とある帝国士官の災難 その3
ジャン・シェリホフは戦闘で忙しい味方である『外なる者』達の隙を見て持ち場を離れガンムナル城塞に幾つか存在する抜け道を使って脱出するつもりであった。
正直、魔素壺に蓄えられた魔素は殆どが底を尽き、この戦場が勝ち負けなどより、次の戦に備える事を考えると正直なところ、今回は勝ったとしても次回までの間に戦を行う為に必要な魔素を集めることは不可能に近い。
聖なる戦において魔素を使った召喚や魔尖塔の建築は『外なる者』達の戦いでは戦況を左右する程に重要であった。故に魔素の確保がいかに重要か知っている。
しかし、『外なる者』達は魔素が無限に湧き出るかのように考えている節がある。魔素溜りならまだしも、この城で魔素を確保する為にどれだけ苦労をしているか彼らは知らないし、知ろうともしない。
当然、多くの者達が『外なる者』への恨み辛みを愚痴っている。ジャン・シェリホフのような士官ともなると、直接指示されることも多く、彼らに愚痴など聞かれたら大変な問題になることを理解している士官達でも心の奥では愚痴っていることだろう。
彼は小さくそんな事を思いつつ、魔素を保管していた部屋から魔素壺を保管する為の倉庫へ移動させる旨を付近にいる『外なる者』へ告げ、曹長と共に部屋を出る。
ガンナムル城塞は城となる建物を中心に北側以外を城壁に囲まれており、南側は崖を背に負っている為に城壁は無い。建物としても、複雑な作りとなっており、『外なる者』が把握していない場所を幾つも知っている。しかし、残念なことに戦場が開かれている状態では何人も戦場から離れて逃げるということは出来ない。戦のルールであり、神が定めた聖域で行われることは古くから伝えられている事柄であった。
戦が終わると、聖域から元の場所へ戻る。これは重なり合う世界のようになっており、聖域に移された戦場と元の場所は同じであり、戦が終わった時に居た場所に戻される。
ただ、不安もある。
『外なる者』達は戦場において人の気配を感じる力を持っており、視覚的に見えなくともどこに人がいるか分かるようなのだ。
ただし、これは偶然知ったことだが、『内なる者』だけが知る通路や隠し部屋にいると彼らはその力が使えないようなのだ。
なので、ジャンは上手くすればこの城塞から離れても、彼等は気が付かないと考えていた。そして、倉庫から使用人などが使う出入口と通路を利用して『外なる者』達に気が付かれないように今回利用しようと考えている脱出口へ向かうのだった。
しかし、彼は持ち合わせている幸運というモノが常日頃、別方向へ向かうことは本人も薄々気付いていた。今回もそういった廻りによって出会ってしまった。誰の悪戯かAIによって動かされた未来なのか、それを判断する事は誰も出来なかった。この運命の悪戯が後世に語られる彼、ジャン・シェリホフ。遅れてきた英雄や魔術師ジャンとも呼ばれる英雄が表舞台に立つ事になるキッカケのひとつだとは、現時点ではまだ誰も知らない。
◇ ◇ ◇
我々は曹長を先頭に城の地下にある隠し扉を開け、城の地下に広がる古代遺跡を抜けて脱出しようとしていた。そして、その入り口である隠し扉を開け進んだ瞬間、曹長ゴーバン・ヴァン・バルドルドはほんの数秒だが立った状態で意識を失う程の強烈な衝撃をその身に受ける。
「ま、まさか!?」
思わず私は声をあげる。
普通はこんなにも驚くことはないだろう。幾つかの戦場に存在する施設……砦などではよくあることだ。だが、我々は判断が出来る。目の前にいるのが『外なる者』だと。
故に驚くのだ。
『外なる者』達は聖域にいる間は我々だけが通ることが出来る通路を通ることは基本的に出来ない。だから、気が付かれずに脱出出来ると思っていた。しかし、目の前にはその地下通路を認識している『外なる者』がいるのだ。
そして、衝撃を受けた曹長は立ったまま気を失っているのか、咄嗟の反応が出来ないように固まっている。そこに盾を持った女性が逆の手に持っている凶悪そうなメイスで曹長の頭蓋を打ち砕こうと振りかぶっている姿が目に飛び込んでくる。
「まっ……」
ジャンが声を上げるより早く、美しい音色の如く声を聴く。
「みゃー、皆さんも攻撃はしないように!」
その声を聴いた瞬間、曹長の顔面直前でピタリとメイスの動きが止まる。あのように重たそうな武器を簡単に扱える膂力――女性といえども『外なる者』は全く侮れない。もし、美しい声が止めなければ曹長の頭部は確実に破壊されていただろう。
「あばば、やっちゃうところだったよ。どうしたの? おねーちゃん」
侵入してきた『外なる者』達はその言葉に不満の声を上げる。それは当然だろうが、ジャンは困惑しつつ彼らの様子を伺う。なんにせよ、自分達の方は圧倒的弱者なのだから、生存戦略上無駄に命を散らすなど愚かしい事はしないにこした事はないのである。
「そちらの方は大丈夫ですか?」
その美しい女性は曹長の様子を見て心配そうに視線を送る。曹長を盾で殴りつけた女性が「大丈夫。一瞬気を失っただけでダメは殆どないから」とあっけらかんとした様子でそう言った。不思議な事に二人はよく似ており姉妹なのだろうと私は即座に思い至る。
「ならいいのだけど、どうやらプレイヤーはいないようですね。ひとまず、事情を聞かせて貰っても良いでしょうか?」
その言葉に私と曹長は思わず跪き騎士の礼をとる。訓練された軍人であればこそだが、自然と身体が動いた事に驚きを隠せない。そう相手は敵国の者だというのに何をやっているのだろう。曹長も同じような事を考えているに違いない。
「えーっと、この方達どうしたのでしょうか?」
「さぁ、団長にメロメロンッスかね?」
「もうっ、ミソスープさん冗談はやめてくださいって……と、ともかく、顔を上げて下さい」
「ハッ!」
我々は頭を上げ、彼等を見る。
目の前の美しい女性以外にも、凄まじいオーラを放っている女性や不思議な雰囲気の者達がこちらに不可解な視線を送ってくる。ただ、帝国で受ける『外なる者』達からの視線とは何か違うような気がするのは私だけであろうか?
