嘘つきな霊媒師
いつまでも続く平和の世界がたった一日で破壊された。それでも、世界は終わってはいなかった。
荒廃した世界の中、それでも植物は逞しく成長し、動物は生きる為に走り回る。人もまた、一日でも長く生きる為に、守ってくれる政府がなくなっても、銃を取り、自分で自分を守る。
ここはそういう世界だと思っていたが、俺は少し思い違いがあるようだ。どうやら、この世界には九つの「不思議な力」があるようだ。
ウインド・ストックが俺の家の用心棒になってから、気が付くと二か月が経った。
元々無口な奴なのか、未だに俺とリリーに心を開いてくれていない。二階の窓側辺りを陣取って、偶にそこで寝起きする以外、日々無気力に窓の外を見ていた。
時々そこから銃声が響く事はあるが、獲物は今も一匹も仕留めていない。ウインドの腕前が駄目すぎると思っているが、動物を威嚇するという「用心棒」としては十分に勤められている。
ウインドに近寄りたいが、小心者の俺もリリーも、仏頂面をキープしているウインドに近寄れていない。それでも、話題を見つけようと、俺達は暇ができると、ウインドを遠目で観察した。
そんな中で、俺として気になるのは彼の持つ銃だ。ウインドの愛銃が「ハンティングライフル」であるのに、なぜか「スコープ」を付けていない。その所為で腕前が下手になってるじゃないと、俺は思っている。
...思っているが、話しかける勇気がなかった。ので、今も理由を聞いていない。
そんなモヤモヤした中、時間が俺に気遣いをしてくれず、過ぎて行き、二か月が経った今日になった。
「『れいばいし』?」
ストック家の中でちょろちょろ歩き回る歳12歳の少年を見つめて、俺は頭を傾げていた。
「死んだ人の魂を呼び出して、話もできる凄い人達の事だよ。」
そう説明してくれたのはカートン・ストックの長女、ソレイユ・ストック。俺がここへ来たばかりの頃、最も世話を掛けた人だった。
「あぁ、『霊媒師』か。霊媒師、ねぇ~。」
胡散臭い。
この世界に化け物はある。怪物はある。
けれど、元々この世界にないものはない。魂なんて、ある訳がない。
こんな世界になっても、「詐欺師」というような者は消えないみたい。そして、それに騙される人達も...
「ソレイユさん。まさかあの少年が霊と話できる人だと、本気で信じている?」
「ナーバ君。君に常識がないから、教える為に呼んだのに。なのに、信じないって...」
ソレイユさんが俺に呆れ顔を見せた。
「いや、そういう訳じゃ...」
ソレイユさんの事を疑っている訳じゃない。この世界に関して、確かに俺は「常識」がない。
それでも、あからさまの嘘に対して、「信じる」のは無理だろう。
「...ごめなさい。そうだな、うん。霊媒師、うん。そうだな。」
心から信じている人に「それは嘘だ」と言っても、その人の激しい反発を招くだけで、意味はない。それでも「嘘だ」と伝えたいなら、せめて「証拠」くらいは用意してからした方がいい。
なので、争いが嫌いな俺は「信じるフリ」をした。
「見てなさい。直ぐに君も霊媒師の凄さが分かるから。」
そう言って、ソレイユさんは「霊媒師」という少年を見つめた。心なしか、少し顔も赤らめていたような...
昔の車道から遠く離れて、山の上に聳え立つストック家、決して寄りやすい場所ではなかった。
普段は月一回の「みかじめ料回収」に来るギャングの屑野郎と、不定期に来るキャラバン以外、殆ど人が来ない。が、今日は自称霊媒師の12歳の少年、キーム・ミランダちゃんが偶々ここに寄ってきた。
なんても、このキーム少年はあの最後の霊媒師一家であるミランダ家の次男坊で、現ミランダ家当主よりも霊力が高いと言われている天才霊媒師だそうだ。
しかも、意外とこの12歳の少年は知名度が高いみたいで、「12歳」と「霊媒師」という二つの単語以外、その他の情報はすべてソレイユさんが教えてくれた。
「れいばいし、ねぇ~。」
胡散臭い。
少年はさっきからストック家の中で床に線を引いたり、壁を意味なく触ったり、カーテンを閉めたり、ベッドの下や棚と壁の隙間を覗いたりと...怪しげな雰囲気を作っているのが見え見えだっつの。
しかも、始める前に「僕が今からやる事に何も聞かないで、逃げてしまうから。」とカートン・ストックに釘を刺している。ソレイユさんからは「死んだ祖母さんの隠し金を見つける為に、祖母さんの魂に直接尋ねる」だそうだが、鼻で笑ってやりたい。
ソレイユさん、俺のタイプじゃないにしても、整った顔をしているから、人によっては「美人」と言えるのに...オカルトを信じている「残念美人」だな。その妹のルナ・ストックにも言える事だが、な。
「すーはー...」
深呼吸~...
