深淵の墓場 Ⅵ
閲覧ありがとうございます。
本職が忙しく、更新が遅れました…
~~~~side 楽園~~~~
「ガイルっ!!大丈夫なのか!」
先程、黒い球体に飲み込まれたハクトを心配する声を上げるレジーナだが、そこは俺も同じだ。
黒い球体はハクトを飲み込んだ後、急におとなしくなった。
俺はネクロディオサから繰り出される帯を切り裂いて、一端距離を取ってレジーナと合流する。
「わからねぇ…。それにハクトは言った『心配するな』と、」
「だとしてもっ!」
俺の言葉を最後まで聞かずレジーナは遮ってくるが、後ろから更に俺たちに待ったをかける声がする。
「信じるしかないにゃ。それに…」
メイラが帯を切り裂いて、俺たちの元に来ると武器を指さして
「まだ聖魔法の付加は生きているにゃ。ハクトが死んだら付加がにゃくにゃっちゃうにゃ」
だから、大丈夫にゃ。と続け、再びクライスの援護を受けながら戦闘に戻っていく。
俺も武器を持ち直すと
「そうだな…。まだ日は浅いが、それでもあいつは信じるに値する。あいつが夢を叶えないわけがない。だったら信じて待ってやるのが仲間ってもんよ。
…それに、帰ってくる場所がなきゃ困惑するだろ?」
(お前の帰ってくる場所は整えてやるぜハクト!)
「ふっそうだな…。私とした事が取り乱した。あいつがこんな事でやられる玉ではないな。」
レジーナは薄く笑うと再び、弦を引きネクロディオサの喉元に矢を放つ。
帯で防がれてしまったが、それでも先程よりも帯の反応が悪くなっており、
もう少しでネクロディオサに届きそうだった。
「おっ!なんとなくだが、動きが渋ってきたなぁ!っと」
(球体の中で何かハクトがしているのか…それとも…)
襲いかかってきたネクロディオサの帯をはじき返す。
「さぁ~て?帰ってこいよハクト。」
その声は友の無事を願う声ではなく、友の活躍を期待する声色だった。
その後も、4人とネクロディオサは攻防を繰り広げる。
さっきまでは均衡が保たれていたが、今は少しずつ楽園が有利になっている。
主の原因は黒い球体が沈静していること。ハクトを取り込んだ後からずっと静観している。
まるで、取り込んだ者だけに注力している様だった。奇しくもネクロディオサとの闘いの最中に生じたチャンス。ハクトへの不安ははあるが、楽園はこのチャンスを見逃すことなく、ネクロディオサを追い立てる。
『ガァッ!』
突如ネクロディオサは咆吼し、後退すると藻掻き始めた。
その光景をチャンスかピンチなのか判断できず、追い立てる事なく見守る4人だったが、すぐに構え直す。
黒い球体に動きがあったからだ。
黒い球体は不規則な脈動と明暗を繰り返し、ネクロディオサに近づく様に、離れる様にと、脈絡の無い動きを繰り返す。
ハクトが何かした?と考えている4人であったが、最悪を考えるとハクトが飲み込まれてしまい相手の手に堕ちてしまうことだ。
聖魔法の効力は切れ、底が見えない仲間と闘う事を考えたら、全滅。もしくは犠牲が生じてしまうのは火を見るより明らかだった。
そう考えている間に、黒い球体は動きを止める。
黒い球体には亀裂が生じ始めた。ネクロディオサはその間、頭を振り続けて拒絶する様な声を上げ続けている。
バリッと音がした直後、黒い球体の全体に罅が入ると、突然白き腕が顔を出す。
腕は黒い球体を引き裂く様に腕が開かれると同時に腕の持ち主が顔をだす。
「ふぅ~。空気の悪い中はきつかったぜ。おっ!無事か皆?」
緊張感の無い感じで、何も無かったかのようにハクトは話かけてきた。
その緊張感のなさを油断と判断したのか、ネクロディオサがハクトに襲いかかる。
「ハクトッ!」
ハクトに警戒を促す様に叫ぶが、ハクトは気にしたそぶりもなく、黒い球体に飲み込まれる前より、光輝くガントレットを振りかざし、襲いかかるネクロディオサをものともせずに、振り向き際に殴り飛ばす。
ネクロディオサは殴られた所から煙を出し呻く。ちなみに黒い球体が壊れた事でネクロディオサが纏う帯の再生が無くなっている。
「おっ!本体もこれは効くのか。」
そうだった。まだネクロディオサが残っているんだった。
楽園は気を取り直し、ネクロディオサと対峙するが、こちらの気を感じ取ったのかまた空中へ逃れる。
『ギィイィ…ギャァアアァァアアァァ!!』
絞るような声で残り少なくなった帯を飛ばしてくる。
「ハクトッ!戻ってきて早々にわりぃが手伝え!!」
帯を避けながら叫ぶが、ハクトはそのまま駆け出す。
「了解!レジーナ、クライス!道を作れるか!?」
ハクトが2人に叫ぶが、道?何の事だ?
