「おっと、すまない。つい癖で」
「癖って何ですか!」
冬馬が焦ったように叫ぶ。
この人は棒を振ってないと落ち着かないらしいんだよね。
『卑猥に聞こえるのは主人公の心が汚れているからです』とキャラ紹介に書いてあったな。
「大したことはない。ちょっと棒を振ってないと落ち着かないのでね」
「棒を……」
今、冬馬の心の中では「何か……卑猥な感じに聞こえるのは気のせいだろうか?」と思ってる事だろう。
それはお前の心が汚れているからだ。
「まあ何にせよ、あまり風紀を乱すような行動は慎むように。それじゃあ私はこれで」
そう言って沙耶は去っていった。
「……何だったんだ、あの人」
「噂じゃ、学園最強とからしいぞ」
リアルに相対すると、こんな感じなのだな。
◇
放課後。
「はぁ……」
今日は色んな意味で疲れた。
朝から暴力を振るわれ、授業でもビンタを受け、そして竹刀を突きつけられて、肉体的にも精神的にも疲弊した。
「じゃあ帰ろうぜ、冬馬」
「あー、それなんだけどさ……」
「どうした?」
「実は桜に呼び出されてな、今日は一緒に帰れそうにない」
ああこれはあのイベントだな。
幼い頃によく一緒に遊んでた公園に呼び出されて、思い出に浸るというやつだ。
そして、ここで幼い頃に交わした約束を覚えてるか木ノ下桜が冬馬に問いかけるが、冬馬は覚えておらず木ノ下桜は呆れて帰ろうとしたとき、冬馬はここで呼び止めて「ただいま」を言うのだ。
それで木ノ下桜は照れ隠しで素早く立ち去るが、その時の表情は満面の笑みで「遅いわよ、バカっ」と言ってオープニングが流れる、という一連だ。
「ああ……お前の事は忘れない」
「死にに行く訳じゃねーよ!」
「でもさ、二度ある事は三度あるって言うじゃん?」
「やめろ!不吉な事を言うな!冗談に聞こえねえぞ!」
このイベントでビンタとかされないから安心しろ。
「はいはい、そんじゃまた明日ーーじゃなくて、後でな」
「ああ、また後で」
そう言って冬馬は教室を出て行った。
そんじゃ、俺も帰りますかね。
荷物をまとめて立ち上がり、俺も教室を出ようとした。
「影宮くん!」
「はい?」
唐突に名前を呼ばれ、振り返るとそこには佐渡沙苗が立っていた。
え?え?何、何だよ!
何で急に佐渡沙苗に名前を呼ばれたわけ!?
というか、一体何の用だ!?アレか!?
先週のアレか!?裸を見ちゃったやつで追及されるんですか!?
「な、ななな何でございましょうか。さささ佐渡さ、ん……」
動揺しつつも俺はとりあえず返事をする。
声が震えまくってますね、はい。
「えっと、間違ってたら申し訳ないんだけど……」
そんな俺の様子を気に留めず、佐渡さんは続けて言う。
「一週間くらい前にさ、ユメノデパートの近くにいなかった?」
「へ?」
「そこでね。私、男の人たちに囲まれて乱暴されそうになったの。それを助けてくれたのって……」
「いいえ人違いです!僕はジャケットなんて知りません!これで失礼します!」
「え、あ!待ってーー」
俺はそれだけ言い残して足早に教室から出て行った。
佐渡さんはまだ何か言いたげだったけど、確信を持たれる前に逃げる。
なぜ確信を持ってないと分かるのか、それは佐渡さんは「いなかった?」と聞いてきた。
もし確信していたら「いたよね?」とか、そのあと「助けてくれたよね」とか断定するような言葉が続くはずだ。
それが無かったということは、先週のアレが俺だったという確信を持ってない。ただ似ていると思っただけだろう。
大丈夫、確信を持たれてない以上、追及はこないはずだ。
失言さえしてなきゃ、これ以上は関わる事はないだろう。
大丈夫大丈夫。俺の学園生活は何とか保証された。