いや、まぁ...冷静に考えれば、これはおかしな事でもないかもな。
こんな世界で生きているんだもの。心が病んでしまわない様に、どこかの怪しげな宗教に入信してもおかしくなかったし。魂の存在を信じるのも無理のない事、寧ろ前述の「怪しげな宗教」とかに入信していない辺り、ストック家のみんなはまだ強い心を持っているとも言える。
「ぷっ、霊媒師。」
胡散臭いの一言しかないな。
「あーばりゃやーわーりゃーいーやーわー...」
ようやく「降霊」を始めたのか、キーム少年は床の中心に胡坐で座り、謎の呪文を口にする。
というか、雰囲気作りに奇声を発しているだけじゃない?詐欺師は大体そういう事をする。
それが、まだ12歳の少年であるというのが...なんか、こー、「嘆かわしい」?この世界はどこまでドン底に落ちるつもりだろう?
「キー!!!」
キーム少年は急に高い声を上げて、部屋の中の壁に指差した。すると、その壁が急に赤い円が浮かんできた。
「「「「おー...」」」」
ストック一家は同時に声を上げた。俺も一緒に声を上げたが、多分ストック家の皆々様と違う意味の「おー」だ。
いやはや、凄い手品だな。どういう仕掛けなのは分からないが、マジックって、仕掛けが分からない内が楽しいじゃないか。
そんな俺の心の中、誰かに言う訳もない。
壁を指さしたキーム少年はその後、糸が切れた操り人形のように、頭を下に向けて、全身に力が抜けたような状態で座って、全く動かなくなった。
プロの詐欺師だ!雰囲気作りに最後まで手を抜かない、詐欺師のプロだ!まだ12歳なのに!
ソレイユさんは恐る恐るにキーム少年に近づくが、カートン・ストックは赤い円が書かれた壁に向かっていく。
「ここ、中が空洞になってる!」
カートン・ストックが赤い円の部分の壁を叩きながら言う。
「凄い!流石キーム・ミランダ様!よくあのケチなババァから隠し場所を聞き出せたな!はははっ。」
そう言いながら、彼は壁をベタベタ触って、突然壁を!と思える壁紙を引き剥がした。
その壁紙の後ろに、壁紙と全く同じ色の壁石があるが、指が入れられる隙間があって、壁石そのものを引き出せるようだ。
「手の込んだ事をしやがる、くそババァが。」
俺は寧ろ、今までそこに違和感を覚えないカートンのおっさんの鈍感さに驚きだよ。
...と、思ったが、床に置かれた「壁紙」を拾い上げると、予想外に重みがあって、「気づけないのも無理はないかも?」と思えるほどに「壁」のような壁紙だ。
キーム少年はこれを触っただけで、これが偽物の壁だと気づいたのか。詐欺師とはいえ、観察力が高い子供だ。
「キャップだ...かなり一杯、キャップがあるぞ!」
隠し金を見つけて、カートンが興奮している。
「ソレイユ、ルナ、ウインド!見て来いよ!かなり一杯あるよ!」
カートンの呼び声に反応して、ストック家次女のルナ・ストックとウインドが直ぐに彼の方に向かった。ソレイユさんはキーム少年とカートンの間に目が泳いだが、カートンの方に先に向かった。
そのお陰で、俺はキーム少年に話し掛けるチャンスができた。
「よくできた茶番だ。なぁ、何使った?壁に円を描いたよな。」
そんな俺の言葉を無視して、キーム少年の頭は下向けしたままだった。
「みんなを騙せても、俺には通用しないよ。世の中に、一定な条件下で色が変化する物質があるのは、知識として知っている。」
俺は諦めずにカマを掛けるが、キーム少年の反応がない。
困ったな。
もしかして、この「赤い円が突然現れる」トリックを解明しないと、キーム少年は絶対に俺に反応を見せないのか?そうなると、俺が詰んだ。