俺にはわからなかったが、レジーナは察する事ができたらしく。
「問題ない!タイミングはどうする?」
「任せる!俺たちがそれに合わせる。そうだろガイル?」
不適にハクトが笑うが、道…合わせる…俺たち……あぁそうか!
ニカッと笑うと
「やってやんぜ!」
その言葉を聞いて、レジーナとクライスは詠唱を始める。
俺とハクト、メイラはそのときを待ちながら、空中へ逃げたネクロディオサの帯を避け続ける。
そのときは来た。
レジーナとクライスから魔力の高まりを感じる。
俺たちはそれを機に走り出す。
レジーナとクライスの詠唱が完成する。
「奴の所まで!ガイアヴェーク!」
魔法の発動と共に、地が抉れて隆起が始まる。
ハクトが頼んだ事というのは、魔法で階段を組んでネクロディオサまでたどり着いてとどめを刺す事。
各々が隆起する地を足場に駆けていく。
ネクロディオサは危機を感じ、最後の力を振り絞る。隆起する地を砕き、足場を壊す気だ。
足場を壊される前に決める!っと思った瞬間。俺とハクトの足場が崩れた。
「しまっ!うっ!」
声を上げた瞬間、後ろから衝撃があった。幸いその衝撃で別の足場に足をつくことができた。
後ろからは、足場を失い、落ちていくメイラは笑いながら
「にゃはは!決めてくるにゃガイル、ハクト。いや~ハクトに借りが返せて良かったにゃ」
「メイラっ!」
俺はたまらず叫ぶが、メイラは気にしていない風で
「いいから、自分のできることをするにゃ~~~!!」
「くっ!わかったよ!決めてやらぁ!!」
メイラの犠牲を無駄にしないためにも、決着をつける。
ちなみにメイラが落ちていると
「はぁぁぁ!ふっん!」
地に落ちる前に誰かに支えられる衝撃がした。
流石にかなりの痛みを覚悟していたが、それと同じくらい、期待していた。
目を開けると
「…全く無茶をする。」
呆れるように、安心している様な声色が聞こえる。
メイラは微笑みながら
「…にゃは。無茶しても助けてくれる人がいると思っていたにゃ。」
戯けてみせると、相手も笑いながら、そして少し顔を紅くしながら
「…ふっ。そうだな…この役は誰にも譲るつもりはない。必ず俺が護る」
クライスはぶっきらぼうに顔を背けて呟く。
そんな事を言われるなんて、思っていなかったのかメイラも顔を紅くしながら
「にゃ…にゃはは…。そ…そうだにゃ。」
上手く返すことができなかった。
どうやら、2人はA級冒険者だが、恋愛は初級冒険者の様だ。
メイラが落ちた後もガイルとハクトはネクロディオサにたどり着くために作られた足場を基に駆けていく。さっきから足場の数が減ってきた。恐らくネクロディオサ側で足場を崩し始めている様だ。
2人は共通の足場に足をつけると
「ついてこられているじゃないかハクト?まだいけんのか?」
ハクトを気遣う様に、それでいて鼓舞する様な声色で話しかける。
ハクトは余裕そうにネクロディオサを睨み付けながら
「そうだな…この調子だと、俺が早く着いてしまいそうだ。調子でも悪いならまかせておけよガイル?」
どうやら心配無用な様だ。俺たちは目配せをすると再びレジーナ達が作った足場を踏み出す。
突如それは起きた。
黒い球体だったものが牙を剥いてきたのだ。
あと少し、もういけると思った瞬間を狙い澄ましたかのような攻撃だ。
黒い球体の方は既に物体を構築する物質は剥がれ落ち、残ったパーツをつなぎ合わせた様な造り。それでも黒い球体は牙を剥く。たった1人の女性を、唯一手を差し伸べてくれた人を護るために。
