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腕のない少女

 その夜、両腕を失くした一人の少女が家主のドアを叩いた。

 袖のないボロボロな服を着て、靴も履いていない汚い足で現れた少女を見て、家主のカートン・ストックはあからさまに嫌な顔を見せた。何せ碌に彼と話をしていない俺だが、カートン・ストックは自分の...血の分けた家族を含む自分達の事しか考えない人だと、初対面の時に直ぐに気づいた。


 俺に殆ど使われていないとはいえ、カートンは自分の家の一部である倉庫を俺の仮家として貸してくれた。最低限の食糧(一食分の謎の果物?)もくれたし、長く住んでいても文句を言いに来ていないから、俺はストック一家に感謝の気持ちを持つべきなのだが、どうもその一家の人達が好きになれない。


 腕のない少女がカートンに何かを話している。雨の所為で話声は聞こえないが、恐らく少女は助けを求めているのだろう。

 しかし、俺の予想通りにカートンは首を横に振って、ドアを閉めて部屋の中に戻っていた。少女は閉めたドアを体でぶつけて、続けてお願いしているが、そのドアは開く事はなかった。


「おい、お前。」俺は雨の中、少女を自分が住んでいる倉庫に招く為、彼女に近づいて話しかけた。「こっちに来い。」

「え?」少女は戸惑いの顔を見せた。けど、直ぐに「はい!」と言って、俺の後についてきた。

 そして俺はタオルを手に取って、一緒に倉庫に入って来た少女に「まずは身体を拭くが、構わないか?」と訊ねた。

「あ、ありがとう…」

 家主のカートンと全く違う扱いに戸惑ったのか、少女は恐る恐るに俺に近寄った。

「男と女は違うからな、気を使うべきだ」と前置きして、「…が、俺はその辺の事が苦手で、触っちゃういけない場所に触れたら、遠慮なく言うんだぞ。」と、俺はタオルで少女の髪を拭きながら言った。

 少女はそれに対して、特に何も言わなかった。


 気遣いが苦手...という俺の言葉は半分嘘だ。本当は両腕のない人に対して、どういう態度を取ればいいのか分からない、というのが実情。


 濡れた身体を拭かないと風邪を引く。でも腕がないから、誰の助けが必要。

 同性なら問題もないが、生憎俺は彼女と違う性別である。

 だから我慢して貰うしかない。


「身体を拭くが、構わないか?」一応確認を入れる俺。

「ありがとうございます。」そう言って、少女は俺に背中を見せた。

 俺は少女のボロ服に手を掛けて、下から上にゆっくり脱がした。細い彼女の背中を見つめて、改めて「両腕のない」という違和感に心を痛め、目を閉じた。


「目を閉じてるから、変な場所に触れないように努力するが、お前もあまり動くな。」

「...うん、ありがとう。」


 よし、落ち着け。今は落ち着け、俺!

 女の子の体をタオル越しとはいえ、初めて触れるんだ。気持ちが昂ってしまう事は容易に想像できるが、落ち着け、俺!

 無心状態...無心状態だ。何も考えるな。

 深呼吸、スー...ハー...スー...ハー...ドキッ!変なところに触れたかもしれない!

 いや、深く考えるな!スー...ハー...、アレは人体の一部位だが、人体であるに変わりはない。スー...ハー...、バカになるんだ、俺。


「終わった...」と俺は溜まった息を吐いたが、直ぐにまだ終わっていない事に気が付いた。「下も...だよな?」

「お手数を掛けます。」少女は背中を向けたまま、後ろにいる俺を覗くように頭を少し傾けた。


 逞しいな、この少女。

 俺に背中を向けた事から「恥じらいはある」と分かるが、それを耐えて、少女は俺に自分自身を預けた。

 この世界で生きている以上、誰もが逞しく成長するだろうか...逞しいな、この少女。


「お前、名前はあるか?」彼女の「下の()」脱がしながら、()()()気を逸らす為に訊いた。

「...リリー」彼女は少し間を置いてから言った。「リリーと、呼んで欲しい。」

「そっ、リリー...分かった。苗字はある?」

「...また...考えていない。」先よりもっと長い間を置いてから、少女は言った。


 苗字がない。「リリー」と呼んで欲しい。

 なるほど。「元」孤児だろうな、彼女。


「後で、色々訊いてもいいか?」

「...はい。私に入らせてくれて、ありがとうございます。答えられる事は、全て答えます。」

「うん。」

 俺は「男女の違い」という言葉を脳内から一旦削除して、一心不乱にリリーという名の女の子の体を拭いた。





「逃げ出したの...」リリーが語る、「ここから北西に、とても大きなギャングのグループから。」

「『ギャング』か。」

 ストック夫婦から初めてその単語を耳にした時、少しそれについての知識を得た。


 ギャングは俺達と同じ人間ではあるが、人間の道を外れた事をする無法者。その多くは徒党を組んで、自足自給で生活する人達に略奪を行い、他人より自分が大事な最低な奴らだ。

 規模について特に制限はない、一人でギャングっていうのもありだ。

 が、非常に厳しい。弱肉強食なこの世界で生きていると、自然と「一人より二人、二人より大群」と、ギャング達は徒党を組むようになって、同じギャング相手でも関係なく、群れで略奪を行うようになった。


「そのギャング達は毎晩、ショーと称して私と同じ境遇の人達を殺して楽しむ。方法は様々、『一晩で何人も』の時もあるが、『何日掛けて誰かを』という事もあります。私は()()()のショーの『出演者』でした。」

