レベルアップと職探し
「じゃぁ、本気を見せて貰う為にも頑張ってレベル上げをしてもらおうかな――」
と、意地悪な言葉を聞いた私達は美弥と二人でパーティーを組んで首都郊外の森を彷徨うことになった。目標としては今日中にレベル7までは上げないと厳しい。
ちなみに職業に関しては街に戻ってからで問題ないという話だ。
「お姉ちゃん、私ってば重要な事に気がついたんだけどいいかな?」
「どうしたの?」
美耶は私に何かを見せてくる。私は不思議に思ってそれを覗き込むと、それは時計だった。
「ゲーム内時間で今は2時過ぎね。時期的に今は5月だから、日没は6時から7時くらいだよね?」
「んー、ゲーム内の設定が分からないけど、みゃーが言うならそうなのね」
「森の中だから多分もっと早い時間に視界が悪くなるよね。早めに街に戻って今日は宿を確保して明日の朝早くに出た方がいいと思うんだ」
美耶にしてはキチンと考えている。と、いうか私はゲームだから平気なのでは無いかと考えていたけれど、どうも様子がおかしい。
「ゲームだよね?」
「うん、ゲームだよ。限りなくリアリティのあるゲームだよ。まぁ、狩った魔物をアイテムとして持ち運べたりするところはかなりゲームなんだけど。このゲームって見えないパラメータが沢山あるのが売りらしいんだけど、日中とか夜とかで魔物とかの行動も変わるんだって」
「と、いうことは夜になると夜行性の肉食獣が出てきたりするってこと?」
「そういうこと。日中は何処かに隠れてるみたいだけどね」
「って事は後1時間くらいしたら戻らないといけないってことね」
「うん、その上で明日の狩りの計画を立てよう。2人で協力すれば予定以上の結果が出せると思うし」
「分かったわ。みゃーに任せる」
私がそう言うと美耶は嬉しそうに、にへらっと笑う。ふふっ、笑顔の可愛い妹だこと。
美耶からの情報を元に森の様子を観察する。
闇雲に魔物を探しても見つからないような気がしたからだ。因みにウサギのお陰でレベル3になって戦闘スキルも手に入れてた。でも、森の中に来たのはウサギでは経験値が得れない事に気がついたからだ。
美耶はよくあるパターンだと言っていた。どうやらレベルが上がるごとに得られる経験値が減ることで雑魚を気の遠くなる数を狩ってレベルを上げる行為をさせないようにする仕組みだそうな。
「ウサギでもっとレベルが上がればよかったのに」
「それは仕方ないって。まぁ、他の敵を探すのがこんなに面倒だとは思わなかったけどね……あ、猪がいるよ」
「……向こうは気が付いているみたいね。猪というか、アレってサイじゃないの?」
見た目は猪っぽいけれどツノが生えている。普通の猪ならキバがあるのだけど、今見つけた魔物はサイのようなツノがある猪だ。
しかも、巨大だ。
「どう考えても森にいるような体躯ではないわね」
「そこら辺はファンタジーってことで納得して」
美耶は苦笑しつつそう言って盾を構える。
「襲ってくる気配は無いけど、叩いてみる?」
美耶からの提案を私は素早く考える。
状況的には相手はこちらを警戒して見ている。アレが猪のような生態であれば一定距離近づいた段階で突進してくるかもしれない。
罠とか設置……ダメね。猪だとすれば無駄に終わる可能性が高い。
豚とかもそうだけど、意外と頭がいいから罠に掛けるのはとても難しいのだ。父の知り合いが離島に住んでいるが猪の被害でいつも頭を悩ませているという話を思い出してしまった。
瓜坊は可愛いのにとんだ害獣なのよね。と、それどころじゃなかった。
「みゃーってどんなスキルを取ったの?」
「シールドバッシュとヘヴィアタックだよ。シールドバッシュは一定時間相手を怯ませるスキルで低確率で気絶させる事も出来るっぽい。因みにヘヴィアタックはメイスで強攻撃が出来るよ、こっちも低確率で相手を気絶させれる」
