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タイムラグ

作者: morita

 テレビでは外国で起こった山火事を生中継で放送していた。

 日本のスタジオと、外国の現場で取材をしているリポーターとの会話にタイムラグが生じている。スタジオで司会者が問いかけると、リポーターはすこし遅れて話し始める。その言葉が司会者の言葉と重なり、非常に聞き取りにくい。

 わたしは子供に問いかけてみた。

「どうして日本から話しかけるとタイムラグがあるのに、日本に届く言葉にはタイムラグがないのだろう」

「うーん?」

 三才になる息子は必死に考えてくれているように見えた。だが夕飯のにおいが漂ってくると、妻のほうへ行ってしまった。

「子供相手に何を変なこと言っているの」

 妻は笑いながらテーブルに今晩のおかずを並べている。

 妻にも訊いてみたが、こちらは相槌を打つだけだった。

 

 一ヵ月後、パソコンのネット環境を光に替えた。それと同時に家の電話もIP電話になった。これで電話代が少しは抑えることができるらしい。早速、兄のところに電話した。しかし、まったく会話にならない。こちらの音声が遅れて聞こえるようで「おい、聞いているのか」「ん? なんだって?」と兄が言う。遅れたわたしの声と兄の声とが重なって、聞き取りにくいらしい。わたしの声だけにタイムラグが生じているのだ。まるで以前見た外国にいるリポーターとスタジオの司会者とのやりとりのようだった。

仕方がないので技術屋に見てもらった。

「もしかするとウイルスの所為かもしれません。一度、パソコンのリカバリをしたほうがよいでしょう」

 技術屋が帰ったあと、リカバリを行い、妻にどこかに電話するように頼んだ。「普通だよ」と妻は言った。やはり、あの妙なタイムラグはウイルスの仕業だったようだ。

 

 一年後、久しぶりに大学時代の同窓会に出席した。時間より少し早めに行き、受付で招待状を渡す。受付票には出席者の氏名が並んでおり、ほとんどの人が氏名の横にチェックが入っていた。みんなよっぽど楽しみにしているんだなと笑みがこぼれる。わたしも同じように自分の名前の横にチェックを入れようとペンを持つと、突然背後から声をかけられた。

「遅いよ。何してたんだよ」

「えっ」

 振り返ると旧友が笑っていた。彼は少し顔が赤くなり、酔っているようだった。

「まあいいよ。久しぶりにお前と飲めるんだ。それくらいは大目に見てやるよ」

 旧友の軽口を聞き流しながら、時間を間違えたのだろうかとすこし焦った。招待状に書いてあった時間に間に合うように来たつもりだったのだが。狐につままれたような気がしたが、せっかくの再会に水を差すのも悪いのでそのことにはもう触れなかった。

「いやぁ、遅かったねぇ。元気だった?」

 昔の仲間たちが気軽に話しかけてくれる。わたしは再会を喜びながら、自分が時間を勘違いしていたのだろうと思った。 

「それにしてもお前、昔と変わらないなぁ。うらやましいよ。おれなんて、結婚したとたん、周りのみんなから老け込んだよなぁって言われるんだぜ」

「きっと貫禄がついたんだよ。その腹とかな」

 わたしがそう言うと笑いが起こった。

「だよなぁ。さすがにこの腹はやばいよなぁ。三十を越えたばかりだってのに」

「でも、あなた本当に変わらないわねぇ。今、キャンパスを歩いていても違和感ないわよ」

 当時、ちょっと気になっていた女性からそう言われると、わたしは「そうかなぁ」と空とぼけてみせ「君もきれいになったじゃないか」と褒めた。すると彼女はまんざらでもなさそうに顔を赤らめた。

  

 わたしたち夫婦は息子が生まれたときに植えた桜の木を眺めていた。

「早いですねぇ、年月がたつのは。この木を植えてすでに二十三年ですよ」

「そんなに経ったかなぁ。まだ十年ほどのような気がするなぁ」

「あら、やだ。まだぼける年じゃないですよ。あなた」

「ぼけてなどおらん」と言ってみたものの、以前から気にしていたタイムラグが、最近急速に進んでいるような気がしていた。わたしだけが年を取っていない。実際には五十を越える年だが、容貌も体力もまだ三十代で見られる。うれしいことではあるが、反面少し怖いところもあった。わたしだけが生中継先の世界にいるような気がするのだ。同じ時間を共に生きているはずの家族の中で、実はわたしだけが異なる世界に置いて行かれているのではないかと考えてしまう。

 あの山火事のニュースから感じ始めたタイムラグが時間を経るに従い、徐々に大きくなっていた。カオス理論がわたしの体に深く刻まれているようだった。

 そして、そのことはさらに年月が経つに連れて決定的になっていく。


 わたしが生まれた年からちょうど百年たった。妻は先に逝き、わたしと同期の友人もみなこの世から去ってしまった。そして今、目の前にわたしよりも老けた息子がベッドで眠っている。もう話すことすらできない。

「今日がヤマです。息子さんはできる限り、一緒にいてあげてください」

 医者からそう言われ、わたしは長生きが決して幸せではないことを悟った。


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