★嘘つきな霊媒師・断章
リース・ミランダには三人の子供がいた。
長男、トーム・ミランダ。次男、キーム・ミランダ。三男、ジーン・ミランダ。
三人共生まれてすぐに才能が顕現し、どの子もリースより大きい霊力を持っていた。
それ故に、リースは三人が大好きで、いずれ自分を超えるだろうという時を待っていた。
しかし、天は彼女の意に反して、生まれてすぐのジーン・ミランダは自分の大きすぎる力を制御できず、三日目に息を引き取った。
彼女は大いに悲しみ、当主の責務も投げ捨てて、何日も何日も、ただジーン・ミランダの側で、泣き続けた。
彼女の部下達はみんな、彼女の悲しみに理解し、責務を果さない彼女を許す事にした。誰一人も、無理に彼女を当主の座に連れ戻す事はしなかった。
けど、それが大きな間違いだった。
トーム・ミランダは失踪した。
ジーンを亡くしたばかりのリースに、更にトームの失踪を伝えるというのは、彼女を敬愛する部下達にとって、かなり酷な事だった。
なんとか見つけなきゃと、霊媒師達は当主のリース抜きで必死に探したが、結局見つからずに何日が過ぎ、しかも最悪な事に、異変に気付いたリースにトームの失踪がばれた。
リースは二人も子供が喪われる事を恐れて、トームの失踪を知ると駆けて出て、血眼になってトームを捜した。その必死が報われ、直ぐにトームが見つかったが、既にトームが人の形を保ってない状態だった。
リースは一目で分かった。彼女が見つけたトームは、もはやトームではなく、魂が変質した動く死人であった。霊媒師の彼女は即座に術を唱え、死人を「死」に返した。が、その後、トームまで喪われた事で、心が壊れた。
その日から、リースは毎日死人の退治に出かけ、戻っても自室に篭るようになった。唯一残された子供、キーム・ミランダに全く会わなくなって、十年の月日が経った。
キーム・ミランダは物覚えする前から、母と会えなくなっていた。その為、実の母の顔も知らなかった。
彼にとって、「母」は至上な存在で、気安く会える相手ではないと、会えるように毎日、霊媒師になる努力を続けた。
そして、遂に母の部屋に入れるようになった時、彼はとても嬉しかった。何年も修行した末、母が自分と会う事を許したと思い込んで、母の部屋に無理矢理に入った。
その時、彼は知らなかった。自分が母に入室を許されたのではなく、ただ自分の力が、ミランダ家当主であり、自分の母でもあるリースを超えていたから、リースが張った「キーム・ミランダだけが入れない結界」を破ったに過ぎなかった。
自分の結界を破れる人がいる事に、リースはもちろん驚いたが、そのすぐに自分の目の前に現れたキームを見て、トームとジーンの面影のあるキームの顔を見て、リースは発狂した。
キームに罵詈雑言を浴びせ、「自分の子供ではない」と言い張り、リースはキームを部屋から追い出した。
追い出されたキームは暫くぼーっとして、覚束ない足捌で部屋に戻った。彼はその夜、降霊術で彼の兄トーム、そして弟のジーンの魂を呼んだ。
「キーム、キーム。僕が見えますか?」トームの魂がキームに呼び掛ける。
「見えます、兄さん。」キームが目の前にいるかいないか、はっきりしないモノに返事する。
「では、キーム、自分自身が見えますか?」トームは続けてキームに質問する。
キームは自分の両手と両足を見て、「見えます。」と目の前のモノに返事する。
「では、キーム、自分の身体を動かせますか?」三つ目、トームはまたもキームに質問をぶつける。
キームは目の前のモノの目的が分からず、思いきり両手を動かして、「動かせます。」と、感じた疑問よりも、質問への返事を先にした。
「ありがとう、キーム。あなたの兄であった事、誇らしく思います。」四つ目の言葉、トームはようやくキームに質問するのをやめて、予想外にキームの事を褒めた。
急に褒められたキームは少し恥ずかしくなって、顔に赤みが浮かんだ。
「兄さん。兄さんは僕の兄さんです、よね?」
「そうだ、キーム。僕は確かに、あなたの兄だったモノです。」
トームの妙な喋り方に、キームは今の自分では分からない感情に襲われた。
「さっきからどうしたの、兄さん?喋り方が、なんたかおかしいよ。」