マジックが楽しいと思えるのはトリックが分からないからだ。つまり、逆に言えば、マジックを楽しめている俺はそのトリックがまだ分からないんだ。
だから、キーム少年のマジックの説明はできない。「そういう物質がある」という知識はあるが、その「物質」自体知らない。
...というか、「そういう物質」はあるのかな?あってもおかしくないけど、実際あるか?「化学」の勉強は中途半端だよ!「一定な条件下で色が変化する」とか、それっぽい事を言っているけど、本当は大して知らないんだ。
...逃げよう。
「...はぁ。あくまでも『霊媒師のフリ』を続けるか。」
俺は「諦めた」というような声を出して、リリーが待つ倉庫に戻ろうとした。
急に、俺の服が誰かに引っ張られた。
キーム少年だ。
「お兄さん、凄いですね。」
少年は俺の顔を見て笑った。悪戯な笑みだが、幼い故の愛嬌もある笑みだ。
「むーん!」
両腕を上げて、キーム少年は大きな欠伸をした。
「では、ストックさん。僕はもう帰るね。」
「あ、あぁ、はい。」
カートンは生返事したが、直ぐに声を掛けたのがキーム少年だと気づき、体勢を変えてキーム少年に向き合った。
「そうだな。迷惑を掛けたお礼に...」
そう言いながら、みつけたキャップの一部を巾着袋に詰めて、キーム少年に渡した。
「どうもー。」
罪悪感がないのか、キーム少年は当たり前のように巾着袋を手にして、ストック家を出た。
このガキ、悪びれもせずに、よくも...
俺はキーム少年を捕まえようと、彼の後にストック家を出た。
「お兄さん、どこに住んでんの?」
「えっ?」
先に声を掛けようと思ったが、キーム少年に先を取られた。
「俺は...そこだよ。」
見せるのは少し恥ずかしいが、俺はストック家の元倉庫を指さした。
「借りてる場所だが、色々改造をしているから、もう俺の家と言ってもいい、か。」
カートンの不興を買うかもしれないから、明言はしていない。
「結構広そっ!」
「広いぞ!二階も作ったぞ!」
有頂天になって、倉庫自慢した。
「じゃあ、これ。はい!」
そう言って、キーム少年は突然、カートンから貰った巾着袋をそのまま、俺に差し出した。
「家賃。僕も住まわせてよ。」
「はへ!?」
あんまりの突然の申し出に、俺は変な声を上げた。
「えっ、何で?何で急に?」
「駄目なの?」
キーム少年は上目遣いで俺を見つめる。
ダメ?ダメなのかな?
えっ?なにがダメなんだ?
「別にダメじゃないけど...」
あれ?ダメって、何がダメ?何でしたっけ?何なんだ?
「ありがとう。よろしくね。」
そう言って、キーム少年は勝手に俺の倉庫に入った。
「あ、ちょっ!」
考えが纏まらず、だけど兎に角彼の後を追おうと、俺は慌てて倉庫に入った。
「うわ、広~い!」
入って一言目が感想、その後に続けたのが「あっ」だった。
キーム少年はリリーと目が合って、その目が直ぐにリリーの両肩に向けた。
リリーは知らない人と会ったのが恥ずかしいのか、腕のない自分が見られるのが嫌なのか、キーム少年の視線に耐えられなかったのか、元居た場所を離れ、倉庫の隅に隠れた。
「あ~...」
色んな感情が沸き上がって、俺は言葉が詰まんで、「あー」しか言えなかった。
急に俺の倉庫に住みたいと言い出して、俺が直ぐに答え出せなかった。その理由は「リリー」だって、今分かった。
でも、なんで?何で「リリー」がその理由なのか、どっちの意味で「リリー」が理由になった?
