その条件は?
挑戦的で不敵な笑みを浮かべた彼女は本当に楽しそうな表情をしている。
それに今までは感じていなかった圧力が私に向けられる。
「その……条件っていうのは?」
私は彼女から向けられる重圧に耐えながら何とか声を出して訊ねる。こんなに汗をかくなんて吃驚なくらいだ。
「まず、このゲームの時間感覚って理解してるかな?」
「え?」
私は突然の質問に返答できなかった。
「ま、そうだよね。ゲーム内時間と現実の時間はイコールじゃ無いんだ」
「そんなことって出来るんですか?」
「詳しい技術的な話は分からないけど、ネットダイブっていうのは脳で出来る安全な範囲で最高処理が出来る環境でもあるの、だから現実世界で感じる時間より早い時間で処理が出来る」
「と、いう事は、ゲーム内でいう1日は現実の時間だともっと短いって事ですか?」
「うん、これもゲームによって違うんだけど、この作品は結構限界に挑戦してる感じがあって、現実世界の30分が約1日になる」
「ゲームの中で1日経ったと感じても30分しか経ってないと?」
私がそう言うとるーこさんは嬉しそうにして「イエス」と、答えた。
「ちなみにだけど、みゃーるんは何時間くらい接続のつもりだった?」
突然振られた美耶はあわわとしながら返事をする。
「えっと、えっと……晩ご飯までだから、2時間くらいかな」
「じゃあ、3日後に私と模擬戦をしよう。どんな方法でもオッケーだから、そうね……10本やって1勝でも出来たらちえるんが作る傭兵団に入ってあげる」
「……分かりました、それでお願いします」
「あー、一応これでもハンデはかなりキツいと思うからちえるんには先生を派遣してあげる。アイツらに教わればそれなりに出来るようになると思うわ」
「え? で、でも……」
「じゃ、楽しみにしてるから!」
そう言ってるーこさんは颯爽と立ち上がって店を出て行ってしまう。まさに嵐のような勢いで去っていった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「え? あ、うん、大丈夫……だと思う」
「うーん、大丈夫じゃ無さそうなんだけど。とりあえずお茶飲んで落ち着こうか」
「う、うん」
そう言って、プリンアラモードと共に頼んだお茶の残りを口に含む。
「春摘みのダージリンだ」
「そうだね、味覚も正常だし落ち着いたよね」
「うん」
「で? どうするの?」
「えっと……どうしようか?」
落ち着いてくればくる程に私はなんて大胆な事をしたのだろうかという思考で頭がグルグルと渦巻くような気分になる。
「お姉ちゃんって私にいっつも言うよね、考えてから動きなさいってさ」
「ごめんなさい」
「その速度で謝られても困るん――」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいで封殺しないでよー」
「そんな事言われても仕方ないじゃない、衝動的にやっちゃったんだもん。いつも美耶に言ってるのに私ってば、ホント何やってんだろう」
「知ってた? ネットダイブ中の方が感情のコントロールって難しいんだよ」
美耶にそう言われて思い出す。
ネットダイブ中における心理状態の変化に関して書かれていた本を読んだことがある事を……本当に自分がこんなにも感情的に動くなんて驚きだった。
もっとコントロールしなきゃ。
と、私は反省をしながら、残された日数について考える。
まだ、何もやっていないのだ。
ゲームにログインしてカフェでお茶をしただけで本当に何もしていない。
「他のゲームとかやってる私ならまだチャンスはあるだろうけど、お姉ちゃんじゃ10戦中1本でもキツいんじゃない?」
「だよね……でも、言った以上は勝つつもりでやらないとダメよ」
そんな事自身で言いながら自分はなんて頑固な人間なのだろうと思わず苦笑してしまう。
「あーちょっといいかな?」
そこに銀髪の男性が声を掛けてくる。
思わず警戒して私達は周囲の状況を確認しながら、少しだけ態勢を動かす。
「そこまで警戒されると少し困るんだけどな……キミ達がちえるんとみゃーるんであってる?」
銀髪の男性は灰色ローブを着ていて、魔法使いっぽい雰囲気している。
「えっと、そうですが何かご用でしょうか?」
出来るだけ失礼にならないように丁寧に対応しようと小さく深呼吸をする。
「ウチの姉がどうもご迷惑を掛けたようで……」
と、彼は頭を掻きながらそう言った。
「姉? もしかして……先生?」
「俺だけじゃないけど、とりあえずは先ずは俺からって事で派遣された訳だ。因みに俺の名前はクオン」
「あ、あの……クオンさん。私があの人に勝てると思いますか?」
彼の目を真っ直ぐ見てそう言うと彼はソッと視線を逸らし「無理だろうね」と、答えた。当然と言えば当然の答えでだ。
「ただし、チャンスはない訳じゃ無い。このゲームは他のゲームに比べてリアリティに拘っている。あの人の強さってのはドを超えてるけど、ビルド次第ではチャンスはある」