「なるほどね」
「お姉ちゃんは何取ったの?」
「一閃と鞘受け。一閃は速度重視の攻撃で、鞘受けは鞘で防御する技ね」
「じゃ、私がアイツを引き付けて防御するから、お姉ちゃんが攻撃して」
「大丈夫かしら?」
「まぁ、やられちゃっても……経験値が若干減るくらいだから、大丈夫だよ」
「みゃーがそう言うなら、やってみるわ」
私はそう宣言して刀をグッと握る。
美耶も少し緊張した面持ちで息を吐き「よし!」と、気合の入った表情になり一歩、また一歩と魔物に向かって近づいていく。
警戒態勢だった猪の魔物も目の前に近づいて来る人間が敵だと認識して鼻息荒く嘶く。
「来るわよ!」
私が声を出すと美耶は楽しそうに「知ってるよ」と、言って突進してくる猪の前に出て行く。
「たりゃっ!」
猪の突進を受け止めるように見えた動きは相手の攻撃を見知っているかのような動きで猪の横っ面を手に持った盾で殴り付ける。
ワンテンポ遅れて猪は頭から地面に沈み込み痙攣する。
チャンスだと思った瞬間に私は走り込み頸椎のあたりを目掛け刀を一気に突き刺す。ずぶりと刺さった瞬間猪の魔物は断末魔の叫びを上げ最後の力を振り絞ってその体躯を動かそうとするがそんな事は許さない。
素早く柄に手を掛けて更に押し込みながら捻りを加えて一気に引き抜く。
猪の魔物は血飛沫をあげながら数回のたうち回りその動きを止める。
『tips:致死攻撃が開放されました』
と、視界の端に文字が表示される。
「致死攻撃?」
「あ、私のところにも表示が出てた。簡単に説明すると急所に攻撃したり、背後からブスリってやったりする攻撃のことだね。スキルじゃないみたいだねtipsを見る限りじゃ」
「tipsってどうやって見るの?」
私の言葉に美弥が「あ、そうだよね」と、言って操作方法を教えてくれる。
「てぃっぷす!」
幾つかある操作方法の中で、一番手っ取り早そうな方法を選択した結果、音声コマンドでtipsを開くことにした。
tipsウィンドウには様々な項目がリストとして並んでいる。
「うん、気が遠くなってきたわ。どうしても必要な時以外は見ないことにする」
と、私はソッと閉じた。
「私がいる時は私に聞けばいいよ。お姉ちゃんの役に立つの楽しいし」
美弥ってばなんてカワイイのでしょう。ちょっぴり我が儘なところも美弥の魅力だと私は思っている。ただ、我が妹に欠点があるとすれば、壊滅的に料理が下手なことくらいだろう。
どうすれば、砂糖と一味唐辛子を間違うのか分からないレベルのことを平気でやってくる恐ろし娘なのだ。
「とりあえず、猪もインベントリにしまっておくね」
「そうね。あとでまとめて解体して素材にしないといけないことを考えると、もう少し急がないとダメね」
「そうだね。後、もう少し狩らないとレベルあがらないっぽいし……」
そうして、私達は森を再び捜索した――
◇ ◇ ◇
結果から言えば、ウサギ20、猪3、大蛇1。
レベルは5になったのは大蛇を倒せたおかげなのだが、正直言って偶然だ。たまたま、猪との戦闘に巻き込まれて猪に轢かれ、美弥にメイスでかち割られ、トドメに私が頭を斬り落とした。そして、私達に幸運を齎した猪は巨大な岩に頭から突進して気絶していた。
因みにちゃんと二人でトドメをさしておいたのは言うまでもない。
私達がラックラーの北門に着いた頃には随分と、日は傾いていた。あと少し遅ければ、門番が門を閉めてしまうところだったらしく、二人してホッと溜息を吐いた。
そして、現在はとりあえず門から少し離れたところでこれからどうするか話し合っていた。
「まず、倒した子達ってどこに持っていけばいいのかしら?」
