突然の出会い
ゲームを始めようとしたところで私は再び頭を悩ませていた。
「んー、所属する国を選択しろ――と、いうのは分かるんだけど、どれを選んだらいいのかさっぱりわからないのだけど、どうすればいいのかしら?」
私が首を傾げるのを見ていたように再び美弥からメッセージが届く。
『あ、お姉ちゃんはきっと所属国に悩むと思ったからメッセージしたけど、ウィンブレール共和国を選択してね。スタート時は一番お姉ちゃんに合ってると思うし、私もそこを選ぶから( `・∀・´)ノヨロシク』
合っているとか合っていないかは正直なところ分からないけれど、こういうのに詳しい妹が言うことだからきっと正しいのだろう。
と、私は言われた通り、ウィンブレール共和国を所属国に選択する。一応、補足説明に『一度選んだ所属国を変えることは出来ませんが、傭兵として他国の戦場に参加することも可能です』と記載されていた。
「所属国の戦闘に参加する時はその国の兵として、所属国以外の場合は傭兵として他国の戦闘に参加も出来るということ……なのかな。とりあえず、そのあたりは実際にやりながら考えて行くってことでいいかな」
それにしても、美弥は私の動きをどうやって把握しているのだろうか? あと、どうやってメッセージって送るんだろう……う、うーん、覚えないといけないことがありすぎるのも困る。ハッキリ言ってすでに結構いっぱいいっぱいである。
そうこうしている間に視界が変わり、自然豊かな森の中に立っていた。
「……すごい」
思わず感動を覚えてしまうくらいに目の前の光景は私の心に響いた。
小学生から中学生の頃は夏休みや冬休みの期間に父親に連れられて様々なところへ出かけて行った。その時に見た北米の森の中に酷似する深い森が目の前に広がっている。それはとても幻想的であり、懐かしくもあった。
ただ、大きな違いというのが目の前に立っている人物だ。
とても綺麗な女性なのだが、耳が長い。ファンタジー作品によく出てくるエルフというヤツだろう。
「このようなところに現れるということは『導かれし者』ですね。私はウィンブレールの森を守るエミリア。あなたのお名前は?」
突然、話しかけてこられました……名前って……名前ってどうすればいいのかしら? さすがに本名は問題がある気がするんだけど。
そう思っていると、またまたタイミング良く美弥からメッセージがやって来る。
『お姉ちゃんって名前はどうする? 私は『みゃーるん』だよ(*‘ω‘ *)』
『みゃーるん』って、可愛らしい感じだけど呼びにくく無いかしら? でも、そういった感じで名前をつけろってことかな。
「私の名前は『ちえるん』です」
「ちえるんですか、ふふっ、可愛らしい名前ですね。ウィンブレールの首都ラックラー近郊といっても、森の中は魔物が出てくることもあり、危険です。私がラックラーまで案内しましょうか?」
エルフのお姉さんに笑われてしまった。
なんだか、ちょっぴり恥ずかしい……後で美弥に文句を言わなくっちゃ。
「お、お願いします」
「ええ、ではついて来てください」
私はエルフのお姉さんエミリアの後について森の中を歩いていく。
「あなたもきっと戦闘大陸ヴェルハーサでの戦いを聞いてやって来たのでしょうから、軽く説明だけしておきましょう。我々のウィンブレール共和国はヴェルハーサの南方にある巨大な大森林ウィナルを中心としたエルフと人間が共存している国です。妖精女王と名高いナツェーリア・リン・リーリア様を中心とした妖精議会と呼ばれる中央機関により運営されている国となります。多くの者が森を中心とした暮らしをしているので、弓を得意とする者が多いのが特徴です。また、精霊を使役する精霊使いも多く、戦場では多くの精霊魔法によって活躍する者が多くおります」
エミリアは森の中を結構な速度で歩きながら説明する。
正直言って、森を歩きなれてなければこの速度でついて行きつつ話を聞くのは難しいのではないだろうかと私は思う。要求されている難易度はこれで問題無いのだろうか?