「クオンさんならどうですか?」
「今のレベルならワンチャンって感じかな。ただ俺のビルドは支援と妨害に特化してるから数日後にはもうキツいかな。ゲーム内時間で1日の時間的猶予は3日後には無くなっているくらいの微妙な差でしか無いんだ」
そう言って彼は苦笑する、その雰囲気は姉弟だというのがなんとなく分かる。
「ん? 何かあった?」
「えっ!? な、なんでもないです」
「そう? で、頼まれた事なんだけど、今日はキミの適正を見ておきたいと思ってるんだ」
「適正ですか?」
「ああ、それをベースにビルドを考えてみようと思う」
「って、ひとついいですか?」
「なんだろうか?」
「ビルドってなんですか?」
「おうっ、そこからか……」
「なんだか申し訳ありません」
私が頭を下げると彼はさらに視線を逸らせて「別に構わないさ」と言った。正直、なぜ視線を逸らすのか分からずに首を傾げる。ちなみに美耶の方を見ても美耶もよく分からないようで不思議そうな顔をしていた。
「えっと、とりあえず座ってもいいかな?」
「どうぞどうぞ」
と、隣に座っている美耶が少し前までるーこさんが座っていた席に彼を座らせる。
「思ってるより時間がないから、ザックリと説明するけどいいかな?」
「はい、お願いします」
そう言うと彼は細かくビルドに関して説明をしてくれる。このゲームでは職業と戦闘スタイルというのが存在して、其々レベルが上がる事で得られるスキルポイントを割り振って新しいスキルを取得する事で強くなる仕組みらしい。
その構成をビルドというらしい。
「で、ウチの仲間達は基本的にビルド考察組が考えたビルド構成でキャラ作りをする集団なんだ」
「るーこさんもですか?」
「まぁね。ただあの人も大体言った通りのビルドから少し外れた構築をするから、基本的に仲間内で決めたからと言って、こうって決めた内容をそのまんま組む必要は無いのさ」
そう言うと彼は少年のような表情を見せる。
私はその顔に彼女の面影を見つけて、思わず微笑む。
「うーん、やっぱ何かある?」
「気のせいじゃないでしょうか?」
と、私はいつも以上に冷静さを保つように心掛けながらそう言った。
「まぁ、いいか……で、キミにとっての最善であるビルドを考察する為に一緒に一狩りお願いしたいって話なんだ」
「えっと一狩りというと?」
「あー、すいませんお姉ちゃんは超ゲーム初心者なんで、申し訳ないですけど合わせて貰えると助かります」
「お、おう……」
と、いう事で私達はいきなり外の世界で狩りに出ることになったのでした。
◇ ◇ ◇
首都であるラックラーの北側にある門から外に出る。
私達が街に入ったのは南側からのようでクオンさんの説明によると北側の出口からの街道に沿って進んでいくと戦闘大陸ヴェルハーサに至るらしい。
首都の北側も自然豊かな場所で複雑な起伏が存在しており、このような場所に都市があるとは思えない地形となっている。
「不思議ではあるけど、この国の首都は元々エルフの隠れ里で人が入ってこれないような要塞だったという設定だ。まぁ、細かいディティールに関しては突っ込んだらダメだから」
「そういうものなんですね」
「ある程度はちゃんとした設定があるんだけど、マップ配置的なところは開発的な都合やゲーム的な都合が結構あるんだ。街の外に魔物がうじゃうじゃしてるってのも考えるとおかしいだろ?」
「確かにそうですね」
そんな会話をしながら私達は街の側にある空き地にやって来た。起伏の激しい土地では戦いづらいかもしれないと気を利かせてくれたらしい。
正直なところ、起伏の激しいところでも問題は無いのだけど……まぁ、無理するよりか平らなところの方がいいわよね。
「慣れないと難しいかもしれないけど、今日はアイツを狩ろうと思う」
と、彼が指を指した先に居たのはモコモコの毛皮に包まれた巨大なウサギだった。
「ちょーかわいいー、テイムできたりしないんですか?」
と、美耶が興奮気味に言った。
「残念だけど、テイムのシステムは現状は無いみたいだよ。ユーザーの要望次第では増えるかもしれないけどね」
英語の意味がそのままだったら魔物を飼い慣らすことが出来るってことなのかしら? ふふっ、あのモコモコにダイブしたら楽しそうね。
などと私が考えていると、クオンさんと美耶が私を見ていた。
「えーっと、何でしょう?」
「とりあえず、戦う方法ってわかる?」
クオンさんにそう言われて気がついたのだけど、そもそも装備を持っているかさえ分かっていない。と、いうことに気がつき思わず驚いてしまう。
「装備ってどうすればいいんでしょう? 素手で殴って倒せますか?」
「素手で倒すのはキツいかもね。STR特化でレベル10以上なら出来ると思う。ちえるんAGI・DEX型のステ振りだよね。まぁ、初期ステだったら一番オススメではあるよ」
「流石に素手では無理ですか……」
