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二話 主人公


入学式。それは新たな出会いに胸を膨らませながら、これからの生活を思い描きながら望むイベントだ。


だがしかし、俺には憂鬱なイベントでしかなかった。


一週間前、この世界のキャラにトリップした俺は、攻略ヒロインの一人である佐渡沙苗ちゃんと邂逅したのだが、そのあわれもない姿を目撃してしてしまったのだ。


同じクラスになることが確定しているため、また顔を合わせることになってしまうのだ。


彼女は男嫌いという特徴と、学級委員長という真面目な立ち位置にいるキャラなため、今後の学園生活に多大なる影響を与えることは間違いなかった。


「はぁー」


俺はため息をつきながら自分のクラスを確認する。俺がイレギュラーな行動を取って奇跡が起こり別クラスになることを期待したが、俺の所属するクラスに『佐渡沙苗』という名前があった。


これで今後の学園生活はお先真っ暗です。ありがとうございました。


他にも主人公の名前やその他の攻略ヒロインの名前を確認すると、自身のいる世界が確かにサクラユメであることが確定した。


憂鬱な気分で俺は教室に向かうと、すでに何人かが来ており、その中に『佐渡沙苗』がいた。


「っ!」


教室に入ると佐渡沙苗は俺の方を見て、目を見開いた。


ワンチャン気がつかれないことに期待したが、どうやらそんなことは起きなかったようだ。


俺と目が合うと向こうは気まずそうに目を逸らした。ああ、やはり覚えていらっしゃいますね。


黒板に貼られた自分の席を確認すると、俺は自分の席である窓際の後ろから二番目の席に座る。


そしてこの後ろに、窓際の一番後ろにはサクラユメの主人公が座る席だ。


ようやく主人公とご対面か、仲良くできるだろうか。


そんな心境で俺は主人公がやってくるのを待っていると、次々とクラスメイトたちが席についていき、最後に担任教師と思しき人物が入ってきた。


「さて、みんな揃って……ないみたいね」


ほほう、これは眼福だな。


おそらくクラスの男子生徒の殆どがそう思っているであろう。


なぜなら主人公の所属する担任教師、『入江千夏(いりえちなつ)』先生はサクラユメにおいて攻略ヒロインの一人であるからだ。


思わず目を奪われる麗しい容姿に、艶のある黒のポニーテール。何より特大のスイカが二つはち切れんばかりに主張している。


年上キャラではあるが、彼女もまた人気の高いキャラなのである。


そして設定ではなんと主人公の実の姉で、両親が離婚したことによって名字が変わっており主人公とその幼馴染、あと従姉妹だったか?その辺りのキャラしか知らない衝撃の事実なのである。


