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家に馴染めない末っ子

 リリーとの生活に直ぐに嫌気を差すと思ったが、意外にもそうはならなかった。


 俺の一日は大体朝起きて、自分が育ている野菜の庭園にて、水やりや虫取りとか、少し弄った後、朝食を取る。

 午前は付近の森に入って、野生している食える野菜の採取と、設置した罠に動物が嵌ってないかを確認・または破壊された罠の修復。運よく罠に動物が嵌った場合、その動物にトドメを差して持って帰る。大体はそれで午前が終わり、家に戻って昼食を取る。

 午後は俺的に自由時間で、まだ着手していない家の修復やその拡張、遠目では見つからないように雑草などを使った隠蔽作業、または思いついたアイデアに着手するとか、したい事をする時間。太陽が沈んだら晩飯を取る。

 夜は基本何もしないが、急に動物が侵入して襲ってくる事があるから、長いが浅い睡眠を繰り返し、二階が出来上がってからは二階で寝るようにするとか、太陽が昇って来るまで落ち着かない夜を過ごす。

 以上が俺の基本の一日である。


 ...が、俺という人は時間にルーズで、面白いアイデアを思いついたら、直ぐにそのアイデアに取り掛かって、他の事を放置する性格だ。

 最悪、過去にあった出来事を例に上げると、ある日は朝に庭園弄りの最中に別の事をやりたくなって、夢中し、太陽が沈んでからようやく目が醒ます。朝昼ごはんが抜いた状態で晩飯を作って、食事しながらしなきゃいけない庭園弄りだけでも終わらせて、寝る。次の日に朝食を作れる材料がなく、昼は朝食抜きで歩き回って、偶々前日に罠に動物が嵌ったが、既に別の動物に食い散らかされた動物の残骸を見つけて、気持ち悪さを我慢して、その残骸を罠から外して、遠くに捨てる。そして育てている野菜がまだ成熟していないから、少ない取れた野生の野菜や果物で昼飯を済ませる。そんな散々な二日があった。


 そういう経験があったにも関わらず、俺は偶にまた遣らかす。しかし、リリーと一緒に生活するようになってから、それが完全になくなった。何せ、「二人」だから、だ。

 俺が何かに夢中になって時間を忘れてしまっても、朝昼晩ごはんの時、リリーが体をもじもじして、俺に「食事の時間だよ」とアピールしてくる。そういう事をされると、俺も冷静になって、いつもの一日のルーティンに戻す。

 人の手伝いがなければ食事ができない少女の世話というペナルティを抱えているが、「二人」というアドバンテージがそれを上回り、「リリーと一緒に生活して良かった」と思えた。


 そして、何日が過ぎた頃、とある出来事が起こった。




 その日、三人のギャングがストック家に訪ねた。

 具体的に何を話したのかは分からないが、家主のカートン・ストックが一生懸命にギャング達に頭を下げるのを見た。もしかして、「リリーを探しているのか?」と思って、俺はリリーを火を付ける用に干した草で隠した。

 暫くして、そのギャング達は一杯食べ物を持って離れた。一息付けたと思ったら、ストック家の末っ子が急に怒鳴りながら、俺の家に入ってきた。


「おら、居候!そろそろ家賃を払え!」

 そう言いながら、乱暴にドアを蹴って入ってきたのが、カートン・ストックの三人子供の暴れん坊、末っ子のウインド・ストックである。


 ウインドは見た目だけなら、上の二人の姉よりも美形で、一番最後に生まれたからか、ストック夫婦に思い切り甘やかされて成長したって感じだ。畑仕事にも一切手伝いをしないで、「毎日何をしているのだろう?」と思うほど、ダラダラ出歩いているのをよく見かける。

 偶に俺の庭園に入ってきて、勝手に熟したモノを取って食う。そういう時にもし彼と目があったら、必ずと言っていい程にメンチを切ってくるので、目を合わさないようにしてきた。