...悪い方の意味だったら、自分は最低な人間だ。
「お兄さん、『訳アリ』な人を住ませてくれるなら、僕もいいよね?」
「え?『訳アリ』?」
「うん。僕も『訳アリ』なんだ。」
そう言って、視線を落とすキーム少年。
...俺、こういうのに弱いんだよな。
「まずは座ろう。座って、話して。」
「うん。」
俺達は唯一椅子のある場所、鍋の周りに座った。
「お兄さんの思った通り、僕は『降霊術』を使ってない。」
「やっぱり!そうだと思ってだよ!」
今更ながら、自分の賢さが恐ろしい!
「僕はただ、怪しいと思う場所を見つけて、そこに見えない染料を塗っただけだよ。」
「思った思った!やはり特別な『せんりょう』を使ったな!」
せんりょう?占領?
「説明は...いらないね。お兄さん、『さっさと本題に入れ』って顔をしている。」
「いらないいらない!分かっているから!」
いや、分かってないけど、今更言えない。
それに、今ので自分の顔が気になった!鏡が欲しい!「さっさと本題に入れ」って顔がどんな顔なのか、見てみたい。
「僕はね、半ば勘当された身ですよ。だから一人で旅をしているんです。おかしいと思ったでしょう?」
「うん、凄くおかしい、と思った。」
12歳の子供が一人旅?こんな危険だらけの世界で?
平和な世界だって、こんな小さい子に一人で旅させないよ。「常識のない俺」にとっての常識だ。
ただ、その後の「霊媒師」なんだらかんだらに気を取られて、「12歳の一人旅」をすっかり忘れ去ったけど...
「僕は全然霊を呼ばないから、お母さんをかなり怒らせてて...あ、お母さんってのがね、僕の家の『当主』って奴で、一番偉い人。」
「うんうん。」
喋り方が段々と子供っぽくなっていく...ような気がする。
「でね、遂に堪忍袋が切れて、『武者修行に行け!』と、家から追い出されたの。」
「なるほど...本当のことだろうな?」
ついつい「頷き」ばかりしていたが、ふっとキーム少年が「詐欺師」である事を思い出した。
「本当の事だよ。僕、嘘を言うの、好きじゃないの。」
「いや、嘘を吐きまくってんじゃん!何良い子ぶってる?」
ボケにはツッコミ。君の嘘、僕が暴く!
「......うん。僕、嘘を言ってない。」
中途半端の間があって、なのに「嘘を言ってない」を固持する。
「思い出してみて。僕の言葉、勘違いさせる言い方をするけど、嘘を言いました?」
「え?」
俺は一々人の言葉を覚えて忘れないような狭量な人じゃない!
だけど、賢いから、中々忘れないだけだ!
えっと、キーム少年が俺に自己紹介した時の言葉は...「僕は『霊媒師のミランダ家』の、キーム・ミランダ。今年12歳。」
...あれ?
次に行こう!次!
キーム少年がストック家内に色んな事をする前に言った言葉は...「僕が今からやる事に何も聞かないで、逃げてしまうから。」
...あれれ?
その後は?その後に何か印象的な言葉は...「キー!」
「出自だけ言ったり、主語を省略したり、ましてや奇声を発したりとか、汚いぞ!言葉だけなら確かに嘘を言ってないけど...汚いよ!」
「でも、嘘を言っていないでしょう?」
「言っていないが...いや、言っていないから、質が悪い!言っていないからこそ、質が悪い!」
このガキ!大人を舐めてやがる。
「あのな、ガキ...じゃなくて、キーム少年!いいか?嘘を言ってはいけないが、だからと言って、何を言っても良いという訳じゃない。寧ろ、偶に『嘘』の方がいい事もある。嘘を言っていないからって、許される訳じゃない。」
「......」
「聞こえたか?ねぇ、キーム少年?」
「......あぁ、うん。分かった。」
「なぜ偶に『間がある』?」
「うん......僕、頭の回転が遅い、みたい?」
頭の回転が遅い?
頭の回転が遅い人は詐欺師に成れねぇんだよ、クソガキ!