「どうして、この地下通路へ向かっていたのでしょうか?」
その言葉に私……曹長もだが、緊張が走る。正直、戦場からの離脱というのは本来やってはいけない。そんなことは常識ではある……しかし、離脱できなければ、この戦は負ける。そして、我々のような普通の人間には死という絶望しか無い。
「…………に、逃げる為です。この戦は始まった段階から、我々の負けは濃厚だった」
私は緊張で乾いた喉に不快感を感じつつも必死に声を絞り出し、そう言った。目の前の女性は何故か興味深そうな視線を向けてくる。
「あなた達だけ逃げるというのはどうなのでしょう?」
「そ、そう言われてしまえば、私どもには何も言えません……しかし、私達の部隊や一般人は既に開戦前の混乱時に逃がしました。城塞に残っているのは一部の帝国兵と『外なる者』達だけです……」
「かといって、戦場から逃げるというのは問題なのではないですか?」
彼女は落ち着いた雰囲気でそう言った。当然、分かってはいる。戦場から逃げるという行為が悪であり、罪である。
しかし、ここで引くわけにはいかない。命を繋ぐ為には何とか彼女達を説得し、ここから脱出しなければいけない。私は焦る気持ちを抑え、息を静かに吸ってから視線を下に向ける。
「我々が逃げず……もしこの戦に勝ったとしましょう。しかし、次の戦までにこの城塞に存在する魔素は必要分を集めることは出来ないのです。故に今は生き残り、明日に希望を繋ぐことが優先だと私は考えたのです」
「それは敵である私達に話してもよいことなのでしょうか?」
「……まぁ、問題でしょうね。しかし、我々が逃げようとする理由を正直に話さねばならないと私は思ったのです」
「あなた方を逃がせば、次に我々の敵として戻ってくる事を考えれば、ここで命を奪った方が簡単だと思いませんか?」
「……それはそうでしょう……ここは戦場です。死にたくはないが、死は当然隣り合わせですから。しかし、『外なる者』であるあなた達は不死の存在……我々は死ねばそれで終わりです」
私は再び視線を彼女に向ける。すると、何故か彼女は優しく微笑んだ。
「それも当然ですよね……理解しました。ですが、逃がすという選択肢は残念ながら今はありません」
「そ、そうですよね……」
「もうひとつ、聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
「…………は、はい」
私はここまでかと思い、曹長に視線を向けると、彼も同じように諦めたような表情をして苦笑した。
「どれくらいの人数が城塞に残っているか教えて貰えますか?」
「……そ、それは……」
「あ、『外なる者』の情報は別にいらないので、あなた達のような普通の兵士の皆さんがどれくらい残っているか教えて欲しいのです」
「な、何故……?」
「理由を話さなければ分かりませんよね。まずはあなた達の言う『外なる者』と戦うのはあたりまえですから、正直どうでもいいです。でも、『内なる者』の命を奪うというのは私としては必要最低限にしたいと考えています。ですから、逃げてくれるというならば……城塞にいる人達を可能な限り逃がして貰えないでしょうか?」
「は?」
私と曹長は理解が追い付けず、思わず疑問の声を上げてしまうのであった。
るーこ「まぁ、ちえるんはそう言うこというよね」
カレン「あの子らしいわね」
みゃーるん「でも、どうなんですかね? 所詮データじゃないですか……」
るーこ「データ……ではあるわね。でも、どうなるか、少し興味深いわね」
カレン「例の件の検証も含めて……って、ことかしら?」
るーこ「まぁね」
みゃーるん「例の件?」
るーこ「そ、例の件」
なんですか、それ(*‘ω‘ ) (*‘ω‘ (*‘ω‘ *)秘密でーす