 そんな感じで、俺は基本ストック一家と話しないようにしている。ストック家も、今は俺の家となったこの倉庫を放棄したという感じだった。


 けど、今日は向こうから干渉してきた。「嫌だな」と思ったが、相手にしない訳にはいかない。


「家賃?今までそんな話、一度もなかったけど?」

「人んちの場所を借りているなら、相応な代償を払うべきだろう?つべこべ言わずに、そっちの貯蓄を出せ。」

「そう言われても。キャラバンがここを通る時、倉庫(こっち)に来ないでしょう?貯蓄しようにも、モノを買いに来る人が居なきゃ、出来ないでしょう?」


 キャラバン、この荒廃した世界で旅する行商人。

 そんな酔狂な事をする人達だが、彼らのお陰で、ストック一家のような固定の住所から離れられない人達が食糧だけじゃなく、衣服や手軽な道具、更に武器まで揃う事ができる。

 その時に使われているのはボトルキャップ。国のない世界に貨幣もないから、キャラバン達が勝手にボトルキャップを通貨としたが、気が付くとボトルキャップが世界の通貨となっていた。

 ギャングに襲われても返り討ちにでき、固定のルートのみ通るキャラバンなら、手持ちのボトルキャップが足りなくて、約定書のようなモノを渡されても、「大丈夫だろう」と安心して受け取れるが、基本ボトルキャップで物の売り買いが行われる。

 まぁ、「何が何キャップ」と値段を決めるのが彼らだから、彼らとの商売はある程度の我慢が必要だ。それでも、ギャングにただで取られるよりはマシ。


 ストック家にキャラバンが来たのを見た事がある。家の中から覗いただけだが、かなり物持ちがいい。

 特に武器の種類が豊富で、色んなモノに銃口が付いていて、「それ、銃なの!?」と思えるモノが多かった。

 けど、そのキャラバンは俺の家をストック家の一部と認識しているようで、ストック家の母屋に暫く滞在した後、こっちの方へ来ずに去った。

 だから、俺は食べ物や色んな自作道具を持っているが、キャップ一個も持っていない。


「じゃ、モノを出せ。育てる物、全部寄こせ。」

 そう言って、スカートを履いているのに、ウインドは大股で俺の庭園に向かって歩く。


「ま、待ってください!」俺はウインドの下を見ないように顔を少し上向きにして、彼の前に回った。「それじゃ『ギャング』と同じじゃないか。折角隠れて育ってたのに...」


 俺の庭園は少し森の中にあるが、動物に荒らされないように鉄の柵を設置している上に、周りの木と木の間に蔓で繋いで、その蔓に長い緑の草や葉っぱを掛けて、人に見られないように工夫もした。

 しかもそれだけじゃなく、更に太陽光を妨げないように蔓の位置を簡単に調整できる装置も作っている。大雨が降る時の対策に、手動開閉天井も作った。ストック一家と比べてかなり少ない作物だが、安定した収穫が取れる自慢な庭園だ。

 そこで「土足」で入り込もうとするなんて、許される事じゃない!