「キーム、僕の喋り方がおかしいのではなく、あなたの『人としての自覚』がおかしいのです。」
トームはそれでも、キームの分からないことを口にする。
「人としての自覚?どういう意味です?」
「分からなくていい。いずれ分かる事に、急ぎ分かろうとしなくていい。」
「何故『いずれ分かる』と分かるの?なぜ今分からなくていいの?」
「僕も経験した事だから、『分かる』事が分かる。僕が経験した事だから、あなたに急いで分かって欲しくない。」
「なぜ...」
「......」
結局、キームはトームの言いたい事が分からなかった...いや、寧ろキームが自分がトームに本当に訊きたい事が分からなかったから、欲しい「答え」に繋がらない質問ばかりをしてきた。
「もういいです、兄さん。僕、分からなくていいです。」
「それでいいのです、キーム。いずれ分かる事だから。」
やはり兄さんの言葉が分からないとキームは思った。だけど、キームは「答え」を得ようとするのはやめ、もやもやした気持ちで話を続けた。
「兄さん、僕はね、今日、母さんに会いに行ったの。」
「えぇ、キームは今日、母さんに会いに行きましたね。」
「だけどね、僕、母さんに追い出されちゃった。『お前は自分の子供ではない』と言われた。」
「えぇ、言われましたね。『自分の子供ではない』と、母さんが言いました。」
「兄さん、僕は本当に母さんの子供じゃないの?実は僕、別の人の子供なのですか?」
「いや、キームは母さんの子供です。紛れもなく、キームはリース・ミランダの子供です。」
初めて目の前のモノに反対された。キームはそれだけで、急に心の中のモヤモヤが取れて、ほっとした気分になった。
「そうなの、兄さん?僕、本当に母さんの子供なの?」
「えぇ、キームは母さんの子供です。僕はずっと、傍で見ていたからね。」
あぁ、そうか。と、キームはようやく本当に知りたい「答え」が分かった。
「兄さんは確かに、僕の兄さんですよね。」もはや聞く必要のない質問だが、キームは目の前のモノに問いかける。
「そうだ、キーム。さっきも言ったが、僕は確かに、あなたの兄だったモノです。」
同じ言葉だけど、キームは今回、さっきの「分からない感情」に襲われなかった。
「キーム、僕がずっと、あなたの傍で、全てを見てきました。キーム、母さんを恨まないであげてください。母さんは優しいから、優しすぎるから、壊れたのです。可哀想な人です。」
「兄さんがそういうのなら。僕も別に母さんを嫌いになっていません。僕、もう一度母さんと話がしたい。」
「キーム、それはやめてください。母さんの子供だった僕だから、キームに母さんと会わせたくありません。」
予想外の言葉に、キームの感情が高ぶった。
「どうして?兄さんはどうして僕と母さんに合わせたくないの?」
「それはキームの所為ではありません。僕達の所為です。」
「兄さん達の...」
「キーム、僕の隣、見えますか?」
そうトームに言われて、キームはそこに視線を向けた。
「さっきからずっと見えてますよ。誰です?」
「キーム、降霊術を使った際、誰の魂を呼びました?」
「兄さんと...弟のジーン。」
そう答えたキームだが、疑った目でまた、トームの隣にあるモノを見つめた。
そのモノは見た目、自分とほぼ同い年で、ほぼ同じ顔をしていた。
それが、ジーンなの?と、赤んぼの時に既に亡くなったと聞かされた弟、自分と同い年の姿で現れると思えなかった。
「キーム。僕は死んでから、初めて『霊媒師』という職業が罪深いものだと気づきました。生きている間にそれに気づけない、死んでからそれを伝えられない。僕はあなたがいなければ、悪霊になっていました。」
「悪霊?兄さんが?」
「えぇ。あなたの成長を見ることが、僕が悪霊にならなかった理由です。」
「そうなんですか...ありがとう、兄さん。」
褒められて素直に嬉しいキーム、それ以上に、死んだ兄さんの役に立てた事が嬉しかった。
「キーム、『霊媒師』の真実を教えます。覚悟をして、ちゃんと聞いてください。」
トームの口調はずっと変わっていないが、この言葉に何故かキームが大きなプレッシャーを感じた。
