朝のお仕事
「それってクエストなのかも!」
職業案内所を後にしてから先程のリーリナさんとの話を美耶にしたところ、美耶の第一声がそれだった。
私はどういうことか分からずに首を傾げた。
「一応、調べたところではこのゲームにもクエストっぽい話が幾つもあって、クリアするとかなり良い物が貰えるらしいんだよね」
「えっと、もう少し分かりやすく教えてくれないかしら?」
そう言うと美耶は腕を組んで「うーん」と、唸る。
「えっと、この世界の住人でいわゆるNPCって人達『元から住む者』だっけが、何か困ってたり、悩んでたりするじゃん」
「ええ、人なんだからそういうのはあるわね」
「そういうのを解決すると、報酬が貰えたりする仕組みがあるんだよゲームの中って」
「別にお礼を言われただけで十分に嬉しいと思うのだけど、そういう事ではないのね?」
「うん、ゲームだからね。ほら、やっぱり何かしたお礼って貰ったら嬉しいでしょ?」
「確かにそれはそうね」
「んで、クエストを見つけたら積極的に受けておくと意外とお得だったりするわけ。それにゲームを続ける目標になったりするでしょ?」
「なるほど……そういうことね」
それにしても、思ったより重めの話だったので、私の動揺は中々のものだ。自分の行動で下手をすると人の運命が変わってしまうというのは現実で考えると恐ろしい。
「ある程度は物語の世界だと割り切って考えないと大変だよ。分かってると思うけど現実じゃないんだから」
「分かっているけど、そう簡単に理解するのは難しいところがあるわね……」
「とりあえず、気晴らしにレベルでも上げに行こうよ。悩んでる時は身体を動かすのが一番だよ」
美耶は笑顔でそう言った。本当に天使のような笑顔なのだ私の可愛い妹は……。
私は美耶の意見を採用して狩りに向かう事にした。ちなみに獲物は昨日と同様に猪から始めようという話に決定した。
「そういえばっ! 職業の上げ方って載ってた?」
と、美耶は猪を盾で殴りつけながら聞いてくる。私は取り敢えずスタンして動けない猪の急所に向かって刀を刺し込みつつ返事を返す。
「見たところなかったから、みゃーに聞こうと思ってたんだよね」
「やっぱり? 実は私も困ってたんだよね。アレって、どう考えても説明不足じゃない?」
どうやら美耶も私と同じことを思ったようだ。
因みに美耶がお手上げと言えば私では当然だけど、解決できるとは思えない。
「んー、でも、調理師だったら料理をすればレベルが上げれるんじゃない?」
「多分だけど、それはそうかなって思ってる。でも、錬金術師とか他の職業ってどうすればいいのかなってところが、全く分からないよね?」
「確かに……だけど、たぶんお店とかに必要な道具とか置いてると思うんだよ」
美耶がそう言ったところで、私は首を傾げた。
「ねぇ、私達ってお店とか全然行ってないよね?」
「あ、私もそれは思ってた。普通は先に何が売ってるかとかチェックしないとダメなんだけど、何となく先に進んじゃってるよね」
「うーん、るーこさんに出会ってしまったからよね……なんて、罪な人なのかしら?」
「あはは、確かにって思うけど。ま、夕方に商店とか見て回ろっか?」
「そうね……あ、アソコに大蛇がいるわ」
「正面からだとヤバそうだよね……」
「じゃぁ、私からね」
私は朝方に練習した武器交換を使って素早く武器を持ちかえつつ、初期スキルで選択したグラビティフィールドを展開する。
指定可能範囲に対して、任意に移動阻害効果のあるダメージフィールドを展開することが出来るスキルだ。
「完全な足止めは出来ないってあったけど、本当なのね」
「まぁ、それでも随分とゆっくりな動きになってるから攻撃当て放題だね」
そう言って美耶は大蛇に近づいて盾で殴り付ける。私もそれに続いてすぐに持ち替えた刀で一閃を放ち攻撃する。