 そう言いながら、リリーの肩は段々と震え始めた。

「睡眠剤を注射されて、起きた時には腕がなくなっていました。しかも傷が完全に治っていて、大分時間が経っている事も分かる。」


「私が自分に腕がない事に気づく時の反応が、賭けの対象になって、全員が音を殺して、私が目覚めるのを待っていたのです。」

 そう言って、リリーは体を曲げて泣き始めた。自分自身を抱きしめる事も、目から出た涙を拭く事も、彼女はできないで、ただただ体が震えていた。


「大変な目にあったな。」掛けるべき言葉が見つからなくて、俺はリリーを抱きしめて、誰にでも言えるような慰めの言葉を口にした。


 分かっていた。

 これが、今の世界だ。

 国が消えた世界。自由がどこまでも「自由」で、制限をかける者が居なくなった無秩序な世界。

「与えられた自由」ではなく、突然「降ってきた自由」に、人はみんな、生きるに必死で、他人に気遣う余裕がない。それ故に人は私利私欲に走り、自分だけ良ければいいと、最終的に「ギャング」という人種を超えた悪が生まれた。


「ご飯、食べれるか?」俺はリリーに訊ねた。

「食べ物?くれるの?」

「えぇ、温めておいた。」俺は自作の鍋の蓋を開けて、リリーに中身を見せた。


 冷蔵庫が消えた今、料理はできるだけ自分にびったりの分!の方がいいのだが、丁度今日まで処分しなきゃいけない食材があったから、多めに作っておいたんだ。

「無理矢理に胃の中に突っ込む所だったが、助かったよ、リリー。食べてくれるか?」

「た、食べたい、です、けど...」言いながら、視線を落とすリリー。


 そうか、腕がないんだったな...


「はぁ、仕方ない。」俺は料理を食器に移して、スプーンで掬ってリリーに差し出した。「口を開けて。」

「あ、あー...」ごくんと一口目を飲み込んだリリー、直ぐに申し訳なさそうに、体を少し後ろに倒した。「悪いよ!こんな...毎日の食事にこんな事も...そもそも、今の私は役立たずですよ!何も返せるものもないのに、食事まで迷惑を...ここに一晩隠れさせてくれるだけでいいです!他は何もいりません!」

「気にするな。」そう言って、俺は再びスプーンでリリーに料理を差し出した。「俺も覚悟の上だ。」

「え?」

「お前は...リリーは今晩だけじゃなくて、ずっとここに住んでいい。食事の時は毎回手伝ってあげる。そう覚悟したから、今はこんな事をしている。」


 俺の言葉にリリーは何を思たか、まだ鼻声だったが、また泣き出した。

「ほ、本当に?ひっ、私、ひぐっ、生きてていい?迷惑かけていい?」

「俺も、覚悟の上だ。」


 俺自身も、生きるにそれほど余裕がある訳じゃないが、どうも性格上、可哀そうな人が放っておけないんだ。

「この倉庫、もう俺のモノと考えていい!廃墟みたいな昔の倉庫を片付けして、修理して、二階に分けるまで改造したんだ。もう俺の家でいいだろう!」

 家主のカートン・ストックは俺に倉庫を貸してから、一度もチェックしに来ていない。その家族も、中まで見に来る人はいなかった。

「モノづくりは好きだが、使う人が俺一人だと勿体ないだろう?屋根の修理とか大変だったぞ!ネジが足りないから、同じくらい大きさの板を作って、元の壊れてる屋根を気を付けながら外して、そのネジを再利用して修理したんだぞ!凄いでしょう?」

 だけど、それを知っているのは俺だけというのは、実に寂しかった。

「元倉庫だから、ちゃんと探したら道具一通り揃えたし、その道具を使って色んな物を...本当に色んな物を作った!」

 植物のツタを使って縄を作り、縄と頑丈の樹からの木材を使って梯子を作った。屋根修理した時に、何故か余ってきたネジも使って、大きい過ぎた倉庫を二階に改造して、合理利用できるようにした。

「スプーンも鍋も、実は手作りだぞ!鍋に関してちょっと手抜きはあるけど、スプーンはちゃんと一から作ったんだよ!だけど使うのは俺だけ!」そう言って、昂ってる俺はお椀をもリリーに差し出して、「だから、食べて。ここに住んで。」と言った。


「今の俺にとって、ここは広すぎたんだ。」


「私...」リリー暫く口を閉じていた。

「ありがとう。私のような何の役にも立たない人を住ませてくれて、ありがとう。」リリーはそう言って、「あー」と素直に口を開けてくれた。

「役に立つ立たないとか、考えるな。」リリーの口にご飯を入れながら、俺は「別に健康な人しか生きちゃういけない訳じゃない。誰だって、生きてていいんだ。」と......

 ......嘘を言った。




「あの、すみません。」食事の後、片付けする俺の横でリリーは話しかけてきた。「私、まだあなた様の名前を訊いていませんでした。」

「そういえば、そうだな。」他人事のように、俺は言った。

「あの、私に、その...名前、教えてくれませんか?」リリーは俺に訊いた。何故かすごく勇気のある行動だと思えた。

「そうだな...」と、俺は少し考えたが、「俺はノアバー(ナーバ)、ノアバー・アウトキャストだ。」

 俺は何十日前に考えたここでの名前を思い出して、彼女に告げた。

出場した人物:

ノアバー・アウトキャスト:略称「ナーバ」、男性、主人公

リリー:腕のない少女


ストック一家:家主は カートン・ストック(中年男性)


用語メモ

ギャング:悪い奴ら。

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