「うん、そうだよね。tipsに乗ってるかな……」
「とりあえず、門番さんに訊けばいいんじゃないかしら?」
「NPCに訊くの?」
「だって、リアリティに拘っているんでしょう。魔物だって本物みたいな動きだったし、そういうのって大事なんじゃないの?」
「うーん、どうなんだろう……ゲームにおいては非効率だから、微妙な話だね。そういえば、さっき門番さんって、さっさと門を閉めて飲みに行きたいって言ってなかった?」
「それはダメね、聞くなら急がなくっちゃ!」
と、私達は再び門へ歩を進める。門に近づくと先ほどの門番が出てくる。
「なんだいアンタ達。もう門は閉めてしまったから、通れないぞ。それにもうすぐ交代が来るから、俺はさっさと帰りたいんだ」
「それは申し訳ありません。幾つかお聞きしたいことがありまして」
「ま、いいけど……面倒なこと以外ならな」
「面倒かどうかは分かりませんが……私達が今日狩りで取った獲物を解体したいのですが、どこへ持っていけばいいでしょう? 後、宿も取らないといけないので、どこに行けばよいでしょう?」
そう言うと門番は私達を品定めするように見てから「そうだな」と、短く呟き首を傾げる。
「あんた達、見たところ職にも就いてない浮民のようだな。なら、まずは職業案内所に行くべきだ。そこなら解体に関しても宿に関しても紹介してくれるだろう」
「ありがとうございます。職業案内所への道を教えて貰えますか?」
「仕方ねぇな。中央大通りを真っすぐ行ったら開けた広場がある。広場の南側にデッカイ建物があって、それが職業案内所だ」
「まぁ、ありがとうございます」
「変なヤツに絡まれないように気を付けなよお嬢さんたち」
「うん、ありがとね。おじさん!」
「おうっ、じゃあな!」
門番の人と別れ、私達は言われた通りに大通りを真っすぐ歩き、広場にある大きな建物の中に入った。
「うわぁ、ここは賑わってるね」
建物のエントランスホールには私達と同じような格好をした人達が沢山いて、すごい賑わいとなっていた。カウンターが幾つもあった。それを見て私は妙な既視感を感じて首を傾げた。
「どうしたのお姉ちゃん」
「こういう場所ってどこかで――」
ふと思い出す。沢山の受付カウンターと待合用の長椅子達。賑やかではあるけど、働いている感じの人達はどこかお堅い雰囲気で……と、私はポンと手を打つ。
「ああ、市役所みたいね」
「ああ……確かに。そう思うと、なんだかとっても面倒に感じる不思議」
「めったに行く機会もないしね。小難しい雰囲気があるし」
そんなことを考えていると、少し小奇麗な格好をした女の人が私達に声を掛けてくる。
「どうやら、ここに来たのは初めての方だと思うのですが、職業を探しに来ている方ですか? それとも……戦場の情報を得に来た方ですか?」
「え? 戦場の情報なんて教えて貰えるんですか?」
私は思わず気になったので聞いてみると、女性は少し驚いたような表情を見せてから微笑んで「ええ、そうですよ」と、答えた。
「どうやら、世情に疎い方のようですね。ここは国が運営している施設で、職業案内所と呼ばれていますが、正式名称は国立総合情報局ラックラー本部です。ここでは我が国の為に働く皆さまへ働き口を斡旋する場所となっていますが、もうひとつ大事な仕事がありまして――それが、傭兵や冒険者、また戦場を避けたい商人などにも、どこが戦場となっているかの情報を売っております」
「タダでは無いのですね」
「それは当然です。情報というのは非常に重要なのです。ちなみにかなり高額なので、傭兵や冒険者の方で買う方はあまりいませんね」
「でも、私達が商人には見えないと思いますが」