攻撃を喰らったまるで怒ったように大蛇は身体をうねらせて尾を私達に絡ませようと動くがグラビティフィールドの効果でその動きは非常にゆっくりとしたものになっている。
「ヨッと!」
猪の突進と比べてもグラビティフィールドの影響下である場所では余裕で躱せる速度で大蛇の尾が向かってくるのを美耶はヒョイと飛び越え、私は身を逸らし躱した。
そして、グラビティフィールドの効果が消え、かなりのダメージを背負った大蛇は怒りを露にしたように威嚇をし、尻尾を細かく震わせる。
「警戒音を鳴らしているわね……大きい割には意外と臆病なのね」
「って、言ってもやる気満々みたいだけどね?」
そう言うと大蛇はシャーッという声を上げてその大きな顎で私を狙って飛び出してくる。
それを見計らっていたかのように美弥がメイスで強撃し攻撃を逸らす。私はすかさず刀を左腕の甲に当てるように大蛇と水平にして構える。
激しい衝撃を感じながらも腕を必死に支え大蛇が自ら刀に当たりながらその身を切り裂いていき、仕舞いには地面に力無くずり落ち動かなくなる。
「いったぁーい」
私は思わず痛みに刀を落としてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってね……はいっ!」
美耶が回復魔法を使ったのか、一瞬で痛みが消え痺れていた左腕も軽くなる。
「って、そんなに痛かった?」
「と、いうよりも驚いた方が大きかったかも」
「だよね……一応、ゲーム内で想定以上の痛みとかがあったらソレって設定ミスのバグだからね。システムが強制排除するレベルのヤツはないと思うけど、衝撃や痛みは実際に感じるレベルで言えば触る程度じゃないとダメだから」
と、美耶が捲し立てる様にそう言った。心配してくれる美耶は当然、天使である。
「戦闘中に殺されたりする事もあるものね。リアルな痛みだとショック死しちゃうかもしれないものね」
「そうじゃ無くても時折ショック死するような事故もあるから……気を付けてね?」
「うーん、それはゲームへの割り切りとか、そういうところ?」
「そうそう、ここ手のゲームじゃお姉ちゃんみたいに割り切りが難しいかロールプレイしてる人じゃないと気が付かない事ってのもあるかも知れないけどね」
私は「なるほど」と思いつつ現実とゲームをどう割り切るか悩んでいた。
「んー、やっぱり誰かに聞くのが一番なのかしら?」
「それでいいんじゃない?」
「だね、ありがとみゃーるん」
「何だか、照れるね……あ、あそこに見たことないデッカイトカゲがいる!」
私は美耶の声に反応してその方向を確認する。
「トカゲというより山椒魚じゃないかしら」
「どう違うの?」
「山椒魚は爬虫類では無く両生類よ」
「そうなの? でも、フォルムは似たような感じじゃん」
「あの魔物が両生類かどうかはわからないけれどもね」
「って、来るよ!」
大きな山椒魚は森の中のドロを飛ばしながら突進してくる。
美弥と私は左右に分かれ、山椒魚の突進を躱す。通り過ぎた超巨大な山椒魚はそのまま木に突進しながら噛み付き、そのまま木を噛み倒す。即座に山椒魚は身体の向きを変え、尻尾で付近の木々をなぎ倒し不気味で低い声で吠える。
「なかなか、すごい感じの子ね」
「うーん、私はちょっと苦手かも……小さかったら可愛くも見えるけど、さすがにちょっとキモイね」
粒らな瞳に平くて丸いフォルム。そういえば可愛い要素は満たしている気はするけれど、禍々しい雰囲気の滑りのある体表は酷い嫌悪感を醸し出している。
「レベル的に格上っぽい雰囲気だけど、イケるかな……」
美耶がどこか楽しそうにそう言った。私の可愛い妹はこういう時はいつもこうだ。父と一緒に行った無人島の奥にあったジャングルで父と逸れた時のことを思い出す。
『パパと私達以外の人間はいない。だったら怖い事なんて無いよ。パパは私達を絶対に見つけてくれるもの』