「さて、ここを抜ければ後は真っすぐ道なりに進むだけとなります。私は再び森の警備に向かわねばなりませんので……それでは、また会える時を楽しみにしております」
と、言ってエミリアは素早い速度で森の奥に帰っていく。
現在地は森の中だけれど、道が整備されている場所でさらに進んだところから光が漏れているところを見れば、あそこが森の出口なのだろう。
私は急いで森を抜けるとすぐさま聴きなれた声に呼び止められる。
「はいはい! ストップストップ! お姉ちゃんだよね?」
「美――じゃなくって、みゃーるんだっけ」
「そうそう! お姉ちゃんはなんてつけたの?」
「ちえるんだよ」
「うん、まさに姉妹だね。髪の毛の色も同じだし、目の色だけ選択が違ったみたい」
「と、いうかずっと私のことどこかで見てたの?」
「そんなわけないじゃん。私がプレイしながらお姉ちゃんが詰まりそうなところでメッセージ送ってただけだよ」
と、美弥は自慢げにそう言った。
なんとなく行動が読まれていると思うと少し悔しい気持ちになるが、お互いの思考は結構読もうと思えば分かるものだ。なんと言ってもお互いに生まれてから16年の付き合いなのだから。
「そういえば、どうやってメッセージ送ってるの?」
「えっとね。視線の端の方にメニューって無い? そこを1秒くらいジッと見てて」
「あ、メニューが表示されたわ」
「一応、VR共通メニューでゲームのメニューとは別で使えるヤツだから、ロビーでも使えるから覚えておいてね。そこのメニューにあるメッセージってヤツを触ったらメッセージが書けるよ。やってみて」
美弥に言われたとおりに[メッセージ]のボタンに触れるとメッセージを入力できるフォームが展開される。
「キーボード入力するのね……っと、とりあえずテストです」
「はーい、着信したよ。『とりあえずテスト』来た! ふふっ、満点です!」
「はいはい、ありがとね」
「いえいえー、でね。そこのメニューにあるチャットってヤツを使えば、いつでもメッセージチャットや音声チャットが出来るから」
「なるほどね」
森の出口でそんなやり取りをしながら、私は美弥からVRの共通操作やネットダイブに関してレクチャーを受けるのであった。
「って、あんた達ってここで何をしてるの?」
そんな声が聞こえてきて、私はボーっと見ていると美弥が素早く身構える。
そこにはスラリとした女の人が立っていた。見た目も私達と変わらない軽装備ということを考えれば初期装備なのだろう。
「立ち話……ですけど、何か?」
「いや、それは分かるんだけど、首都行ってからでもいいんじゃないかなって。結構目立ってるわよ?」
「えっと、問題があるんですか?」
彼女はどこかバツが悪そうな表情をして小さな溜息を吐く。
「私も今の段階ではあまり目立ちたくないから、すぐに首都へ移動する気だったんだけど、あくまでこのゲームは対人がメインだからね。変に目立つと戦場で背中に気を付けないといけなくなるから」
「自国のプレイヤー同士だと同士討ちは無しなんじゃないんですか?」
「それは自国の戦場という限定された状況での話。一番怖いのは傭兵として他国の戦場に参加している時だから」
「えっと――詳しく教えて貰えませんか?」
私がそう言うと、美弥もコクコクと首を縦に振って興味深そうにその女性を見つめる。
「……はぁ、まぁ、だよね。とりあえず首都に入ってから教えてあげるから、ついておいで」
と、女性はそう言って「うーん、おせっかいすぎた……」と小さく呟いた。
彼女は運動神経がかなり良いようだ。しかも、自身の身体の動かし方というのを良く知っている人だと私は思いながらその後をついて行く。
◇ ◇ ◇
首都ラックラーに到着すると、先程まではまばらにしかいなかった人が沢山歩いている。どこから人が湧いて出てきたのかと思うくらいの賑わいに驚いていると、おせっかいな女性が「こっちだよ」と、言って手招きする方へ私は移動した。
「とりあえず、お茶でも飲みながら話そう」
そう言って、彼女は賑わいを見せている通りを横切って裏通りを抜けたところにある広場へやって来る。
「あそこにあるカフェ「サザーランド」がお勧め。ちなみにプリンアラモードは一流ホテルの味を完全再現した絶品モノだから一度は食べておいてね。残念だけど、今は所持金が足りないと思うから今日は食べれないけどね」
「初期所持金で買ったらダメですか?」
美弥が大好きな『プリンアラモード』への食いつきは恐ろしいのよ。と、私は心の中で呟きつつ苦笑する。さすがに初期所持金を溶かしたらダメでしょう?
「まぁ、それでもいいけど。しばらく装備変えれなかったり、ポーション買えなかったりすると大変だよ?」
「そ、そこはPSで乗り切る……」
「んー、出来なくはないけど、大丈夫かしら? ま、まぁ……とにかく入ってからね」
そんなやりとりをしながら私達はカフェに入っていく。
お店の中は自然あふれる雰囲気を演出した作りになっており、観葉植物や花がいたるところに飾られている。店員はみんなエルフで何故かスカートの短いメイド服を着ている。
「いらっしゃいませ――ご注文はお決まりですか?」
「えっと、後でお願いします」
と、女性は美弥の方を見て苦笑しつつそう言った。
「ひとまず、メニューを見て決めればいいよ」
そう言って、彼女は慣れた手つきでメニューを展開して私達に見せてくる。
メニューには『高級ホテルとのコラボで実現した再現メニュー満載』と書かれており、私も食べたことのある超有名メニューが並んでいる。
「ああっ、あのホテルのアップルパイとかもある……こ、これはヤバい。ヤバいよお姉ちゃん」
「そ、そうね……と、いうか。大事な事をひとつ忘れているわ」
「え? なになに?」
「まだ、名前を聞いてません」
「え? ああ、るーこさんの名前?」
何故か、美弥は彼女の名前を知っている。これは一体どういうことでしょう?