「俺が『偶に嘘の方がいい事もある』と言ったからか?だから自分の頭が悪いと、嘘を言った?」
「...う~......いや、嘘じゃない。僕、憶えた事を直ぐに使いこなせますが、理解するのが遅いって、兄さんが言ってた。」
「『兄さん』?俺の事?」
「あ、違う。僕の兄さん。血の繋がった兄さん。僕より九個上だが、死んだの。」
「ぁ、あぁ、そうなんだ...ごめん。」
この子、兄が居たのか。
あ、そうか!そう言えば「次男坊」だったな、ソレイユさんが言ってた。
「僕、弟もいた。僕より一個下。」
「へー、弟さんか。」
弟居るって事は、ミランダ家の次期当主の予備がある、と。
...何で俺にこんな酷い考えが浮かんだ?俺、最低!
「ってことは、今年11歳?」
余計な考えをしないように、消極的に聞く自分を積極的に質問する自分に変えた。
しかし、キーム少年が俺の質問に「うぅん」と頭左右に揺らす。
「生まれてすぐ、死んだの。」
地雷だった!質問しなきゃよかった!
というより、この子はちゃんと「過去形」を使ってた。何故それに気づけなかった、俺?
「ごめん!ごめんごめん!ほんとごめん!余計な事ばかり訊いたな、俺。ごめん。」
話題!話題変えよう!
ってか、そもそも何の話だったっけ?
「あ!」
思い出した。
「ここに住むって話だよな。うん、いいよ。いつまで住んでもいいよ。うん。」
「......」
またもおかしな「間」があった。
「ありがとう、お兄さん。」
そう言って、キーム少年は続けて巾着袋を俺に差し出して、「はい」と言った。
「あぁ、家賃、か。別に家賃いらないよ。」
「でも、他人の家を借りて住むなら、家賃を支払わなきゃいけない、じゃないの?」
「まぁ、俺にはそういう...『人に家を貸している』という認識がし辛いっていうか...自分の家だと思って、ここに住んでいいよ。俺だって、ここを借りてるだけだし。」
「......ん?」
頭を傾げて、無邪気な眼で俺を見つめるキーム少年。
少し恥ずかしくなった俺は「リリー」と、助けを呼んだ。
リリーの事を考えれば、今の俺は彼女への気遣いが足りない事をした。そのことに少し後悔したが、俺に呼ばれたリリーはゆっくり、隅っこから出てきた。
「あー、リリー。ごめん、何で呼んだのか、俺もよく分かんないや。ごめん。」
「いいんです、ナーバ様。私こそごめんなさい。自分の身体に負い目を感じて、人前に出ないようにするのは、人に気を遣わせるようにする行動でもあるって、気づきました。今後はちゃんと...堂々と...人前に出るようにします。」
...ん?
なんか、分かんないけど、俺の言葉が、リリーに、なんか...「覚悟」させちゃった?
全然そんなつもり、ないんだけど。
「あー、うん。」と生返事し、「いや、別に無理に...」とリリーに気を遣おうとしたが、リリーの「覚悟」を考えると、これはこれでいいと思って、「でも、まぁ...うん。」と言おうとした言葉を別の言葉に変えて、「リリー、こっちに来て座って。」とリリーの覚悟に答える言葉を選んだ。
「キーム少年、こちらはリリー、お前より先にここで住むようになった...えっと、『寮生』?じゃないか。『入居者』?なんか、言葉が堅いな。」
暫くこの倉庫に住む人の固有名称について考えた俺だが、いい言葉が見つからず、自棄気味に「家族!」と言った。
「リリーはお前より先に入った『家族』だ!血の繋がり、全くねぇから言葉としておかしいけど、もういいよ!考えるのがめんどくせぇから、『家族』だ!俺は無一文のリリーを無条件で受け入れたんだ。だから、お前も無条件で受け入れる。家賃とか、いらない。今んところ、使い道もないし。」
キャラバンはカートンの家に行くが、俺の倉庫に来ないんだ。お金持ってもしょうがないし、そもそも、俺はまだ「たかがボトルキャップ」をお金として認識できない、ゴミにしか見えない。
ゴミを一杯貰っても、嬉しくない...いや、ゴミじゃなく、今の世界のお金、なんたけどなぁ。
「『家族』...」
何故かキーム少年も、リリーも感無量って感じで、俺を見つめている。
「いやいや。俺の語彙が乏しいから、『家族』と使ったけど、深い意味はないぞ!重く取られても、俺に裏切られた時に後悔するだけだよ。」
「裏切るの?」
「いや、しないけど...」
小っ恥ずかしいなぁ!「家族」とか、突然口に出した言葉にしても、ちょっとむず痒いぞ!