「っと、取り敢えずインベントリを確認して貰えないかな? 初期装備で一通りの基本武器は入っているハズだから」
「そういえばるーこさんがインベントリからアイテムを出し入れするには見ていたんですけど、実際にどうするかよく分かって無いんですけど」
「インベントリを確認する方法は基本的には3つの方法があるんだ。まずはアイテムポーチ開ける方法」
そう言って彼は腰に付けているポーチを開く。
「あ、設定で見えるようにした方がいいよね」
と、彼は何か設定を弄ると彼のインベントリ内のアイテム一覧が表示される。そして、すぐにインベントリを閉じる。
「で、次の方法『インベントリ』」
と、彼が言うとインベントリが開く。
「そして、最後の方法は……」
彼は指でインベントリのウィンドウを撫でるように動かすとインベントリが閉じられる。その後、空中に指で縦に線を引いてから円を描くとインベントリが開いた。
「はじめの方法は装備と結びついている方法。普段はこっちを使った方がいいかな。次が音声コマンドによる方法。周りに人が居ない時で手が空いてない時とかは使いやすいかな。最後はジェスチャリングって言って、コマンドをジェスチャーで覚えさせた登録型コマンド。こっちは上級者向けだけど、スキルなどのコマンドはこの方法で登録して使うのがメジャーなやり方かな」
「な、なるほどです」
知識を入れるのは嫌いじゃないけど、機械的なのは苦手だ……けど、ここは頑張らないといけなさそうだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「うん、取り敢えずポーチを開ければインベントリが開くって事はよく分かったわ」
そう言って私はインベントリを開いて見せる。ポーチを開くだけでインベントリウィンドウが手元に表示されるのは奇妙な感じではあるが、難しく考えると目が回りそうになるのでそういうモノだと思うことにする。
「武器が入ってるみたい」
「ああ、初期装備は短剣、小剣、刀、大剣、ハンマー、メイスの5種類の武器と杖、魔導機、御守りの魔法触媒が3種類、後は小盾、大盾の盾が2種類だね。因みに大剣、ハンマーと盾類は同時に持てないから」
「どんな武器でもいいんですか?」
「まぁね。職業と戦闘スタイルでは職業においては武器種を選ばない。まぁ、有利不利の補正はあるけど、基本的にどんな職種でも存在する武器は装備出来る」
「戦闘スタイルにおいては違うということですね」
彼はコクリと頷き「そうだな」と、呟いてから自身のインベントリから武器を取り出す。
「刀……ですか」
「まぁ、使い慣れてる武器だからね」
そう言って、腰ベルトに刀を差してからスラリと鞘から刀を抜き、もう片方の手で不思議な宙に浮いている何かを取り出し、魔法を使う。
「それっ!」
掛け声と共に地面に発生した魔法陣の上にはモコモコしたウサギの姿が……ウサギは魔法陣から発せられるエフェクトにダメージを喰らったらしく、鼻息を荒くしてクオンさんの元へ走り出す。
「って、遅いですね」
「ああ、これはグラビティっていう魔法陣上の敵にダメージと行動速度低下を与える魔法系のスキルさ。さぁ、来るよ!」
魔法陣から抜けて、急にスピードを上げるウサギにクオンさんは刀で迎撃する。
一太刀、二太刀、三太刀入れてウサギは地面に這いつくばる。
「んー、やっぱりSTR1だとこんなもんか……」
「私もSTR1なんですけど、大丈夫でしょうか?」
「ま、はじめのうちは仕方ないよ。一撃に掛ける感じがいいなら、STRを上げるべきだし、手数を考えるならAGIとDEXを上げるべきかな」
「私なら、早いけど重い一撃というのが一番理想なんですけど……」
「で、あればDEXは装備やスキルで補って、STRとAGIをメインにしたスキル振りがいいかな。まぁ、なんにしてもまずは得意な武器を見つけるところが一番じゃないかな?」
「現実に近い……で、あれば使ったことがある武器というのは扱いやすいってことですよね?」
「そうだね」
「では私も刀を使いたいと思います」
そう言って私はインベントリにある打刀をタップして装備を選択すると、手元に鞘に収まった刀が現れる。それを確認してから、私はポーチの付いた腰ベルトに刀を通して腰に固定する。
「へぇ、様になってるね……」
「昔から、ちょっと心得があるだけです。短剣とかも使えるんですけど、リーチが短いことを考えると対るーこさんには向かないと思うんですよね」
「うーん、それはなんとも言えないけど……とりあえず、ウサギと戦ってみるかい?」
「はい、どうすればいいか教えて貰えますか?」
「了解!」
そうして、私はVR世界で初めての戦闘を行うことになるのである。
あれ? もしかして、クオン以外のキャラって教師役としては要らないんじゃ!?
い、いや……き、気のせい、気のせいだよ。
(*‘ω‘ )それより、みゃーが暇なんだけど、そろそろ私もレベル上げしたいんですけどぉ
_(:3 」∠)_忘れてるわけじゃないのよ……のよー