隣の席の亜衣ちゃんは、いつも私をいじめてきます。
隣の席の亜衣ちゃんは、いつも私をいじめてきます。
「おい、瑠梨。まだ前髪切ってなかったのかよ」
人目が恐くて、なるべく目を合わせなくて済むようにしているのです。
でも亜衣ちゃんは、そんな私の気持ちも考えずに、目にかかる前髪を束にして持ち上げます。
私が慌てて俯こうとすると、亜衣ちゃんは私の顎を押さえて、無理やりに前を向かせました。
私の視線が、亜衣ちゃんに一瞬でぶつかります。
いじわるなのに、亜衣ちゃんの顔はとても可愛いです。
だからこそ、私なんかが近くで見るのは恐れ多く、せめてもと思って視線だけ逸らします。
「うぅ……や、止めて……?」
「うるせぇ、黙ってろ」
勇気を出して発した言葉も、簡単に蹴り飛ばされました。
亜衣ちゃんは、束にした私の前髪にいたずらをしているようです。
しばらく髪が引っ張られてから、ようやく私は解放されます。
いったい、私の髪になにをしたのでしょうか。
「お前、これ解いたら、ぶっ飛ばすからな」
うぅ……亜衣ちゃん、恐い。
言葉だけではなく、私自身も蹴り飛ばされるみたいです。
涙目になりながら頭に手をやると、前髪がヘアゴムで結ばれていました。
触った感じ、球がふたつ付いたヘアゴムのようです。
「ぷぷぷ、よく似合ってるじゃねぇか」
亜衣ちゃんは、楽しそうに笑いながら言いました。
こんな頭から水が湧いている、噴水のような髪型にして、私をからかっているのです。
恥ずかしくて俯こうとすると、また顔をがしっと掴まれます。
「おっと、下を向くのは禁止だ。せっかくの可愛い顔、みんなに見せてやろうぜ」
「ひ、ひどいよ……」
私みたいな根暗女、可愛いわけがないのに。
亜衣ちゃんは満足そうに笑ってから、私の頬で遊びはじめました。
「……お前、化粧しないでこれって、すげーな」
両手で頬をぷにぷにしながら、亜衣ちゃんはつぶやきます。
お化粧していないことを、またばかにされました。
亜衣ちゃんみたいに、ハーフと間違われるぐらいにはっきりとした顔立ちならともかく、私なんかがお化粧したら、目も当てられないと思います。
むにむにむに、なんだか真剣な亜衣ちゃんの眼差し。
「……みゃ、にゃいちゃん……?」
真剣な表情で私の頬をぷにゅぷにゅしたまま、亜衣ちゃんは顔をじっと見つめてきます。
人の視線の限界量を越えてきたので、たぶん私の顔は赤くなっているでしょう。
声をかけてからしばらくして、ようやく亜衣ちゃんは私の頬から手を離してくれました。
「……カラオケ、今日は二人で行くからな」
「えっ?」
唐突な、亜衣ちゃんの言葉。
そういえば、昨日、私は亜衣ちゃんに無理やりカラオケに連れて行かれました。
亜衣ちゃんと、クラスの女の子たち数人で。
「昨日はみんなで行ったから、歌い足りねぇんだよ」
「ふっ、二人でなんて……む、無理だよ……!」
昨日は大人数だったから、私が歌う回数は少なくて済んだのです。
いや、実際はみんなの前で歌うのなんて恥ずかしすぎて、無理でしたけれど。
私は歌わない、その言葉を発する勇気もなくて。
けっきょく三曲ぐらい、がんばって歌いました。
それでもめちゃくちゃ恥ずかしくて、カラオケに連れてきた亜衣ちゃんを恨みさえしたのです。
それに、私は人付き合いが苦手なのに、みんなと話させようとしてきましたし。
昨日だけで、私は一生分の発声をさせられたのでした。
「あぁ? みんなでは行くのに、私と二人は嫌だって言うのか?」
うぅ……亜衣ちゃん、めちゃくちゃ怒っているようです。
あまりの怒りに、私を睨みつける瞳が潤んでいます。
「そっ、そんなことない。行く、行きます」
私の言葉を聞いて、亜衣ちゃんは嬉しそうに笑いました。
おそらく、私の下手な歌をバカにするのが、いまから楽しみなのでしょう。
「へへっ、じゃあ、学校終わったらそっこーでカラオケな」
亜衣ちゃんは私の肩に手を回して、威圧的に言います。
こうなっては、私が逃れるすべはありません。
なるべく亜衣ちゃんの機嫌を損ねないように、へらへらと笑うのです。
私の顔を見た亜衣ちゃんは、満足そうに鼻歌をうたいながら、自分の席に戻っていきました。
といっても、すぐ隣なのですが。
高校二年になって亜衣ちゃんと同じクラスになってから、そろそろ三週間が経ちます。
その間、私は亜衣ちゃんに、いつもこんな感じでいじめられているのでした。
【後書き】
私が書いた短編を、短編集としてシリーズにしてみました。
もしよろしければ、他の作品もお読みいただけると嬉しいです。