ガイルは気がつけなかった。それまでに弱々しい牙だからだ。それでもその牙はガイルに心臓を穿つには十分だった。
「ガイルっ!!」
その影は横からガイルを横切る様にして黒い球体の最後の牙を掴む。さっき一緒に駆けだしたばかりのあいつが
「ハクトっ!?」
ハクトは光輝くガントレットで黒い球体を掴むと一緒に足場から落ちていく。
振り向きながらハクトはガイルに伝える。
「お前が決めろっ!リーダとしての責務を全うするんだ。彼女を解き放ってやれっ!!」
そう言うとハクトは黒い球体と対峙するために闇へ落ちていく。
咄嗟に体が動いた。
黄龍眼を発動していても気がつきにくかった気配。弱々しいそれは殺意とは呼べない。誰かを、大切な人を護るというような意思だった。
だがその意思は俺たちには良くないものだった。その意思はガイルの心臓を穿とうとしている。ガイルはそれに気がついていない様子だ。
だからこそ、俺は動いていた。
最初は絡まれた。実力を披露するには良い機会だと思って、腕の一本でも奪おうとした。
ビラリスで会ったときには、正直に言えばラッキーだと思った。
ランクを利用して、このダンジョンに入る事ができたのだから。
それでも、こいつらといて気がついた事がある。
こんな所で死なせるべきではない。こいつらは4人で一つだ。
欠けさせるわけにはいかない!!
だったら、動ける俺がやるべきだろ!
再び天照を発動し、方向を変えて足場を蹴る。
「ガイルっ!!」
叫びながら、ガイルの前を横切り、黒い球体を掴む。
「ハクトっ!?」
ガイルは俺の姿を確認し、心配な声をあげる。
(心配するな…それよりお前は前を…ネクロディオサを…)
だからこそガイルに託すために声をあげる
「お前が決めろっ!リーダとしての責務を全うするんだ。彼女を解き放ってやれっ!!」
再び黒い球体と対峙すると
『ギィイ…ギャアァァア!!』
黒い球体はガントレットに捕まれた所から少しずつ浄化が進んでいるが、それでも足掻くような呻きをこぼす。
「…往生際がわりぃんだよ。最後にもう少し俺と踊ろうぜ!!」
天照を纏わせた糸で黒い球体を包む。
『ギャルァガギャァアアァァア!!』
黒い球体は寄せ集めの牙を向けてくるが、俺の方が上手だった。全てを包み込むと
「さっきは砕いただけだったが、徹底的に潰してやる。」
糸で包み込み、封じ込めるように糸を引き絞る。
『ぎゃぁぁぁ…』
弱々しくなった声が聞こえなくなった後に糸を解くと、そこには黒い塊があった。それを掴み森羅万象で見てみると。
「…『影の鎧』か…こりゃマントより使い勝手が良さそうだ。」
そっとポケットにしまい、上にいるガイルを見る。
「おっ!もう決着か…」
レジーナとクライス作った道。メイラとハクトが整えてくれた道を駆ける。
仲間達があってこその道だ。
俺は弱い。口では楽園を目指すと言っているが、不安でしょうがない。
この道は正しいのか、俺の選んだ事は良かったのか。大きな決断をすればその分同じだけ悩まされてきた。
それでも、ついてきてくれる仲間がいるからこそ、俺は前を向ける。
ふと考えるとき、必ず思い出す。孤児院の友との会話。レジーナとの、メイラとの、クライスとの出会い。最近ではハクトとの出会いも思い出す。
(あれは俺がバカだったけどな…)
心の中で笑い、過去の自分に悪態をつく。
(仲間のためにもっ!)