「あー、あれはマニュアル対応というヤツです。見た目で分かっていても言っておかないと後で上司になんと言われるか……」
「大人の世界は大変そうですね」
「あ、こんなことを言っていたとは言わないでくださいね」
そう言って女性は苦笑する。
とりあえず、さっさと職業案内をしてもらわないいけない事を思い出す。
「戦場の情報はとりあえず興味はありますが、今日は職業案内をお願いしたいのと今日泊まる宿の手配に関して教えて頂けると助かります」
「今日は職業案内に来られる方がとても多いのです。まだ2時間ほど掛かりそうなので先に宿をご紹介した方がよいでしょうか……」
「どうしたらいいかしら?」
「うーん、お姉ちゃんが決めたらいいよ。あ、でも、2時間後に来てすぐに案内って受けれるのかは気になるところかなー」
と、美弥が言うと、職員の女性は微妙な表情を浮かべる。
「正直なところ、その時の状況によるとしか……」
「それは問題ですね。では先に解体出来る場所を紹介頂けますか?」
「解体ですか? そちらはこの建物にある『獣の紋章』が目印になっている場所で解体と素材の買い取りを行っています。一応、解体には手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」
「別に自分で解体しますので、場所だけ貸して貰えればいいのですが……」
「はい?」
職員さんは不思議そうな表情で首が折れてしまうのではと心配なくらいに首を傾げた。
「ですから、自分で解体しようと思っているので、場所だけ借りたいのですけど?」
今日狩った獲物はサイズや若干形状が異なるけれど、ウサギに猪にヘビだ。別に何度か解体したことがある生き物だから特に問題無いハズだ。
「初期装備の短剣で捌けるかな?」
「確かにそうね……場合によれば解体用のナイフも借りれないかしら?」
「え、えーっと、解体ですよね?」
「はい、解体ですよ? 皮を剥いで肉を切り分けたりする解体です」
「本当に大丈夫ですか?」
「???」
彼女は心配そうにそう言ってくるが、私には全く分からなくて思わず訝しげな表情をしてしまう。
「お姉ちゃん、落ち着く落ち着く。とりあえず、解体のところへ行ってみようよ。あと、職安に関してはおねーさんが私達の順番を調整しておいて、2時間くらいしたらまた来るから!」
「え、え? ええ!?」
「さ、行こうお姉ちゃん」
そう言って美弥は私の手を取って歩き出す。
「とりあえず、このゲームのAIは良く出来てるってのがよく分かったよ」
「AI? ああ、人工知能ね。このゲームの世界に住んでいる人は人工知能なの?」
「そうだよ。プレイヤー以外はみんなNPC――ノン・プレイヤー・キャラクターの略ね。基本的にはAI制御で動いてるんだけど、普通は同じ会話の繰り返しだったり、会話に違和感があったりするんだけど、ここのNPCはまるで人間みたいなやり取りをするから、驚いちゃった」
「うーん、そうなんだ……」
美弥が言うAIがどれくらい凄いのか、比べる知識が私には無いのでなんとも言えないけれど、この世界に住んでいる住民はこの世界で本当に暮らしていると考えた方がいいんだろう。と、私は思いつつ、脳内で解体のシミュレーションを行いながら、目的の場所へ向かう美弥について行くのだった。
解体♪(*‘ω‘ *)解体♪
解体♪(*‘ω‘ )ω‘ )解体♪
女性職員「ひぃぃぃぃ!!!」
ちなみに現状のステータスは以下
名前:ちえるん
職業:無職
レベル:5
HP:1260
MP:270
STR:3
VIT:1
AGI:15
INT:3
DEX:7
LUK:2
スキル:一閃、鞘受け
今日はちょっと遅くなりました。
もう一話行ければいいなぁ。
次は解体! 解体! 解体!