第1話
千鶴の住む一軒家は、父がこどもだった頃に新築されたという。
少なくとも築五十年は経っている計算である。
その古びた日本家屋に、千鶴は一人で住んでいる。
にもかかわらず、退勤後の千鶴を迎える家には明かりがついていた。
「ただいま」
玄関の引き戸をからりと開けると、ばたばたと競うように二人の少年が駆けてくる。
「おかえり、千鶴っ」
「おかえりなさい」
靴を脱ぐ僅かな時間ですらも待ちきれないのか、二人の少年は裸足で三和土までおりてくるとぎゅうぎゅうと千鶴に抱きついてきた。
「どうしたの二人とも。今日は随分甘えるじゃない。鉄に怒られでもした?」
力任せにしがみついてくる少年らを頭を撫でてやるふりで引き剥がしながら、千鶴はスニーカーの踵を擦り合わせて足を抜いた。
少年はいずれも年の頃十三、四くらいで、その外見は鏡に写したかのようにそっくりである。
ただ、髪の色だけが違う。
2Pカラー、と見るたびに思っているのは千鶴の秘密である。
蜂蜜色の髪が琥珀、灰褐色の髪が真珠という。
なんとも仰々しい名だが、名付け親は千鶴ではないので受け入れるよりない。
引き剥がされた子らは、それぞれ千鶴の鞄を受け取り、脱ぎ捨てられたスニーカーを三和土に揃えた。
「鉄ったらひどいの」
両手で鞄を抱えた真珠が、とてとてと千鶴についてきながらつぶらな瞳で訴える。
「えー、鉄はいいやつでしょ?」
「よくないよ、おっかないんだよ鉄は」
靴を揃え終えた琥珀が、小走りに追い付いてきて千鶴の腕を掴んだ。
髪の色はそれぞれだが、瞳の色はおそろいの青色である。
青空を映したようなきれいな色だ。
見つめているとすうっと心が凪いで行くのを感じる。晴れた日にどこまでも続く草原をあてもなく歩くような清々しさ。
「でも鉄はなにもしないのに怒ったりしないでしょう」
千鶴が言うと、二人は途端にしおれたように項垂れてしまった。
こりゃあ何かやらかしたな……と、千鶴は思う。
ご近所さんに迷惑がかかるようなことじゃなきゃいいけど。
しおたれたこどもらの頭をわしゃわしゃと掻き回して、千鶴は炊事場へ続く硝子戸を開けた。
「ただいま」
声をかけると、火にかかった鍋を掻き回していた長身の男が顔だけをこちらに向けた。
日に焼けた顔面には斜めにひび割れのような傷が走っている。
それが本来端正な顔立ちを、野性味を帯びたものにみせていた。
おんなこどもには怖がられると本人は気にしているようだが、千鶴はその傷跡が好きである。
雷にうたれてできた、というのはかなり疑わしいと思っているけれども。
「よお、帰ったのかお帰り」
祖母のおさがりの割烹着を着た鉄は、吊り気味の両目を細めて笑う。
「飯が炊けるまでまだちょっとかかるから、先に風呂済ませちまえば?」
「うん、そうする。今日の晩御飯なに?」
「豚汁」
「ぼくたちも……」
「野菜とか切るの手伝った!」
誉めて、と頭を擦り付けてくるこどもたちを気がすむまで撫でてやり、千鶴は着替えをとりに自室へと向かった。