ガイルは皆が作った道を駆けて、ネクロディオサの元にたどり着く。
「そこだぁぁぁ!!」
渾身の突きをネクロディオサの胸元に繰り出す。その刃は深々とネクロディオサに刺さる。
肉を抉る様な感覚と共にネクロディオサから呻き声が聞こえる。そして、顔を隠していた黒い塊が砕け素顔が露わになる。
ネクロディオサは腕をガイルの頬に寄せるようにして
『ワ…タシ……キレ…イ…?』
魔物に堕ちたとしても、誰かに認められたかった。そう願う彼女は最後に尋ねる。
ガイルは笑いながらそれに応える
「そうだな…。お前さん自身が自信をもって聞いてくれりゃ綺麗って答えてやるよ。他人の評価よりお前自身の評価を大事にしろよ。……っていっても遅いか…」
剣を抜くと、ネクロディオサは剣が刺さった箇所から崩壊が始まり、全身に罅が行き渡り、最後には砕けるようにバラバラになった。
残ったのは、紅黒い魔石とクレマチスの形を模したブローチが残されていた。
ガイルがそれを手に取ると
「クレマチス…「心の美しさ」だったかな。皮肉だな、他人に否定され続けた尚、心だけは美しかったのかね?だからこそ、黒い球体にも手を差し伸べたのかも知れないな…」
悪態をつきながら、ハクトが暗がりから出てきた。
「無事だったのか?黒い球体は?」
ハクトは手をぶらぶらとさせながら
「今度こそちゃんと浄化したよ。…心配かけたな」
最後の方は少し申し訳無かったのか、心なしか弱々しかった。
そうしているうちに他の3人とも合流することができた。
メイラはどうやらクライスに助けてもらって無事だったらしい。…心なしか進展があったようにも見える。
レジーナは突然クライスが走り出したのをきっかけに、俺とハクトの方へフォローに回ったのだが、間に合わなかったそうだ。
「とりあえず、全員無事だったな。まずはここで休憩を挟むか。転移碑があればいいがな…」
転移碑とはボスのエリアに設置されている碑でダンジョンの入り口まで戻れるという代物だ。ただ、基本的には一方通行で戻る事しかできない。
それでも、今回の様なダンジョンでは重宝する。そう思って周りを確認する。
ハクトはガイルの持つ魔石を見る
(どうやら、A級以上か…だが属性が混ざっているな…火と闇か…使えなくもない…)
これでミューネを助けるための指輪を作れると考えていたら、
突如床が崩れだした。
「「「「「っつ!!?」」」」」
全員予想していなかった事象だ。床が崩れるなんて、ダンジョンでは想定しにくい。
どれほどの力をぶつければ良いのかわからないからだ。それほどまでに床に対しての信頼があった。
崩れゆく中でも必死に黄龍眼で下の様子を確認する
(とりあえずは広い空間の様だ…。それよりもまずは)
そのまま糸で魔法陣を構成する。
「皆を支えろ!リーフピロー!」
数多の葉と枝等が現われる。そして俺たちを包み込む様にしてクッション代わりとなる。
「ふぅ…皆無事!?」
急ぎ結界魔法の魔法陣を構築する。
「守護結陣!!」
皆の前に結界が発生した直後、結界につんざめくような衝撃と共に魔法が直撃する音がする。
魔法が放たれた方向から、乾いた拍手が鳴る
『ガラララッラァツ!私の可愛い子供達を下すだけはある。良きかな良きかな!』
悠長な発音で聞こえてくる声は、続ける様に俺たちに絶望を与えるように
『それでは…改めて、本当の30階層へようこそ。無謀な人間どもよ。』
そいつは暗闇から顔を出す。無様な俺たちをあざ笑う様に、鼻唄を歌いながら、近づいてくる。
『さぁ…本当のボス戦の始まりだ!』
死者の皇は笑う。
感想等いただけたら幸いです。