「今までの霊媒師、キーム以外の今いる霊媒師、誰もが霊を降ろす事が出来ても、霊と直接言葉を交わす事が出来なかった。彼らは自分の身を依り代に使い、死者の魂を一時的に降ろす。その間、彼らに記憶がない。あっても、体を動かせない。言葉が出せない。霊に身体を乗っ取られたまま、何もできないでいた。」
「生者と死者との『橋渡し』が霊媒師だと聞いている。一時的なら、霊媒師本人が何かをする事もない、必要ない。そう聞いている。」
「今まで誰も依り代無しで霊を降ろせた事がないから、誰も霊媒師の『死者の魂を呼ぶ』力に、自分の身体を貸すことが必須だと、思い込んでいる。だから、キームだけが分かる事です。母さんも分からなかった事です。」
「そう...知りませんでした。」
今まで学んだ知識が間違いだと知り、キームは少しショックを受けた。
「キーム、霊媒師が持つ力は一つだけ。『死者の魂を呼ぶ』とか、『死人を死に返す』とか、複数の力を持っている事ではなく、持っている力は一つしかない。それは、魂を動かす力、です。」
「魂を動かす力。」
トームの言葉はシンプルで、分かりやすい筈なのに、キームはなぜか分からなかった。
だから、トームは言葉を続けた。
「キーム、霊媒師が魂を動かす際に、『死者の』という制限はありません。力が足りていたら、誰の魂であっても、その魂がどこにいても、自分が望む場所に動かす事ができる。」
「それは...どういう...」
キームは直感で、これからの話がどんどん恐ろしいものになっていくのに気が付いた。
しかし、聞かない訳にもいかないと思った。
「キーム。僕とジーンの魂が洗浄される為に、今この世界に留まっている。洗浄が終われば、天国へ行く事ができる。天国にいる魂を降ろす事は、地上にいる魂を呼び寄せるより、段違いに難しいが、それでも、キームは簡単に降ろせるでしょう。だから、僕はキームに、今後一斉、『降霊術』を使わないでほしい。」
「使わない...そこまでにしなきゃいけない事なのですか?僕が今まで学んだものが、全て無駄にするというのですか?」
「キーム。魂は洗浄されてから天国に行く以外、『全ての記憶を捨てて転生する』という選択肢がある。それは洗浄が始まる前でも、洗浄途中でも、終わっても、天国に行ってからでも...いつでも選べる選択肢です。」
「に、兄さん。僕、気分が悪い。」
何となくトームの言いたい事に気づいたキーム、それ以上トームの話を聞きたくないと、頭より先に、心が抗議した。
「キーム、覚悟をして、ちゃんと聞いてください。」
だけど、トームはそれを許さなかった。
「霊媒師が『降霊術』を使うと、呼ばれた魂はその霊媒師の力によって、無理やりに霊媒師の身体に落とされる。その魂が天国にいても、地上にいても、既に転生していっても関係なく、呼ばれるのです。そして、その魂が既に転生を済ませたモノであったら、呼ばれても記憶がなく、何も答えられない上に、元の身体に戻れなくなる。それはつまり...」
「人が死ぬ...」
キームが呟いた。
「霊媒師の力は『魂を動かす力』、死者の魂も勿論、生者の魂も動かせます。依り代も自由に決められる、近くにいる人達の魂と身体を交換する事もできます。しかし、その全部が一時的なものである事は決められています。元の身体に戻れない魂はそのまま『死者の魂』となり、望まない死を与えられた『死者の魂』は怨霊になりやすい。だから、霊媒師はこの世で、最も罪深い職業である。」
キームは言葉を失った。自分の中の常識が崩れ、絶望した気分になった。
「キーム、だけど僕は、あなたに『霊媒師』でいて欲しい。」
「え?」
霊媒師の力を使うなと言ったトームが、なぜかキームに霊媒師でいて欲しい。
その矛盾がキームの頭を悩ませた。
「力を使うなというのに、『霊媒師』でいて欲しい?兄さん、訳が分からないよ。」
「弟のジーンを見てみてください。」
トームに言われたままに、キームはジーンに目を向けた。
先から一言も喋ってないジーンは、キーム達に背中を向けて、何かをぶつぶつ言っている。