「俺もストック家に恩を感じているし、そっちが食糧で困っていたら、俺も言われる前に自分の食糧を分けてあげるから...」

「調子に乗るな、ナーバ!」


 突然、ウインドの足が俺の足に絡んで、俺を転ばせた。その上に、彼は自分が背負っているライフルを両手に持ち、銃口を俺の顔に付けた。

「お前はうちの倉庫を『借りて』いるだけ。いつお前から取り上げても、全て親父の気分次第。『分けてあげる』とか、本気でここを自分の家と思ってんな!」


 銃口を向けられて、俺は更に顔を上げた。

 銃が怖いじゃない。

 いや、銃は怖い。怖いだが、顔を更に上げた理由は銃が怖いからじゃない。

 見たくないからだ。

 俺が下で、ウインドが俺の上にいるという状況で、そのスカートの中が簡単に目にできる。


 荒廃した今の世界、服一着を買う事も難しいのは分かる。なので、彼の服が姉のお下がりという可能性も考えられる。

 それに、スカートを履くのが彼の個人的趣味である可能性も考えられる。他人の趣味に関して、俺が好む好まぬに関係なく、口出ししないつもりだ。


 それでも、見たくないものは見たくない。

 それが例え、ウインドが自分の二人の姉よりも美形でも、女装がとても似合うとしても、彼が男性である象徴を目にするのは嫌だ。


「分かった!分かりました!好きなだけ盗っていくといい。だから、銃を下ろして、俺の上から退いてくれ。」

「ふん!最初から素直にしていれば、痛い目にも遭わずに済んだというに。」

 ウインドがライフルの銃口を一度上に向けて、スリング掴んでライフルを一回転して、背負った状態に戻した。


 ウインドが俺の上から退いて、俺の庭園に向かってから、ようやく彼の「その場所」を見なくて済んだと思い、俺は体を起こした。

 そして、俺が苦労して育てた野菜を毟っていくウインドを見て、今の世界の生き難さに再認識した。


 今の世界、一歩間違えば、人は勤勉に作物を育てる農民にも、その作物をただ奪っていくだけのギャングにも成れる。

 恐らく、さっきのギャング達がストック家の食糧を無理矢理に奪った。だから、ウインド・ストックが俺が育った野菜を奪いに来たんだ。

 強者が弱者からモノを奪う世界。キャラバンの方がまだ良心的な人達に思える。


「なぁ、ウインド。これからもこんな感じで...ギャングが来たら、俺の食べ物を盗るつもりか?」

「寝る場所があるだけ、有難く思え。」


 罪の意識が全く感じない返答だ。何せ、ウインド達も俺と同じ、ギャングという加害者に物を奪われた被害者だからだ。

 ギャングに物を奪われて、怒りを覚えて...そして、その怒りのぶつける相手に、彼らに温情を乞うった俺が選ばれた。

 それだけの事だ。


 ...俺が覚えたこの怒りは次に誰にぶつける?

 きっと、そいつは俺より弱い奴なのだろう。

 そして、今、俺の近くで、俺より弱い奴と言えば、一人しかいない。


「そうやって、俺は何の罪もない彼女に手を上げる訳だな。最低だよ、それが。」

 俺は仰向けにして、空を見上げた。


 こんな弱い者いじめの連鎖は早いうちに断ちたい。というより、「連鎖」させたくない。

 ならば、どうすればいい?俺に何が出来る事はあるのか?

 ...少しウインドと話をしよう。


「ウインド、頼みたい事がある。」

「頼み事?お前はオレに頼み事できる立場か?」

「まぁまぁ。どうせ全部盗るにはまだ時間が掛かるでしょう?聞くだけ聞いてみてくれよ。」


 ウインドからの返事が来なかった。

 俺はそれを「オーケー」と受け取った。


「俺達の用心棒にならないか?」

「は?」


 俺の口から出したのは、ウインドが予想もしなかった提案。俺が何を考えているのかが分からず、彼は口を半開の状態で止まって、俺を見つめた。

 それを見て、俺は話を続けさせようと、先ずは干し草の中に隠れているリリーを手招きで呼び出した。


「お、お前?何故こんな役立たずを匿っているんだ?」

 ウインドの口が鋭い牙を隠しているようで、リリーに対して容赦のない代名詞を使った。


「そう言わずに、同じ人間じゃないか。」

「けどその女、何の仕事もできないじゃん?腕が一本でも残っていれば、話も変わるけどさ。」

「仕事してないに関して、ウインドも同じだろう?」

「お、オレはしないだけで、出来ないじゃ...」

「まあまあまあ、今はそんな話がしたいじゃない。元の話に戻っていい?」

「ちっ...」


 返事は小さな舌打ち、けど「否定用語」ではない。


「時々、森の中から聞こえてくる銃声。それは、ウインドだろう?何かを撃っているの?」

「動物だよ。聞く前に言っておくが、腕前は別に良い訳じゃない。まだ一匹も撃ち当たった事がない。」言いながら、ウインドは背中のライフルを撫でる。「それでも、オレは土いじりより、こっちの方が似合ってる、と思う。親父の手伝いしたくないじゃない、土いじりが嫌なだけだ。」