「お兄さん?」
「な、なんだ?文句一切受けつかないぞ!」
何故か声を掛けてきたキーム少年に防御態勢を取った俺、少し過敏になっているようだ。
「家族なら、お金を扱ってくれない?」
「いや、『家族』という言葉を使ったけど...」
「僕、こんな大金、怖くて持てない。」
「え?あぁ...」
そうか。
この子はまだ12歳、だもんな。
大金を常に持ち歩くするには、「年上」に奪われる可能性が高く、危険すぎる。
そう考えると、「家賃」と言って俺に渡した時も、自分が狙われないようにする為という、子供ながらも必死な知恵とも考えられる。
...それに気づけなかったのか、俺?
...いや、違うな。
気づけなかった、じゃなく、気づこうとしなかった、というべきだ。
霊媒師...詐欺師...
今日の俺は「嘘を吐く」事に反感を持ち、最初から公平な目でキーム少年を見ていなかった。
冷静ではなかった。キーム少年の事を考えてあげようとしなかった。
...俺らしくもない。
「ふぅ...そうだな。『家族』だから、成人した家族が未成年者の家族のお金を一時的に保管する。その未成年者が成人し、お金の大切さを理解する年になってから返還、もしくは続けて保管するが、自由に使わせる。」
俺はキーム少年の手から巾着袋を受け取る。
「これはお前のお金だが、大人の俺がとりあえず預かろう。失くしたら俺の所為になるから、失くさない様に必死に気を付ける。欲しくなったら、いつでも言っていい。ただ、使う前には『相談』、くらいはしてくれ。それでいい。」
「......」
またも「間」があった。
頭の回転が遅いって、もしかして本当の事なのかな?
...嘘を言っていないと信じたいが、これを信じるのも失礼な気がして、微妙な気分だ。
「お兄さんは...僕の家族に...なってくれる?」
「ん?そうだよ。」
何で改めて訊いた?
「お兄さん...お兄さん!」
「うわっ!」
突然、キーム少年が抱き着いてきた!
「お兄さん!お兄さん!」
「うわ、泣いてる!泣かない泣かない!」
懐に入ってきたキーム少年を全力で慰めて、背中をゆっくり撫でた。
そういえば、実の母親に「半ば勘当」にされたんだ、この子。まだ12歳で、この世界ではそれなりの大人という扱いされるが、俺にとってはまだまだ子供だ。
子供一人で危険な旅をしてきたんだな。
そうか、そうか。
家族愛に飢えているのかもな。
「...これからは、家族だ。」
自然と、何も考えずに、言葉が出た。
それと同時に、俺の中にリリーとキーム...二人を守らなきゃいけないという責任感が生まれた。そんな気がする。
リリーとキームを...「家族」を守らなきゃいけない。
...やらなきゃいけない。
出場した人物:
ノアバー・アウトキャスト:略称「ナーバ」、男性、主人公。(アウトキャスト家家主。)
リリー:腕のない少女。(アウトキャスト家長女。)
ウインド・ストック:ストック家三子・長男。ライフル銃を持つ女装男子。
ソレイユ・ストック:ストック家長女。世話焼きな性格で、ナーバに色んな知識を教えた人。
ルナ・ストック:ストック家次女。
キーム・ミランダ:ミランダ家次男。霊媒師のフリをする現12歳の少年。(アウトキャスト家長男。)
カートン・ストック:ストック一家家主。中年男性。
用語メモ
ギャング:悪人。
キャラバン:旅商人。
霊媒師:九つの不思議な力の一つ、「霊に関わる力」を扱える人達。詐欺師?