「えっと、ちえるんだっけ。もしかして、あなたって初心者なのかな?」
「はい、お姉ちゃんは超がつくレベルの初心者です!」
「なるほどね。視線の左側にあるプレイヤー情報って無い?」
女性に言われたように視線の左端を見ると、そこにはプレイヤー情報という項目があり、そこを選択すると自分の周囲のプレイヤー情報が表示される。
「るーこ、みゃーるん。他のプレイヤーはこの付近にはいませんね……」
「うんうん。そこに出てるプレイヤーネームをタッチしたら、詳細が見えるわ。ま、私は非表示設定しているから詳細は見れないと思うけど」
るーこが言うように詳細を確認しようとしたら、非表示設定になっているとエラーが帰って来た。
「そんなことも出来るんですね」
「うん、そうだよ。ちなみに今後を考えるとあんた達も非表示設定にしておくことをお勧めするわ」
「って、もしかしてるーこさんって、αのプレイヤーですか?」
「うん、そうだよ」
「あるふぁ? って、どういうこと?」
私が首を傾げると「まぁ、そうだよね」と、るーこさんが言って「説明してもらえませんか?」と、美弥が言った。なんだか、納得いかないわ。
「今がβテストっていうのは理解している?」
「ええ、それは分かります」
「じゃ、いきなりβってのはおかしいと思わない?」
「確かにそうですね。なるほど……βテストより前にあったαテストからプレイしているプレイヤーさんってことなんですね」
「そうそう、理解が早くて助かるよ。ちなみにαからプレイしているプレイヤーは大体1000人程度いると想定してちょうだい」
えっと、βテスターの募集が5万人だったとか美弥が言っていたから、αテスターというのは本当に少人数の人達ってことなのか。
「ちなみに、このゲームの醍醐味というのは広大なマップを利用した大規模戦闘なんだけど、何度も戦闘していると同じ奴が敵になるってことが多々あるのね」
「まぁ、あるでしょうね」
「さっきも言ったけど、所属している国同士の戦闘なら問題無いのよ」
「傭兵は同士討ちも可能……」
「そう、だから場合によれば味方に戦場で裏切られることもあるの。だから、悪目立ちは避けた方が無難よ……まぁ、私と一緒にいただけで、目立ったかもしれないけど……」
彼女はどこか申し訳なさそうにそう言った。
「まぁまぁ、るーこさん。気にしなくてもいいですよ。たぶんだけど、私も今後は目立つ予定ですから! なんたってプロ目指してますから!」
「そ、そう……」
るーこさんは歯切れの悪そうな返事を返したことが気になった。
プロを目指すことって問題でもあるのかな?
「あの、もしかしてるーこさんはプロプレイヤーなんですか?」
「ええ? うそぉ?」
美弥が驚きの声を上げる。でも、私の予想はたぶん合ってる。
「まぁ、すぐにバレるからいいけど。そうだよ。私はプロで活動しているゲームプレイヤー。まぁ、名前は教えてあげない……っていうか、それもすぐに気づいちゃうだろうから、自分で調べてみて」
「あー、あー、分かっちゃった……マジかぁ。超有名人とこんなところでお茶しちゃってるのかー」
美弥はすぐに誰か分かったようで、変な動きをしている。
「どうしよう。お姉ちゃん……目の前にLuka*がいる。ヤバい、興奮しすぎて強制終了しそうなくらいヤバい!」
紅の暴風雨の異名を持つ、国内最強のアクションゲームプレイヤーでスターファイターシリーズでもトッププレイヤーとして活躍しているらしい、超人気プレイヤーだということは美弥から聞いたことがある。ちなみに美弥の憧れのプレイヤーの名前だ。
「あはは……とりあえず、先に注文しようか。店員さんがドン引きしてるから」
「ほんとだー、NPCなのにすごいなぁ。いいAI使ってるんだ……」
「え? AI? NPC!?」
「違う意味で驚いてる人がいる……うーん、色んな意味で凄い……」
そう言ってるーかさんは乾いた笑いをしながら、プリンアラモードを注文するのであった。
勢いでどこまで行けるかわかりませんが、
勢いで走るのです!