「だから、狩人になりたいと?」

「無理を言って買ってもらったライフル銃だ。弾も安くない。けど、何とか役に立ちたいと思ってるよ。ただ、本当に土いじりが嫌だ。嫌で嫌で、銃の腕が早く上げたいのに...」


 そこで、ウインドが口を噛んで、続きを言うのをやめた。


 家族全員が畑仕事しているのに、自分だけがそれが嫌いで、ダラダラしている。けれど、何もしない自分も嫌いで、だから貰ったライフルを撃っている。

 それが動物とかに当たれば、家族全員に肉を食わせてあげる。自分が遊んでいる訳じゃないと、自分に証明できる。

 しかし、現実は楽観的なものではない。今でも動物を一匹も撃ち当たった事がない。自分が今まで畑仕事していない理由は、銃の腕を磨いて、動物を撃つ為だと、そう家族に弁明できない。

 そうしたうちに、いつの間にか、畑仕事をしたら負けだと思い込んだのかもしれない。それで更にイライラして、また森の中でライフルを撃つ。それでも動物を撃ち当たらない、弾が無駄に消費していくだけ。弾の値段も気になるようになって、それにイラつき、その発散に森の中でライフルの銃弾を乱発する。

 ...イライラする気持ちだけが増していく。


 もし、ウインドが俺の想像していたような人なら、これからの俺の提案を飲む筈。飲まなかったら、彼が「ダメ人間」だと納得しよう。


「幾ら手の込んだ隠し方をしても、ばれる可能性がある。それが小型な動物なら、俺一人でも追い払えるが、大型な動物になると、銃を扱える方に頼る必要がある。生憎、俺はキャラバンと商売した事がないし、銃の扱いにも自信がない。」

「だから、オレを用心棒に雇いたい、と?」

「はい。」俺は自分を差して、そしてリリーを差した。「大型の動物から俺達を守る、その代わりに、俺も定期的に自分の食糧をストック家に謝礼として貢ぐ。どう?」

「オレがわざわざお前らなんかを守らなくても、ただお前から奪えば、それで済む話だろう?」

「『ギャング』なんかに成り下がってもいいと言うのなら、確かに俺も大した抵抗はできない。しかし、それでいいのか?『ギャング』と同じになってもいいのか?」

「ギャングと...同じ...」

「それに、俺も『大した抵抗はできない』とはいえ、生き死に関わるレベルの強奪に、必死の抵抗はすると思う。その時、例え俺が死ぬとしても、ウインドお前、その一本の腕くらいは貰っていくぞ。」


 俺の小さな脅しに、ウインドが俺を睨みつけたが、俺も同じく睨み返した。


「一寸の虫にも五分の魂。最悪な結果は誰も欲しくはないでしょう?だから、そうならないように、『ギャング』じゃなくて、『守り手』にならない?俺達が食べ物を捧げる代わりに、俺達を守ってほしい。どう、ウインド?」


 俺の育てた野菜を毟るウインドの手が止まった。そのまま暫く、ウインドはスカートが汚れるのも気にしないで床に座って、何も言わないでいた。


 彼はきっと考えているのだろう。

 利得について考えているのか、好き嫌いについて考えているのか、家族からの見る目を考えているのか...待っているこっちは気が気でなく、心臓がずっとドキドキしている。


 だけど、最後がよければ全てよし。


「いいだろう。その話、乗ってやる。」

 ウインドが俺の提案に乗ってくれた。

 そして、俺は腕は兎も角、銃を扱える用心棒一名と契約した。

出場した人物:

ノアバー・アウトキャスト:略称「ナーバ」、男性、主人公

リリー:腕のない少女

ウインド・ストック:ライフル銃を持つ女装男子


ストック一家:家主は カートン・ストック(中年男性)


用語メモ

ギャング:無法者だが、法のない世界でそう呼ぶのもおかしいので、「ギャング」という単語で彼らとそうじゃない人達と区別する。敢えて定義するならば、「自分達さえ良ければ、他人の生き死などを気にしない、時に弄ぶすらする」者達である。

キャラバン:旅商人。基本複数人の用心棒と一緒にいるが、一人でも、他人と物の交換や売り買いをするなら、キャラバンとして扱われる。

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