俺もゲームやってて驚いたもん。なんせ実の姉弟が恋仲同士になるだなんて思いもしてなかったからな。


「まだ全員、揃ってないけど簡単に自己紹介だけ始めるわね」


そう言って千夏先生から自己紹介を始め、列ごとに自己紹介をしていった。


その後、今後について簡単に説明したあと入学式の行われる体育館へ向かうため、廊下に出ようとした時だった。


「お、遅れました!」


メガネをかけた、黒髪の男子生徒が息を切らして教室に飛び込んできた。


俺を含めクラスの全員がそいつへと注目する。


ああそうだった。確か人助けをしたことで遅刻して来るんだったな。


ようやくご対面だな、サクラユメの主人公『七夜冬馬(しちやとうま)』。


「こら!もう自己紹介は終わってますよ!」


「す、すみません!……え?」


冬馬は目をぱちぱちさせながら千夏先生を見る。


どうやら姉だと気づいたっぽい。


ゲームだとここで「え?なんでアネキがここにいるの?」と心の声が表示されていた。


「何をボーッとしているの?早く席に着きなさい!」


「は、はい!」


冬馬は大慌てで席を確認し、自分の席である俺の後ろの席に座った。


息切れや小さく「なんでアネキが……?」なんて呟きまでもが背中越しに聞こえてきた。


とりあえずここは、話しかけて仲良くなろう。主人公と一緒にいれば、必ずヒロインも付いてくる。


何より主人公といい直之といい、仲の良い男友達はこの二人以外で描写がなかったからな。ボッチで学園生活を送りたくないしな。


それに誰かしらヒロインとお近づきになりたいのなら、まずはコイツと仲良くなっておいて損はない。


ゲームでもスケベ同盟とか意味のわからない同盟を組んでエロイベ起こしてたりしてたからな。


そう思い、後ろの席にいる主人公(七夜冬馬)に話しかけようとしたら、千夏先生が全員に廊下で整列するよう促した。


まあ、ゲームじゃ直之と友達になるシーンはもうちょい先だからな。ここは焦らずゲームに合わせますかね。





「さって、荷物を整理していきますか」


俺は寮の部屋で運び入れた段ボールを開けていた。


入学式は前世でもあったような普通のものだった。


校長や来賓の人の無駄にクソ長い話を聞かされ、そのあと教室に戻り解散した。


本格的に授業が始まるのは明日からなので勉強道具だけ出して、あとはまあ必要に応じて開けていこうか。


「にしても、どの段ボールなんだ?」


俺は今、無数に置かれた段ボールを片っ端から開いては閉じる作業を繰り返していた。


どの段ボールに何が入っているのかがわからないのである。


「せめて何かマークくらい付けとけよ、影宮」


俺は自身が転生?憑依?する前の影宮直之に悪態をつきながら何が入っているのかを把握しながら、勉強道具を探していた。


それから三十分ほどが経過した。


「やっと見つけたぞ」


俺はようやく勉強道具を見つけ出し、机の上にそれを並べた。


なんで勉強道具が衣類と同じ段ボールに入ってんだよ!わかるわけねぇだろうが!!


「はぁ……」


あとは最低限の生活ができるように荷物を出したいところだけど、クッソ疲れたわ。もうちょいで風呂の時間だし、一旦休憩にしよう。


なんか腹も減ってきた。まだ外出できる時間だし、適当にコンビニでなんか買ってこようかな。


そう思ってドアノブに手をかけようとすると、ガチャリとドアが開いた。


「あっ」


「おっ」


そうだったな。ここでこのイベントが発生するんだった。


ドアの先にはサクラユメの主人公『七夜冬馬』が立っていた。


「……えっと、君がこの部屋のルームメイト?」


冬馬が俺にそんな質問をしてくる。


「おう、俺の名は影宮直之だ。確かお前、同じクラスのやつだよな。入学早々、遅刻して教室入って来たろ」


ゲームと同じ自己紹介を冬馬に名乗る。


「あ、ああちょっと事情があってな……」


気まずそうに目線を逸らす冬馬。大丈夫、事情は全て把握しているぞ。


確か道端に倒れていたお爺さんを病院に送り届けたんだろ。それで遅刻してしまったが、立派なことをしたと思うぜ。


「それで、お前の名前はなんていうんだ?」


「お、俺は七夜冬馬だ。ルームメイトとして、これからよろしく、影宮くん」


冬馬は少しよそよそしい感じで名乗る。


「直之でいいぜ。これから共同生活していくんだし、仲良くやっていこうぜ冬馬」


「あ、ああわかった。よろしく、直之?」


なぜ疑問系なのかは俺にもわからん。ゲームでもこのまま会話が続いていたからな。


「そういや冬馬、お前の荷物って何もないのか?」


段ボールを開けていて思ったのだが、部屋に運ばれていた荷物の全てが俺のものでルームメイトである冬馬の荷物が何一つなかったのだ。


「いや、俺も荷物はあるんだが、引越しの荷物とまとめちまって、まだ届いていないんだ」


「引越し?冬馬は寮生活なんだろ?」


「引越しといっても前に住んでたこの街に戻ってきただけなんだ。寮もあったし、その時にせっかくだから家を出たんだ」


冬馬は荷物が来てない理由を淡々と説明するが、俺は全て知っていた。


真の理由は実家にあるウフフな本を隠すためだということを。そして、このあと家族に段ボールを開けられてそれらを見られてしまうこともな。


さて、このあとゲームで影宮が言うセリフはこれだ。


「なるほどな。実家じゃ夜な夜な自己発電するのに気を使うから仕方ないな」


「何でそうなるんだよ!」 


このとき心の声で「否定はしないけども!」と思っているのを俺は知っている。


「そうかそうか、その気持ちわかるぞ冬馬」


「話を聞け!」


俺がウンウンと頷きながら冬馬の言葉に返事をすると、冬馬は大声でツッコミを入れてくる。


「冗談はさておき、そんなお前に親睦の証をやろう。改めてよろしくな」


「何だ?これ……は!」


俺は荷物の中に入っていた実用的な(・・・・)本を冬馬に手渡す。


ゲームでもこの場面はあった。


直之の荷物の中に何冊も入っていたのでどれを渡したのかは知らないが、とにかく親睦を深めるにはエロに頼るのが一番いいのだ。(ゲーム内の直之談)


「ほう、ほほう……これは、中々の逸品だ」


「そうだろう?それは俺イチオシのものだ。大切に使ってやってくれ」


「ここまでされたんじゃあ、俺も出さざるを得まい。ちょっと待ってろ」


そう言って冬馬は自身のリュックから参考書のブックカバーがされている本を一冊取り出した。


「これはな、実家から唯一持って来れた最高の一冊だ。受け取ってくれ」


冬馬から手渡された本のカバーを取ると、中から俺と同じような実用的な(・・・・)本が姿を現した。


ゲームじゃ字面だけだったが、現実になるとこんなにも胸が熱くなるものか!


「冬馬」


「直之」


俺と冬馬はガシッと固い握手を交わし、その日の夜は語り合った。

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