「ジーンも僕と同じように、ずっとキームを見てきました。しかし、生まれてすぐ死んだジーンは僕と違って、キームを見て別の感情を抱いています。キーム、僕はあなたより才能がなく、人の生も少しの間、体験しています。キーム、ジーンはあなたよりも才能があって、だけど少しの人の生も体験できずに死にました。もし誰かがジーンの魂を自分の身に降ろしたら、誰よりも霊力の高いジーンはきっと、その体を完全に乗っ取って、世界を滅茶苦茶にするのでしょう。幸いな事に、誰よりも霊力が高いから、誰も、母さんですら、ジーンの魂を降ろす事ができなかった。」
「僕達の弟が、世界を滅茶苦茶にするのか?」
「キーム、知らなくていいが、忘れないでほしい。あなたの『人としての自覚』がおかしいのです。」
「人としての、自覚?」
「僕とジーンも、かつては人であったが、今は人ではない。少しの間生を体験した僕に、キームと母さんに対して情はある。生まれてすぐ死んだジーンは、誰に対しても『情』はない。ジーンにとって、世界は彼と、それ以外のもので出来ている。なので、ジーンは『容赦をしない』。今はまだ僕が抑えているけど、ジーンはいずれ、悪霊になる。この世で最も恐ろしい悪霊になる。その時、ジーンの魂を動かせるのは、キーム、あなただけ。だから、キームには霊媒師でいて欲しい。霊媒師の力を高めていって欲しい。」
黙々とトームの話を聞いているキーム、無理やりに口に出したトームへの返事が...
「兄さん。僕、疲れたから寝るね。」
...逃げだった。
トームのお願いはまだ11歳の子供には荷が重すぎていた。
「ごめん、兄さん。また別の日に話しましょう。」
「いや、キーム、今は寝てはいけません。」
「兄さんの話が難しくて、分からないのです。」
「違う、キーム、荷物をまとめて、直ぐにここから逃げてください。」
「え?」
またもキームにとって予想外の話、どうやらトームはさっきと違う話をしているみたい。
「キーム、母さんの力が暴走した。ここは間もなく、死人で溢れる。」
「母さんが!?だめ!直ぐに母さんを助けなきゃ!」
「もう助からない。母さんは既に怨霊になった。」
「怨霊!?母さんは先までも人間だよ!いきなり怨霊になる訳が...」
「母さんは死んだ。己の限界を過ぎた願いに、無理に力を使って、その力に殺された。」
「そんな...」
キームは絶望した。
母さんにようやく会えて、まだ言葉一つも交わせていないのに、「母さんが死んだ」と兄さんに言われた。
それが本当の事ではないと思いたいキームだが、キームの持つ力が彼の意に反して、「母さんの部屋に怨霊がいる」とキームに警告した。
「怨霊がいるのなら、怨霊を退治しなきゃ。」
「キーム、諦めてください。今のあなたでは、怨霊となった母さんを退治できません。」
「なんで?僕には『才能』があるでしょう?なら、その『才能』で怨霊を退治しなきゃ!」
「人の母さんを超えても、怨霊の母さんには勝てません。生きている人間は肉体に制限されて、同等の力を持つ魂に勝てません。だから、逃げてください。早くしないと、逃げられなくなります。」
「......」
母さんとの初めての対面、霊媒師の持つ本当の力、いずれ悪霊になる弟のジーン、突然の母さんの死と怨霊化...
一瞬のうちに、あまりにも多くの事が起こって、幼いキームは遂に思考停止した。
彼は何も考えられなくなり、兄さんに言われたままに荷物をまとめて、言われたままに外に出た。
そして、走る。走って走って、何も考えずにずっと走って...そして、倒れた。
疲れが一気に襲ってきて、キームは周りが危険な荒野である事も、気にする余裕がなく、眠りに落ちた。
「でさぁ、兄さん。何でまだついて来るの?」
一人旅を始めたキームは、未だに見えるトームに声を掛けた。
「どうやら僕達、キームの背後霊になったらしい。」
トームはジーンの首に腕を回して、困ったような表情をキームに見せた。
魂だけとなったトームは初めて、キームに感情を見せた。
リース・ミランダ:霊媒師一家、ミランダ家の当主。三人の子供を持つ母親だった。
トーム・ミランダ:リース・ミランダの長男。
キーム・ミランダ:リース・ミランダの次男、断章の主人公。
ジーン・ミランダ:リース・ミランダの三男。