そう言った時にした美耶の顔を私は思い出した。彼女はこういう挑戦的な状況が嫌いでは無いのだ。楽しそうにメイスをクルクルと回し、盾を構え山椒魚を挑発するようにジリジリと近づいていく。
私は魔導機に持ち替えてグラビティフィールドを出現させると同時に距離を詰める。
「たぁ! ってぇ――」
美弥は盾で殴りつけようとしたけれど、山椒魚のヌル肌に滑って弾かれてしまいバランスを崩す。山椒魚は猛烈な勢いで美弥に噛み付こうとするがグラビティフィールドの効果で遅い動きのおかげで美弥はギリギリのタイミングで山椒魚の攻撃を躱す。
「すっごいヌルっとしてるよ、お姉ちゃん!」
「やっかいなヌル肌ね……」
私は魔導機のもう一つのスキルを発動させると、指定した周囲に黒い霧が一気に広がっていく。
「って、真っ暗だよ!」
「ご都合主義で味方や自分には見えるのかと思ったのだけど……」
「うわぁ、使えないー」
私達は急いで山椒魚との距離を取り様子を伺う――
地鳴りのような低い唸り声をあげて山椒魚もなんとか暗闇から脱出し、彼の獲物である私達を探すように頭を左右に振って必死に探す。
「この歳になって木登りをしたのは熊と追いかけっこした時以来ね……」
「それって、去年の話じゃん」
「あら? そうだったかしら?」
そんなちょっとしたお茶目を交えながら、下の様子を伺っていると山椒魚はウロウロと私と美弥が登った木の周囲をうろついている。意外にも匂いとかで分かるのかしら?
「お姉ちゃんって、ここからグラビティフィールドって撃てる?」
「出来なくは無いと思うけど……」
「じゃぁ、お願い。撃ったら私がアイツの脳天にメイスぶっ刺すから、続けてお姉ちゃんも刀ぶっ刺して!」
そう言った美弥の顔はどこまでもスッキリとしていて、覚悟の決まった表情だった。なんて思い切りのいい子なんでしょう。私もそういうのは嫌いじゃない――
「行くよ、みゃー!」
「うん、お姉ちゃん!!!」
グラビティフィールドを山椒魚のいる場所に展開する。アイツはすぐに上を見てひと吠え不快な声を上げる。それを見る間もないほどに美弥は木を駆け降りるように山椒魚の脳天をめがけて落下していく。
「くらえぇぇぇぇぇ!!!」
山椒魚の頭が衝撃と重みでガクンとさがる。美弥のメイスが山椒魚の脳天に突き刺さっている。美弥自身は勢いあまって山椒魚の身体を滑り落ち、地面にゴロゴロと転がる。私も急ぎ刀に持ち替えて美弥の後に続き、メイスの持ちてに向かって鞘ごと山椒魚の脳天を突き貫く勢いで撃ち込んだ。
ドシリとした重みが山椒魚の頭を地面に叩き付け、私自身は美弥と同じようにヌル肌を滑り地面に転がり落ちる。ひとつ違うところがあるとすれば、私は刀を手にしているくらいだ。
「やった――かな?」
「……分からないけど、動かないしたぶん」
「はぁー、ドキドキしたぁ。あ、レベル上がってるから、倒したってことかな」
「ならよかったわ」
私はそう言って超巨大な山椒魚のヌメ肌を尾の方から登り、その脳天に深々と突き刺さるメイスを見る。それはもう見事と言わんばかりにずっぽりと刺さっている。
「これ……抜くのも大変かもしれないわね」
そう言って私はメイスを引き抜こうと力を入れるが、早々は引き抜けない。単純に筋力が足らないような気がする。
「みゃーが抜いてみて。私じゃ筋力が足りないみたいだから」
「仕方ないにゃー」
そう言って彼女は軽快な足取りで山椒魚の頭まで駆け上がって来る。途中で少し足を滑らせかけるところも可愛い自慢の妹である。
「うわぁ、脳天に綺麗にぶっ刺さってるね。よーし、ちょっと頑張ってみる……」
と、美弥は両手でメイスを掴んで一気に引き抜く――のだけど、そのタイミングはマズイと私は思った時には既に遅く、美弥がすってんころりんと山椒魚のヌル肌を転がっていく姿を確認するしかなかった。
ちえるん「はぁ……すっごいヌルヌルね」
みゃーるん「ヌルヌルだね……」
ちえるん「まだ朝よね?」
みゃーるん「朝だねぇ」
(´・ω・)(・ω・`)